DX推進による変革で、「ハイブリッド・ワーキングの開始」「デジタル生産性の向上」「『優秀な人材』の定義の変化」といった3つの変化が起こると、これまで触れてきました。
ここでは最後の1つの変化「共創による新しい価値創造」について考えます。
新たな価値を生み出すきっかけとなるのが、「壁」の崩壊です。一般的に人は集団をつくると、安心して過ごしたいという思いから「壁」をつくります。ここで言う「壁」とは、ルールや規則、考え方など、さまざまなものに当てはまります。しかし築いた壁は、時間の経過とともに内部を劣化させ、外部との分断や衝突を生んだ後に壊れていきます。ただし壁が壊れた先には、新しい価値が生まれます。
価値を生むきっかけとなる「壁」は、どの企業や組織にもあります。実際に筆者はこれまで、さまざまな規模の企業、業界、職種を経験し、それぞれに「壁」があることを痛感してきました。しかし、「壁」のおかげで多くのことも学べました。
筆者が初めて「壁」を感じたのは、ソフトバンクに転職してからです。営業として多くのSIベンダーを顧客に持ったときにふと疑問を感じたのです。
そもそもSIベンダーは、顧客のビジネスを発展させるため、企業にシステムを導入し、ベストなソリューションを提供するのが役割です。競合企業と手を組んででも顧客のビジネス発展に寄与したいと考えるものです。
しかし現実は、自社製品だけで固めて顧客を囲い込むことを優先しているように見えたのです。筆者が上司に「競合企業と協力すべき」と提案しても、「協業するくらいなら商談を落とした方がまし」という声さえあったのです。会社間の「壁」を思い知ることになりました。
ベンチャーを起業したときにも「壁」を感じました。ソフトバンク在籍中、書籍EC企業であるイー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を立ち上げたのですが、当初は出版社からの協力を思うように得られなかったのです。「本は書店で買うものだから余計なことをするな」とさえ言われる始末でした。業界間の「壁」を痛感させられたのです。新しい挑戦をすると、既得権益を持つ人から大きな抵抗を受けることを学んだわけです。
その後、セブン&アイ ホールディングスに転職し、ネットとリアルを融合するオムニチャネルを主導したときも、組織間の「壁」に悩まされました。IT業界から転職してきた筆者は、異質で理解しがたい存在だったのだと思います。「鈴木さんは知らないと思いますが、商売とは…」という言葉を何度聞かされたことでしょうか。
どの企業でどんな仕事に関わろうとも、そこには「壁」があったのです。この「壁」は、多くの企業にあるはずです。壁を取り払わない限り、企業は新たなチャレンジもできません。もちろん価値も生み出せません。
しかし今、至るところにあった「壁」は崩壊しつつあります。デジタル化が加速したことにより、さまざまな情報が国や地域、業界、企業、組織の壁を超えて共有されるようになったのです。
私たちは、国家や地域、業界、企業、組織など、あらゆる単位の集合体に属しています。これからはデジタル化によって壁が崩れ、新しい価値が想像されるようになります。単に情報が共有されるだけにとどまりません。壁を超えた協調が進み、ときには衝突しながら新しい価値を生み出す「共創の時代」へと変わっていくのです。
このとき大切なのは、私たちを取り巻く「壁」にいち早く気づき、自ら「壁」を取り払うことです。積極的に壁の外の人と協調し、新しい共創価値の創造に取り組めば、必ず新しいチャンスに恵まれます。
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本連載は、プレジデント社刊行の「成功=ヒト×DX」の内容をもとに、筆者が一部編集したものです。
プレジデント社「成功=ヒト×DX」
筆者プロフィール
鈴木 康弘
株式会社デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長
1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。96年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。 99年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役社長就任。 2006年セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。14年セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。 グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。15年同社取締役執行役員CIO就任。 16年同社を退社し、17年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。 デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会 会長、学校法人電子学園 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授を兼任。