AIを使った与信審査サービスを提供するH.I.F.。サービスを提供し、顧客から信頼を勝ち取るまでの道のりには、創業者のさまざまな出会いと経験、そして強い思いがあった。創業者であるH.I.F. 代表取締役の東小薗光輝氏に、創業に至る経緯と、他に類を見ない同社の与信審査サービスの強みを聞きました。(聞き手:DXマガジン総編集長 鈴木康弘)
「与信」が企業や人の可能性を広げる
東小薗:当社はAIを活用した与信審査サービスを提供する会社です。売掛取引が可能な企業やお金を貸しても大丈夫な人を調べたいという企業向けに、与信審査技術を軸とした金融サービスを提供します。債権を流動化するサービスや企業の売掛金を保証するサービスを手掛けるほか、企業の請求業務を代行するサービスも提供しています。
鈴木:東小薗さんはもともと金融業界で経験を積まれてきたのですか。H.I.F.を設立した経緯を教えてください。
東小薗:これまでずっと金融畑で経験を積んできたわけではありません。これまでの経歴をお話しすると、我が家は母子家庭で、私が高校3年生のとき、母が交通事故に遭って働けなくなってしまったんです。自分で生計を立てなければならず、大学進学を諦めて陸上自衛隊に入りました。しかし、このまま自衛隊で働き続けるのはどうかという思いが少なからずありました。私と同じく、家庭の事情や金銭的な理由で将来の可能性を潰さざるを得ない人に手を差し伸べられないか。そんな思いも常に持っていました。自分がこうした状況を変える仕組みを作れないか。そこで起業しようと思い立ったのです。
東小薗:いえいえ。強い思いこそあれ、起業するための知識などありませんでした。起業するには何が必要かを考えた結果、行き着いたのが「お金」でした。そこでお金に関する知識やノウハウを身に着けようと、金融系の会社に転職しようと考えました。このとき入社したのが、いわゆる金融事故を起こした人などが利用する消費者金融。ここで金融業界はもちろん、お金に関するさまざまな知識を学びました。
中でも契機となったのが「与信」との出会いです。過去に破産したり債務整理したりした経験のある人でも、子供のための入学金を準備したい、介護する祖父や祖母の入院費や手術費を工面したいというケースは当然あります。しかし、過去に金融事故を起こしたという理由だけで一般的な与信審査は通りません。
そこで、当時の会社は、ユニークな視点で審査を実施していたんです。一般的な審査項目となる「年収」や「借入金」などを使わず、“人間性”という定性的な情報に基づき審査していたのです。これなら、一般的な与信審査が通らない人でも、与信を与えられる。つまり、その人たちの可能性を潰さず、広げることができたのです。こうした仕事に関わるうちに、与信への関心がますます高まっていきましたね。その後、いくつかの会社を経験したのち、旅行会社のエイチ・アイ・エス(HIS)に入社しました。
東小薗:HISの事業に必ずしも興味を持ったわけではなく、はじめから「起業」することを目的に選びました。「企業規模が大きい」「事業が多角化している」、そして「金融事業を持っていない」という3つの条件に絞って会社を徹底的に調べた結果ですね。HISは当時、長崎県佐世保市にある「ハウステンボス」を買収するなど、事業の拡大と多角化に乗り出しており、「ここしかない」という思いで入社を決意しました。何が何でもという思いから、採用面接時には「給料はゼロで構いません」「契約社員で結構です」と言い切りましたね。
鈴木:ものすごい熱意ですね。どうしてもHISに入社したかった。
東小薗:そうですね。ただし、HISで出世したいという考えはまったくありませんでした。結局、給料を受け取る形で入社しました。1年で正社員になり、2年で管理職になり、3年間勤めました。
鈴木:HISでは起業のためにどんなことを経験したのですか。
東小薗:入社して3年目のタイミングで、HISの代表である澤田秀雄氏が起業塾を立ち上げたんです。私にとってはまさに「運命」を感じましたね。起業塾で実践的なノウハウなどを学ぶ中、HISに対して「与信を与える事業をグループで持つべき」と強くプレゼンしたんです。そうしたら、「それなら君がやってみたら」と言われ、立ち上げたのがH.I.F.なんです。
鈴木:なるほど。「運命」としか言いようがない出会いがあったんですね。ちなみに起業に際し、どんなことを心掛けたり注意したりしましたか。
東小薗:私なりの何とかなるという極意があるんです。それは、私自身は何の能力も持っていません。だからこそ、プライドなしにいろいろな人に頼めるんです。これが成功させるには大切ではないでしょうか。自分で何でもやろうとせず、手伝ってといろいろな人に相談して頼らせてもらう。こんな姿勢も起業には必要だと思いますね。
定性的な情報に基づく与信審査が強み
東小薗:私はHIS時代、法人向けの営業に携わっていました。そこでは売掛可能な取引先を、信用調査会社の評価点数をもとに判断していました。与信を付与できる企業はHISと取引できるが、そうでなければHISと取引できない。これは不公平だと感じていました。
そこでH.I.F.では、財務諸表や決算書などに基づかない与信審査の実施を売りにしました。消費者金融に勤めていたときの経験から、定性的な情報で審査しても十分与信審査として成り立つのが分かっていたこともあり、現在は企業向けに定性的な情報に基づく与信審査サービスを提供しています。信用調査会社の評価点数が低くても、当社の審査なら与信を与えられるケースもあります。創業間もなく信用が十分でない企業であっても、与信を与えられます。企業の可能性を広げられるサービスだと自負します。さらに当社では与信審査サービスだけでなく、その審査結果に保証をつけられるのも強みにしています。
鈴木:定性的な審査項目とは、具体的にどんな内容を指すのでしょうか。
東小薗:例えば、取締役会を設置しているか、会社の役員の中の女性が占める割合、代表者SNSの内容などです。これらはごく一部で、その他にも多くの定性情報をもとに企業を審査しています。
鈴木:とてもユニークな視点ですね。しかしなぜ、これらの項目が審査基準になると思ったのでしょうか。
東小薗:代金の支払いを遅延したり代金を回収できなかったりする企業には、共通の項目があるんです。こうした企業を徹底的に分析することで見えてくる共通点を審査項目にしています。遅延や代金未回収などに当てはまる企業には、気づきにくいかもしれませんが似ている特徴があります。当社はそこに目を付け、与信審査の項目にしています。
鈴木:御社が与信審査すると、どれくらいの確率で審査は通るでしょうか。
東小薗:現時点で約91%ですね。これまで約2万社を対象に審査した結果です。
鈴木:それは高い! しかし一方で、審査を通したものの、代金を回収できなかったなどの裏切られた企業ももちろんあるんですよね?
東小薗:はい、残念ながらあります。代金の支払いが遅延する企業はそれなりにありますが、もっとも、審査により与信を付与した約2万社のうち代金未回収だったのは19社です。当社としては少ないと捉えています。
鈴木:確かに少ない。こんな確率、聞いたことないですね(笑)。
東小薗:ありがとうございます。H.I.F.設立当時から、定性的な情報を定量化し、与信審査の項目として利用すべきだと言い続けてきました。しかし、そんな話をしても「君たちの与信審査が当たるかどうか疑わしい」と信じてもらえなかった。ただ、去年あたりから成果がようやく出始め、実績が伴うことにより信用されるようになってきました。私の中では消費者金融に勤めていたときの経験から、定性的な情報で与信審査が成り立つことが分かっており、当たり前のことだと思っていました。その理解がようやく認知されつつあるのはうれしいですね。
鈴木:御社の与信審査サービスはAIを使っているとのこと。支払いの遅延や代金を回収できない企業の特徴、共通点を探すのにAIを使っているのですか。
東小薗:はい。正確には共通点を探した上で、その共通点の被り具合いによって、支払い遅延や代金を回収できない企業にどれだけ似ているかを「A」から「F」の6段階で評価します。支払い遅延や代金を回収できない企業に限りなく定性面が似ている企業を「F」、限りなく似ていなければ「A」とAIが判定します。
鈴木:なるほど。こうした高い与信審査精度を誇るAIが御社の強みになるわけですね。
東小薗:ありがとうございます。もちろん、AIは当社サービスの売りの1つですが、当社の強みはもう1つあります。それが先ほど申し上げた「共通点探し」のための「共通点候補のアイディア出しと情報収集」です。支払いが遅延しない企業と遅延する企業で何が違うのか。共通点を洗い出すには、洗い出すためのデータが必要です。この共通点の候補のアイデアを出せること、さらには共通点を徹底的に分析できることが当社の強みです。
もっともこうした作業は「人力」です。この泥臭い作業で企業を徹底的に調べ上げることに価値があると考えます。AIを用いたサービスを提供する企業と聞くと、キラキラしているイメージを持つ人がいるかもしれません。しかし当社に限ると、実際はとても地道で泥臭い作業を繰り返しているんです(笑)。
鈴木:確かに「AI企業」と聞くと、華やかなイメージを持つ人が多いかもしれませんね。しかし、誰もやらない、誰もできないことこそ、価値の源泉なんでしょうね。ちなみに御社のサービス、どんな企業がどんなケースで利用するのでしょうか。
東小薗:当社の債権流動化サービスの場合、事業が急成長している会社が多いですね。仕入れ先行で売掛金が後から入ってくるという会社は資金ギャップが生まれやすいですからね。最近は、SaaSやサブスクリプションを使った事業を展開する企業が増えています。一方で、上場企業や金融機関、不動産会社、クレジットカード会社、リース会社が、当社の与信審査サービスを利用して審査を依頼していただけるケースもあります。一般的な与信審査では通らない企業と取り引きしたり、顧客化したりする目的で使われます。
なお当社では与信審査サービスに加え、売掛債権を保証するサービスも提供しています。「保証もしてくれるなら」という安心感から依頼される企業が多いですね。保証業、Fintech、与信審査業などのように別々に事業を展開する企業はありますが、当社はそれらを組み合わせて提供できることが何よりの強みです。
「お金」を学ぶ学校設立を見据える
東小薗:当社独自の与信技術を通じて、多くの企業や人の可能性を広げたい。この思いは今後も変わりません。まずは少しでも多くの人に当社の技術やサービスを知ってもらい、1社、1人でも多く与信を与えられるようになればと考えます。
その1つとして近いうち、中古車を買いたくてもカーローンを組めない人を対象とした与信審査サービスを提供開始する予定です。当社が与信を付与すれば、中古車を買える人が増える。ひいては購入した車で通勤したりドライバーとして生活費を稼いだりと、できることが広がるようになる人も増える。こうした可能性を広げる取り組みを今後も模索し続けます。
鈴木:与信を通じて企業や人の可能性を広げる。素敵なビジョンですね。
東小薗:ありがとうございます。与信審査をすればするほど、多くの企業や人に与信を付与できるようになります。その結果、当社は多くのデータを蓄積し、与信精度も高められるようになる。こうした好循環を生み出せればと考えます。当社の与信実績は過去の2万件に加え、現在は1日20~30件ずつ増えている状況です。これを繰り返し、データを蓄積して少しでも多くの企業や人に与信を付与していきたいですね。
鈴木:H.I.F.という会社を今後、どうしたいといった目標はありますか。
東小薗:当社は現在、3年後のIPOに向けて準備をしています。上場して事業を拡大できればと思います。その結果、与信を付与できる企業や人も増やせるのではないかと考えます。自社の成長が世の中の役に立つ、こんな思いで会社を大きくしたいですね。
もう1つ、大きな目標があります。財団法人を設立し、「お金」について学べる学校を作りたいんです。常々思っているのが、日本では小さいころにお金の使い方や貯め方などを学ぶ機会がほとんどないということ。お金の話をするといやらしいなんてイメージさえありますよね。こうした考えを払拭し、日本人のファイナンシャルリテラシー向上に貢献できればと考えます。
鈴木:素晴らしい。確かに日本人って税金のことすらほとんど理解していない気がしますね。
東小薗:一番多く支出している税金について学ぶ機会すらほぼない。これっておかしいですよね(笑)。こうした社会を変えるお手伝いを微力ながらもできればうれしいですね。
鈴木:陸上自衛隊出身に始まり、与信との出会い、HIS入社の経緯、そして泥臭い共通点探し…。どれもとても興味深い話ばかりでした。今後のご活躍を楽しみにしています。本日はありがとうございました。
東小薗:こちらこそ本日はありがとうございました。
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