最後のセッションでは、日本オムニチャネル協会の分科会リーダー3者が「オムニチャネルでつながる時代の顧客体験」というテーマで討論しました。同協会は小売事業者のオムニチャネルやDX推進を支援する団体で、現在は小売事業者やIT企業など、140社215名が参加。分科会活動を通じてオムニチャネルやDXの課題解決に取り組みます。
そんな協会が考える「オムニチャネル」とは何か。分科会リーダーの郡司昇氏は、言葉の定義について「顧客接点を創出するといった従来のオムニチャネルの定義は当てはまらなくなりつつある。当協会では、顧客の体験価値を向上する手段と位置付ける。さらに、そのためには在庫などを緻密に把握するサプライチェーン最適化も求められる。顧客の体験価値を高める店舗スタッフの働き方や管理体制も見直さなければならない。現在の時勢に合うオムニチャネルは、CX、SCM、EXそれぞれを向上させることが欠かせない」と指摘します。なお、協会はCX、SCM、EXの各部会を用意。協会会員同士がそれぞれのテーマに沿った議論を深められるようにしています。
セッションでは「アフターコロナのOMO顧客体験。成功例と惜しい例」という具体的なテーマを用意。マスクを着用した顧客の声を聞き取りやすくするため、レジ前にマイクとスピーカーを設置する店舗を例示し、この施策の是非を討論しました。
分科会リーダーの亀卦川篤氏は、「利便性という面では有効な施策。ただし、エンゲージメントとセットで考えるべき。顧客やレジスタッフはマイクに向かって話さなければならない。こうした行動がエンゲージメント向上につながるかも含めて検討する必要がある」と指摘します。同じく分科会リーダーの渡部弘毅氏も、「一時的な対策として効果を見込めるが、本質的な対策としては疑問が残る。別の解決策を検討する余地があるはず」と亀卦川氏の考えに同意します。
一方、郡司氏は、声を聞きやすくするための仕組みにとどまらない応用策を検討すべきと指摘します。「顧客やレジスタッフが話した内容をテキストマイニングすれば、顧客が何を思っているのか、レジスタッフの接客は適切だったのかを探れる。せっかく設置するなら、別の目的で活用する選択肢も検討するのが望ましい」と続けます。亀卦川氏や渡部氏も、顧客とのタッチポイントのログを収集することが重要だと述べ、体験価値創出に結びつけて考えるべきと強調しました。
有人のインフォメーションセンターに代わるAIサイネージについても討論しました。亀卦川氏は、「対面での接客が難しい中、AIサイネージの役割は大きい」と評価する一方で、「店舗全体の顧客体験を考慮した施策であるかを検討すべきだ。来店者の問い合わせ対応を無人化するといった部分最適の施策にとどめるべきではない」と指摘します。渡部氏は、「重要なのは来店者の体験が向上しているかどうかだ。もし、AIサイネージの前に長い行列ができたり、不十分な回答しか得られなかったりするなら施策として不十分。有人のインフォメーションセンターを上回る体験を創出できるかを見極めるべき」と続けました。
「顧客接点はどうつくる?バリューチェーンで考える顧客接点のあり方」というテーマでも討論しました。顧客の育成や創造、需要や市場の創造などに取り組むにあたり、社内のバリューチェーンが連携することの重要性を指摘します。亀卦川氏は、「売場や販促、接客、決済、物流などのあらゆる取り組みが顧客接点につながる。部分的な施策では進化し続ける顧客の期待に応えられない。会社としてさまざまな顧客接点で顧客をどう育成するか、想像するかを考え、全体最適に基づく仕掛けや仕組みづくりを進めるべきだ」と強調します。進化する顧客接点を今一度再設計すべきとの考えを述べました。
渡部氏はバリューチェーン構築にあたり、短期的な視点と長期的な視点を勘案すべきとの見解を述べます。「さまざまな顧客接点を想定するバリューチェーンでは、顧客と長期的につながるLTVを考慮する一方で、短期的な売上アップにも目を向けなければならない。これらを同時に成し得る施策を1つのバリューチェーンで展開するのは現実的に難しい」(渡部氏)と指摘します。さらに、「マーケティング業界ではコンバージョンレートという言葉を使いがちだが、これは一時的な購入率などを示す指標に過ぎない。コンバージョンレートに一喜一憂するより、ECサイトの導線を見直したり、コンテンツを少しずつ増やしたりし、長期的に顧客体験向上に取り組む方が重要だ」(渡部氏)と続けます。郡司氏も、「昨日よりどれだけ売れた、先月よりどれだけ売上がアップしたといった短期的な視点から脱却すべきだ。そのためには社内改革を進めるしか手はない。自社の都合や視点より、顧客の都合や視点を優先することが何より大切だ」と強調しました。