「顧客とつながる」を前提にしたデジタルシフトを加速せよ
セミナーでは最新本出版記念対談と題し、顧客時間 共同CEO/取締役 オイシックス・ラ・大地 COCOの奥谷孝司氏と顧客時間 共同CEO/代表取締役の岩井琢磨氏が登壇。両名が著者の書籍「マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P×エンゲージメント」の内容に沿い、企業のデジタルシフトのポイントや具体的な事例を紹介しました。
岩井氏は冒頭、コロナを機にデジタルイノベーションが加速したことに言及します。「イノベーションは一般的に、開始から普及、定着まで40年かかると言われる。デジタルイノベーションの場合、インターネットが登場し出した2000年に開始したと考えると、普及、定着するのは2040年ごろだ。今はちょうどその半分でターニングポイント。企業はこれからの20年をどう戦うかを考えることが大切だ」(岩井氏)と言います。

写真:顧客時間 共同CEO/取締役 オイシックス・ラ・大地 COCO 奥谷孝司氏(写真右)と、顧客時間 共同CEO/代表取締役 岩井琢磨氏
特にここ数年、コロナの影響により私たちの暮らしが一気にデジタルシフトし、企業も追随するようにデジタル化に舵を切りつつあると言います。その内訳を奥谷氏は、「私たちの暮らしがデジタルシフトしたことで、顧客の価値もシフトした。続けて競合もシフトするという変遷をたどった。企業のデジタル化はこのシフトに追随する。暮らしがシフトしたことで企業側はチャネルがシフトした(OMO)。顧客価値がシフトしたことでビジネスモデルがシフトした(D2C)。競合がシフトしたことで事業システムがシフトした(DX)」と分析。さらに、「デジタルの活用により顧客と常につながることができるようになった今、企業はOMOやD2C、DXに取り組んで顧客とつながる状態を作り出すことが不可欠だ」(奥谷氏)と指摘します。

図1:デジタルを前提としたシフトの変遷
では、暮らしがデジタルシフトしたときのチャネルシフト(OMO)とはどんなケースを言うのか。セミナーではOMOの例として、米アマゾン傘下のホールフーズ・マーケットがオンライン専門のダークストアに転換したケースや、スポーツ衣料を取り扱うlululemonがスマートフォンを使って顧客とつながる仕組みを用意したケースを紹介します。「顧客とリアルな接点が制限されることを前提に、データをどう活用するかを模索する企業がチャネルシフトを進めた。コロナを問わず、データを活用する準備を進めていた企業のチャネルシフトが一気に加速した」(奥谷氏)と言います。国内でもニトリの店舗受け取りサービスや、カインズの受け取り専用ロッカー設置の事例を紹介。「オンラインに切り替えることが必ずしもチャネルシフトになるとは限らない。ニトリやカインズは店舗での体験価値を最大限生かしたチャネルシフトを展開する好例だ」(奥谷氏)と、リアルな体験の場を作り出すことがOMOには必要だと続けます。
企業のチャネルシフトが進めば、顧客は新たなチャネルを利用することに価値を求め始めます。そこで企業は今度、ビジネスモデルをシフト(D2C)する必要性に迫られます。では、企業がビジネスモデルをシフトするときに大切なポイントは何か。奥谷氏は、「顧客とつながり続ける価値を可視化することに目を向けるべきだ」と強調します。つながる価値は何かを考え、その価値を創出するための体験を設計すべきだと言います。さらにその体験を生み出すモノやサービスを設計するというアプローチが必要だと指摘します。「モノやサービスありきで体験やつながる価値を考えるべきではない。最初に考えるのは、顧客とつながり続けるための価値だ。これをトップダウンにモノやサービスを設計するのが望ましい」(奥谷氏)と言います。モノやサービスの機能を価値として訴求するだけでは差異化要因になりにくく、体験価値、ひいては顧客とつながる価値を明確に示すことが強い差異化要因を生むと指摘します。
具体的な事例として米Pelotonのビジネスモデルシフトを紹介します。同社はスマートバイクを使ったエクササイズサービスを提供する会社。スマートバイクに設置するモニタ越しにインストラクターの指導を受けられるサービスを提供する一方、フィットネスウエアを手掛ける事業も展開します。同社の顧客とつながり続ける価値について岩井氏は、「多様性のあるスターインストラクターを豊富に揃える点が強みだ。米国で同社のインストラクターはアイドルのような人気を誇る。同社ではインストラクターに高額な年俸を提示し、最初から顧客とつながり続けるための手段として人(インストラクター)に投資している」と指摘します。
Pelotonのビジネスモデルについて奥谷氏は、「Pelotonはリアルのジム施設などを持たない。デジタルを活用し、顧客のいる場所(自宅など)にアプローチしたのが特異な点だ。さらに顧客の運動データなどを使って顧客の理解を深められるのも大きい。これにより、顧客に最適なフィットネスプログラムを提供できる。こうして顧客とつながり続けるビジネスモデルを確立した」と分析します。奥谷氏はPelotonのビジネスモデルを「Product as a Service(PaaS)」と呼び、プロダクトだけではなくサービスを付与するビジネスモデルにシフトすることの必要性を説きます。
企業のビジネスモデルが変われば、競合の在り方も変わります。引いては企業の戦略も含めた事業システムシフト(DX)が求められるようになります。セミナーではDXの事例として前出のlululemonを紹介します。同社は衣料品を扱う小売事業を展開する一方、等身大の鏡型デバイスを使ったフィットネスサービスを提供するMirrorを買収。「鏡型デバイスという新たな顧客接点を作り出すとともに、サブスクリプション型のサービスを提供することで継続的に課金するビジネスモデルを手に入れたのが強みだ」(奥谷氏)と同社のDX戦略を分析します。
なお、事業システムのシフトでは、事業の目的や目標、組織などの見直しも図らなければなりません。セミナーではDXを進める企業に対し、確認すべき9つの問いも提言しました。顧客とつながる価値を検討する上でも、これらを定義する必要性を訴求しました。
問1:デジタル社会における自社の「事業目的」とは何か
問2:デジタル社会における自社の「事業目標」とは何か
問3:その事業目標を達成するためにどのような「顧客戦略」が必要か
問4:その顧客が自社とつながり続けたいと思う「顧客価値」は何か
問5:その顧客価値を実現するためにどのような「顧客接点」が必要か
問6:その顧客接点を通して、どのような「顧客提案」が必要か
問7:その顧客提案を行うためにどのような「顧客理解」の仕組みが必要か
問8:これらの「事業成果」を、どのような指標で測るか
問9:これらを実現し運用するためにはどのような「事業組織」が必要か
(出典:奥谷孝司・岩井琢磨「デジタル事業システム」)
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