過去の成功体験は、必ずしも新たな成功を呼び込むとは限りません。むしろ過去に足を縛られ、次の成功が拒まれてしまうこともあります。人はなぜ過去に引きずられるのか。新たな成功を呼び込むにはどんな思考、行動が求められるのか。ここでは、「セブン‐イレブン・ジャパン」を創設したセブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文氏の著書「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」の内容をもとに、過去の成功体験が強く刷り込まれる理由と、払拭する必要性について解説します。
思い込みが現実を見えなくする
人の思い込みは、時として未来への新たな一歩を阻害します。これまでの実績やノウハウは、新たなビジネスを展開する上で必ずしも良い結果をもたらすとは限らないのです。むしろ、自分が見たいように現実を捻じ曲げて受け止める可能性すらあります。ビジネスを展開するなら消費者の要望やニーズを真正面から受け止め、それらの声を正しく反映することが欠かせません。
ではなぜ、過去の経験にとらわれると、今ある現実ではなく別の光景が見えてしまうのか。セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文氏は著書「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」の中で、早稲田大学ビジネススクール教授の内田和成氏との対談時のたとえ話を引き合いに、別の光景が見える状況を説明しています。
それは、海底にあったバドワイザー缶の話。ダイバーが水深50メートルの海底を潜水中、ビールのバドワイザーの缶を見つけました。バドワイザーの缶といえば、赤地にと白地のコントラストが有名。ダイバーはその色と模様が目に入ってきたのでバドワイザー缶と認識しました。
しかし、水深50メートルでは光の屈折の影響で、赤色はグレーに見えます。ダイバーには「赤地と白地のコントラストの缶=バドワイザーの缶」と刷り込まれていたため、“見えないはずの赤”が見えていたのです。濃いグレーもグレーに見えず、赤色に見えていたのです。
赤色でなくても赤色に見えてしまう…。それほど人の思い込みは強く作用するのです。過去の思い込みで周囲を見ていると、本当の現実が見えなくなるのです。つまり、「現実」を変えてしまいかねないのです。
鈴木敏文氏は著書の中で、この話について次のように考察します。
過去の経験に縛られて変化に対応できない人は、変化を見ようとしないわけでも、見ることができないわけでもありません。見ようとしても変化が見えないのです。過去の経験がつくり出したフィルターがいつも目にかかっていて、フィルターを通すと変化が消えてしまう。一生懸命やってもずれるのは当然です。
目まぐるしく変わる社会や消費者のニーズをビジネスに活かせるかどうか。それ以前に、そもそもニーズが変わっていることに気づかない人がいるというのです。
例えば、日本人のお客様相手に日本語で説明したら、みな耳を傾けてくれたとします。しかし、相手が中国人ならいくら日本語で丁寧に説明しても聞いてくれないでしょう。中国語などの別の伝え方をしなければなりません。
もしフィルターがかかっていると、そもそも相手が中国人に変わったことが分からないのです。これまでと同じ日本人に見え、変わらず日本語で説明してしまうのです。もし耳を傾けてくれなければ、「今日のお客様はいつもと違って反応が悪いな」と思い込んでしまう。結果として、「お客のせい」にしてしまうのです。
過去のフィルターを払拭し続ける
人はなぜ、過去の経験で身に付けた「パラダイム(同じ枠)」に引きずられてしまうのでしょうか。それは、人の頭の中では原因と結果を結び付け、「よいパラダイム」の因果関係をセットで記憶しようとするからです。結果が大成功なら、その因果関係はより強固になるのです。
こうした因果関係を記憶した人が、これまで経験したことのない課題に直面したらどうでしょうか。人はきっと、以前に原因を解消しようとしたことと同じことを実行しようとします。難局になればなるほど原因と結果の因果関係を思い出し、同じことを繰り返してしまうのです。
人は過去の経験によってフィルターがかかりやすくなります。このとき大切なのは、人はもともとフィルターがかかりやすい習性であると認識することです。その上で、「フィルターがかかっている」状態を前提に、日々払拭しようと意識し続けることが必要です。
鈴木敏文氏は社員に対し、事あるごとに「気を抜くとマンネリ化する」「いまやっていることを全部否定しろ」と厳しく叱責し続けたといいます。これは、社員の目がフィルターで曇るのを防ぐための取り組みに他なりません。今ある出来事や課題に向き合って新たなアイデアを描くには、フィルターのない目で周囲を見ることが大切です。
本当にその缶の色は赤色でしょうか。本当にバドワイザーの缶なのでしょうか。過去の思い込みというフィルターはかかっていませんか。自分自身に今一度、問い直してみてください。鈴木敏文氏は著書の中で、過去の経験や現在の延長線上でやるべきことを類推すべきではないと強く提言しています。
DXマガジン総編集長 鈴木康弘の提言「自分たちの頭で考えなければ意味がない」
私は鈴木敏文氏に、「過去の延長線の仕事をしては駄目だ」と言われ続けてきました。 こんなエピソードがあります。商品担当の役員が独自開発した食品について鈴木敏文氏へ報告しようとしたときのこと。役員は「この商品が大ヒットしています」と嬉しそうに報告すると、鈴木敏文氏は「そうか。で、次のリニュアルはいつなんだい」と聞き返したのです。役員は「・・・・(絶句)」。 さらに鈴木敏文氏は、「君は一流店で美味しいものを食べて感動したとしても、毎日食べ続ければやはり飽きるだろう。今の成功が将来も続くわけではないんだよ。だから、ヒットしたことは素晴らしいことだけれども、次のリニューアルを考えなくてはいけないんだよ」と説いたのです。私はこのとき、常に今のお客様、未来のお客様の立場になって考え続けることが大切だと学びました。 DXも同様に、過去の成功体験は足かせになりかねません。DXを進めるときに、多くの企業は欧米の先進事例をそのまま模倣しようとします。システム会社やコンサルティング会社の提案には、事例の模倣提案が多いからかもしれません。しかしその内容は、すでに劣化が始まっています。多くの企業は劣化している内容を真似しているに過ぎないのです。 DXを進める際には、過去の延長線上で考えるべきではありません。常に今のお客様、未来のお客様の視点で推進することが大切なのです。
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