イノベーション創出に向けた再現性向上と成功確率引き上げを目指す
-日本ではイノベーションが起きにくいと言われている。
多くの企業はイノベーションの必要性を理解するものの、既存事業を改善し続けることでイノベーションから逃げてきた側面があることは否定できません。こんな経緯が、起きにくいと言われる背景にあると思います。自社が生き残るためにはイノベーションが不可欠と、本気で考えない企業がこれまでは多かったと感じます。
私の知る限りでも、新規事業やイノベーションのブームは過去に数回ありました。これまではブームに引きずられて取り組み出す企業が多かったと思います。しかしその取り組みは、会社の生き残りをかけるものでは必ずしもなかった。既存事業をどう存続させるかに注力し、既存事業の強化・拡充を優先するケースが大半でした。ブームはしょせん他人事で、危機感ありきで取り組む企業は稀だったのではないでしょうか。

写真:Relic 代表取締役CEO 北嶋貴朗氏
-しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で状況は変わりつつある。
その通りです。コロナ禍でビジネスの前提条件が変わり、イノベーションを真剣に考えざるを得ないタイミングが想定していたよりも何倍も早く訪れました。新規事業やイノベーション創出を支援する当社への問い合わせも増えています。コロナという想定外の外的要因により、既存事業の改善だけではなく、イノベーション創出の優先度を高める企業が増えていると実感します。
-経営者がいよいよ危機感を持ち始めた?
新規事業はもちろんのこと、デジタルを前提に、既存事業をドラスティックに作り直そうと考える経営者が増えています。トップマネジメントで本気に取り組む動きが顕著ですね。
-それでもイノベーションを起こすのは簡単ではない。
もちろん、取り組む以上は絶対に成功させるという意思や覚悟を持ってプロジェクトを進めるべきです。一方、経営者やマネジメント側の人の心構えというと、このような不確実性の高い取り組みは、簡単に一発必中で起こせるものではないことを認識した上で、どうするべきかに向き合わなければなりません。企業はイノベーションを狙って一発で起こそうとするのではなく、イノベーションを阻害する要因を排除し、良質な挑戦が量産される状態を作ることで再現性を高めることを目指すべきです。こうした環境づくりがイノベーションを起こしやすくします。「狙えないなら、環境をコントロールする」。これしかないと思いますね。
そもそも、大半の企業はイノベーションや新規事業の不確実性や成功確率がどれくらいなのかを把握せずに取り組んでいるのではないでしょうか。さまざまな統計を見ると、新規事業や成功の定義にもよりますが、新規事業が成功する確率は3~30%程度。失敗する確率の方が当然高くなっています。短期的に成果がすぐに現れるものでもないので、中長期的に取り組みの質を高めることが大切です。また、自社のビジョンに基づき、イノベーションにどう取り組むのか、どんな方針を打ち出すのかといった戦略すら考えないまま取り組むケースも多いですね。
-戦略とは具体的に?
イノベーション創出に向けた再現性向上、成功確率引き上げの取り組みを実施すべきです。当社はこうした取り組みを「インキュベーション戦略」と呼んでいます。
例えば新規事業を作る場合、中核となる事業領域の周辺、近い領域で、ローリスク・ローリターンで事業化するケースがあれば、既存の顧客やビジネスモデルも異なるハイリスク・ハイリターンな革新領域を攻めるケースもある。どんな新規事業を作るのかにより、どれくらい投資するか、リスクに応じてどれくらいの投資配分にするのかなどを考えるべきです。短期的に手堅く利益を出すタイプの事業の立ち上げ方と、全滅するかもしれないが一発当たったら大きくスケールする事業の立ち上げ方は異なることを理解すべきです。このような性質や特徴を理解した上で投資の方針を決めたり、ポートフォリオを組んだりすることが必要になります。
事業領域によって事業開発のアプローチも変わります。例えば、革新領域を攻めるケースで、中長期で赤字を出し続ける投資をしなければならない新規事業の場合、基本的にはトップダウンで進めなければなりません。であるにも関わらずボトムアップで進めようとして、大きな裁量がない現場にロジカルな成功の理由を細部まで求めていては推進もままなりませんし、事業は高い確率で失敗しかねない。
一方で、隣接領域や不確実性が比較的低い周辺領域の新規事業に取り組む場合、現在の既存顧客の声を一番聞いている現場担当者が発案したボトムアップで事業を開発して進めた方が成功しやすいケースもあります。トップダウンかボトムアップか、オープンイノベーションかクローズイノベーションかなどの大分類だけでなく、その中でもさまざまな事業開発アプローチがあることを踏まえておくべきです。
-戦略を十分練らずに突き進む経営者は多い。
肌感としては少なくないと言えますし、そういった場合は手法論が先行しているケースが多いように感じます。例えばなぜ今、何のために、どんな事業に、誰が取り組むべきなのか、といった上流の検討が抜け落ち、個別の事業開発のための一手段である「リーンスタートアップ」や「オープンイノベーション」などの手法や理論が流行れば、とりあえず自社にも取り入れるといった具合です。しかし手法論は万能ではない。当てはまるケースがあればそうならないケースもある。すべての新規事業プロジェクトにリーンスタートアップを当てはめるのではなく、従来通りに企画をきちんと練り、ある程度大規模な投資をした方がよいケースもありますし、どのアプローチが適切かはその企業の文化や保有するアセットなどによってもまったく異なります。
インキュベーション戦略の不在、戦略を正しく実行して良質な挑戦を量産する組織がない、不確実性や自社・事業の性質に応じた適切な事業開発プロセスやアプローチを踏めてない。大別するとこの3つが、イノベーションが起こりにくい主な要因だと思います。
-企業がこれからイノベーションに取り組むためには何が必要?
イノベーション創出に本気で取り組むなら、経営者が中長期の時間軸で強いコミットメントのもとでリーダーシップを発揮して進めるしかないと思います。イノベーションや新規事業に正解なんてありません。だからこそ経営者の強い思いや意思が必要です。自社がどこに向かうのか。そのためには新規事業が必要で、どう作り上げるのかという取り組みは、経営者が主導しなければ成し得ません。
経営者が短期間で変わってしまうケースも好ましくありません。これではイノベーション創出の取り組みが道半ばで終わってしまいかねない。例外を除き、基本的には長期政権で取り組まなければいけないことも理解されるべきだと思います。一般的に、創業社長やオーナー経営者の方がイノベーションは成功するケースが多いと言われているのは、上記のような取り組みを実現しやすい構造になっているからだと考えます。
これはDXも同じです。何のためのDXなのか、デジタル技術を駆使して企業や事業にどのような変革をもたらすのか、エンジニアを含むIT人材・DX人材が躍動する組織体制を構築するのは一朝一夕では不可能です。中長期的な戦略や方針に基づいて強いコミットメントやリーダーシップのもとでやり切る、こういった思いが経営者には求められるでしょう。
長期的にデジタルテクノロジーの利活用を内製できる組織構築を目指す
-イノベーションを主導する人材が社内にいないという課題もある。
イノベーションや新規事業プロジェクトに、社内の優秀な人材をアサインするケースは多いですが、こうした人は既存事業において優秀とされるケースが大半です。新規事業に求められる能力は、志向性や資質、行動特性など、既存事業のそれとは大きく異なり、場合によってはこうした人材をアサインすることがプロジェクトを迷走させる要因になります。当社が独自に実施した調査では、新規事業のリーダーに適したイノベーター人材は企業内に約3~5%程度しか存在しないという結果が出ています。また、経験やスキルを積み上げることで要件を満たせそうなイノベーター候補人材まで含めても、約10%前後にとどまります。
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