DXの「X」を見逃すな
岸良:「DX」という言葉がここ数年で一気に注目されるようになりました。しかし私は「またか…」って感じましたね。IT業界ではこれまで、AIやRPA、IoTなどの用語が次々登場し、DXもこれらに続く新たなバズワードなのではと思ったからです。私はこうしたバズワードに踊らされ、導入に踏み切った企業をたくさん見てきましたが、それらを活用して「成果が出ました!」なんて話、聞いたことがありません。
鈴木:IT業界では新たなバズワードが現れては消えの繰り返しですよね。新たなシステムを売りたいと考えるIT企業がもっともらしいキーワードを作り、ユーザー企業を煽っているだけのように感じます。
岸良:こうしたキーワードに踊らされるユーザー企業にも問題があるのではないでしょうか。しかし、今回の「DX」はこれまでのAIやRPA、IoTなどの用語と決定的に違う点があります。それは「X(変革)」の意味を含んでいることです。AIやRPA、IoTなどのこれまでの用語は「D(デジタル)」、つまり手段を表すだけでしたが、「DX」は「デジタルで変革する」という目的を含んでいます。
鈴木:手段であるデジタルばかり重視せず、自社をデジタルでどう変革するのかを考えることこそ「DX」の本質になるわけですね。
岸良:「DX」の提唱者であるエリック・ストルターマン氏は、DXについて「人々の暮らしをデジタル技術で革新する。それがDXの原点」と述べています。一方で日本企業のDXの取り組みを見ると、「デジタル化」に終始しています。同氏は「デジタル化=DX」とは言っていません。「D(デジタル)」と「X(変革)」、この2つの言葉の意味と関係を正しく理解することが何より大切です。以前、ある企業の「DX人材教育のプログラム」を見せてもらったのですが、その内容のほぼすべてがD(デジタル)教育で、X(変革)の教育なんて入っていませんでした。これには言葉を失いましたね。
鈴木:興味深い調査結果があります。あるIT企業が日本の大企業にDXの取り組み状況を聞いたものですが、DXに取り組み中と答えた割合は半数超えの59%を占めていたのに、「DXとデジタル化の違いを説明できない」と答えた割合が73%を占めたのです。DXが何かを分からないまま取り組んでいることを物語っていますよね。
岸良:この結果には愕然としますね。だから日本は諸外国から「DX後進国」なんて言われてしまうのではないでしょうか。DXとデジタル化の違い、それは「X」に他なりません。例えば、紙の書類をデジタル化しても、X(変革)しなければDXではないのです。デジタル化して自社の事業や業務をどう変革するか。この論点に向き合うことがDXでは不可欠です。そもそもデジタルは手段で目的ではないですから。
鈴木:多くの経営者と話をする中で、DXをデジタル化と勘違いする人は少なくないですね。その結果、これまでの既存の枠組み内の取り組みにとどまり、変革までたどり着けないケースが多いと感じます。
岸良:ただITシステムを導入したりデジタル化したりするだけでは不十分です。このとき考えなければならないのは「ルール」です。ITシステムを使って業務の進め方や収益構造が変わるなら、その変化に追随するルールを策定しなければ意味がありません。社員の働き方がITで変わったのに、10年以上前のルールを順守し続けているようでは「X(変革)」なんてありえないですよね。
鈴木:私が以前、ソフトバンクに在籍していたとき、新たな申請システムが導入されました。代表の孫正義氏はこのとき、稟議の申請を24時間以内に処理する「ルール」を打ち出しました。上長が部下から申請された稟議を24時間以内に処理しないと自動承認されるというものでした。その結果、申請から承認までの時間が飛躍的に短縮しましたね。デジタル化によって日々の業務がどう変わるのか。それを見据えて「ルール」を策定した最たる例ですね。
岸良:デジタル変革のバイブルとも言われている「チェンジ・ザ・ルール」という本の中で、著者エリヤフ・ゴールドラット博士は「ルール」に目を向けるべきだと訴えています。
IT投資によるテクノロジー装備だけでは、利益向上にはつながらない。なぜなら、何もルールが変わっていないからだ
この本の序文では、ゴールドラット博士が次のようにも述べています。
ここ数年、コンピュータシステムにはどの企業、組織も多大な投資をしてきました。中には数千万ドル、数億ドルという莫大な投資をしてきたところも少なくなりません。しかしこうした多額の投資をしてきたにもかかわらず、コンピュータシステムを導入して利益を飛躍的に伸ばした企業を、少なくとも私は一つとして知りません。
さらに、新たなITやテクノロジーを活用するなら、次の質問に向き合うべきとも主張しています。
1.テクノロジーの真のパワーとは何か?
2.テクノロジーを用いると、どのような限界が取り除かれるのか?
3.これまでの限界に対応していた古いルールとは何か?
4.どのような新しいルールを用いればいいのか?
5.ルールの変化に併せて、システムにどのような変化が求められるか?
6.いかに変化を起こすか?
デジタルを活用するなら同時にルールにも踏み込まなければなりません。この取り組みが自社のX(変革)を促す大きな一歩となります。DXを加速させるならツール導入だけで終わらず、ツールの効果を最大化するルール策定も進めなければ意味はありません。
鈴木:2000年ごろから欧米を中心にERPパッケージの導入が進みました。欧米企業はこのとき、ERPパッケージに合わせて自社の業務を見直しました。つまり自社のこれまでの「ルール」を見直し、「ツール」の導入効果を高められるようにしたのです。しかし日本企業の場合、自社のルールに合わせてERPパッケージをカスタマイズするケースが少なくありません。昔のルールが今後も通用すると思いますか。DXを進めるなら、今こそ既存のルールにメスを入れるべきです。「これまではこうだった」という無意味な慣習を疑うことから始めるべきです。