海外生産に踏み切ったのに儲からない。その要因となるのが「リードタイム」です。では、リードタイムの長さを解消するには何が必要か。実際にリードタイムの問題を解消した企業はどんな施策で解決を図ったのか。日本の小売業のDXに精通するデジタルシフトウェーブ 代表取締役社長の鈴木康弘氏(元セブン&アイ・ホールディングス CIO)と、全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraints)を駆使し、グローバルにDXの最前線で活躍するゴールドラット・ジャパンCEOの岸良裕司氏が、儲けを増やすときに考えるべき「スループット」の必要性を議論します。【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.10】
コストに対する日本人の誤解
■前回の記事はこちら
海外生産の落とし穴:コストダウンとコストアップ、儲かるのはどっちか?(前編)
【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.9】
ここでは、ゴールラット博士が提唱する「スループットアカウント」というシンプルな管理会計を使って説明します。一般的に会社は、何かを仕入れ、それを加工するなどして販売して売上を上げます。小売店なら、仕入れた商品を展示したり店舗を構えたり接客したりして売上を上げます。どの企業もこの構造は原則同じです。このときの仕入れる際の費用が「変動費」となります。
「変動費」から「売上」を上げるまでで考えるべきは、その間のスピードが速いかどうかです。製造業なら資材を組み立て製品を完成させて出荷するまでの工程を指します。もちろん速い方がいいですよね。しかし多くの企業が「売上」と「変動費」の数字の差だけを見て、速いかどうかを問題視していないのです。
岸良:ゴールドラット博士はスループットアカウントについて、「販売を通じてお金を作り出す速度」と解釈しています。100万円を稼ぐと言っても、一日で稼ぐのと一年で稼ぐのでは、価値は全く違いますよね? 我々はもともと時間という概念をちゃんと持っているんです。
鈴木:在庫が数週間も倉庫に置かれたままなのは、お金が寝ているにすぎません。こうした状況は悪いことだと認識する必要がありますよね。
岸良:その通りです。仕入れてから売り上げるまでのスピードを速めれば儲かる。極めてシンプルですよね。スピードを最優先で考慮するとしたら、海外生産と国内生産のどちらが儲かるか。すぐに分かりますよね。
例えば製造業の場合、資材を仕入れ、組み立てて製品を完成させて出荷するまでのスピードが大切です。もしリストラを断行してコストダウンに踏み切ったとしたらどうでしょうか。その結果、組み立てなどに携わる人員が減ってスピードが下がると、“儲けるパワー”も落ちてしまうのです。仕入れから組み立て、出荷までの工程でかかる費用を「業務費用」と呼びますが、リストラなどで業務費用を削減することは、投資を減らしていると同義なのです。投資を減らせば儲けるお金も減ってしまうこともありえるわけです。
鈴木:メディアではリストラ=コストダウンと表現しているが、その表現が誤解を生んでいますね。その意味でいうと、小売店の販売員の役割って重要ですよね。減らして業務費用を削減すると儲からなくなるわけです。販売員はもっと報われるべきですよね。
岸良:「小売は儲からない」とよく言われますが、例えば、アパレル業界って値下げが当たり前。さらに値下げしないと売れないと言われますが、実際は春や夏などのシーズンに入って1カ月くらいは値下げせずとも売れるんです。家電の場合、販売開始した直後から値下げって始まりますよね。これに比べ、アパレルは1カ月(4週間)程度は値下げしなくても売れるのです。他の業界からすると、うらやましい業界だとも言えます。なのに「儲からない」と言うのは、スピードに目を向けてないから。つまり回転していないからなんです。
日本の歴史を紐解くと、スピードが十分考慮されていたんですよ。日本は戦後、主に繊維業が盛んでした。紡織業に携わる企業のほとんどがクイックレスポンス、つまり注文に応じて迅速に商品を作るようにしていたのです。市場の動向に合わせてモノを作るという点で、日本は世界の最先端の取り組みを実施していたのです。それなのに「海外でモノを作ればもっと儲かる」と漠然と思い、信じるようになったのです。少しずつおかしくなってしまったんですね。
鈴木:日本の経営者の中には管理会計を理解しようとしないケースが散見されます。税務会計で十分と考え、管理会計を学ぼうとする姿勢が感じられません。儲けに貪欲になるなら管理会計を理解し、儲かる仕組みをきちんと模索すべきだと思います。
岸良:ゴールドラット博士の「スループットアカウント」を勉強しただけで会社の業績を改善した企業って、実は多いんですよ。さらに「スループットアカウント」では、サプライチェーンにかかわる仕入れ担当や製造担当、販売担当などの共通の指標として利用できるようになります。つまり部分最適を脱却する手段にもなるわけです。
スピードに目を向け在庫問題を解消した「Sports Zone」
岸良:例えば、スポーツ用品を扱う店舗を展開する「Sports Zone」は在庫問題を解消した事例の1つです。ポルトガルに拠点を構え、スペインを含めて130店舗を展開する同社は、過剰在庫と欠品が何よりの課題でした。店舗にモノの置き場がないと嘆く一方で、お客様が求める商品がないというクレームにさらされていました。
そこで段階的な課題解決に取り組みます。まずは仕事のプロセスを分析。プロセスは部署ごとにバラバラで、有効な在庫管理体制ではなかったのです。本社は店舗に商品を押し込み続ける一方で、中央倉庫では在庫切れが発生する始末でした。店舗スタッフも本社の施策を信用しなくなりますよね。さらに商品を店舗に押し込むには手作業が必要で、望ましい在庫管理体制ではありませんでした。
そこで全体最適のマネジメント理論TOC(制約理論)を駆使して解決の道筋を探るようにしたんです。問題の根本を突き止めることにしたのです。その結果、本社の「たくさん売るためには在庫が必要」という固定観念に問題があると気づいたのです。来店者に買い物を楽しんでもらうためには店舗の過剰在庫も問題だということにも気づいたのです。
そこでまずは実証実験を開始。各店舗に各商品がいくつ必要なのかを把握することから始めたのです。実証実験は5店舗で実施しましたが、もし全130店舗で1500万もの品番を把握するには手動での管理はできません。でも、AIを使えば単品レベルの売れ行きを機械学習させ、人手に頼っていた面倒な在庫管理をオートパイロットすることが可能です。そこでイノベーション先進国イスラエルで生まれた欠品と過剰在庫を同時解消するオートパイロットアプリ「Onebeat」を導入し、管理業務の自動化と省力化を図れるようにしたのです。
実証実験で過剰在庫と欠品が同時解消したことを受けて全130店舗に展開し、シーズン中はもとより、シーズン外でも全商品を理想的な在庫レベルをオートパイロットで維持できるようになりました。
店舗で販売予定の商品が中高倉庫で在庫切れになったとき、システムが自動的に最適な売れ筋の商品を提案するといったこともできるようになりました。別カテゴリから最適な商品を人がで探し出すのは非効率で、自動化によってさらに安定的な供給の流れを実現できるようになったのです。
面倒くさいことはすべてシステムに任せることで、管理業務に携わる人員をこれまでの20人から半数以下に削減。在庫量も従来に比べて4割削減、緊急対応も9割削減しました。なお同社では、欠品中の商品、もしくは欠品しそうなうな緊急性の高い商品を24時間以内に店舗に届けられるようになり、緊急性のない商品も48時間以内に届くようになりました。デジタルのパワーで、適切なタイミングで商品を販売できるように適切な在庫管理を実現したわけです。
岸良: Sports Zoneでも課題解決に向けたプロジェクトが同時にいくつも進んでいましたが、本質的な課題を見極め、優先すべきプロジェクトを絞るようにしました。さらに段階的な課題解決により、各段階でいくらお金が生まれるかを計算できるように可視化したのも成功要因の1つですね。
次回はSports Zoneも問題解決の手段として導入した「TOC(制約理論)」について、改めて解説したいと思います。
■「部分最適」を「全体最適」へとシフトする方法や考え方について詳しく知りたい人は以下の動画をご参照ください。
鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一般社団法人日本オムニチャネル協会 会長
DXマガジン編集部編集後記
次回はゴールドラット博士が提唱する「TOC(制約理論)」をさらに掘り下げます。次回もこうご期待です。