日本オムニチャネル協会は2025年8月20日、定例のセミナーを開催しました。今回のテーマは「垣根がなくなりつつあるスーパーとドラッグストア、これからどうなる?」。スーパーマーケットとドラッグストアそれぞれの強みや価値、さらには今後の小売りの未来について考察しました。
ドラッグストアでは今、消費者ニーズの高まりから食品を取扱う拡大戦略が加速しています。冷凍食品などのドライグロッサリー、ハム・ソーセージなどの加工品が増え、生鮮品も含めてワンストップで買えるようになりました。ドラッグストアを運営する企業の中には地域のスーパーを買収し、スーパーが構築したプロセスセンターを活用して食品の取り扱いを拡大する例も見られます。
半面、食品の取り扱いは手間がかかり、販管費も増加します。利益も圧迫しかねません。しかしそれでも、食品の取り扱いを販促費と割り切って客数増に費やし、調剤の収益拡大を見込むケースもあります。
これに対しスーパーマーケットは、大手チェーンに加盟して売上拡大を図るか、地場に根付いた優位性をさらなる強みに変えるかの選択を迫られています。コアビジネスの異なるドラッグストアとスーパーマーケットは今後、どのような戦略が成長へと結びつくのでしょうか。
今回のセミナーでは、山梨県を中心に店舗展開するスーパー「いちやまマート」取締役の辻隆元氏、北九州を中心に店舗を展開するドラッグストア「サンキュードラッグ」経営企画室長の藤井孝太郎氏がゲストとして登壇。「顧客を主語にしなければ小売の未来はない」というテーマで、双方の強みや魅力、価値、さらには今後の展開まで掘り下げました。
地域密着型スーパーの挑戦:食卓提供業への進化
セミナーでは最初に「いちやまマート」の辻隆元氏が、同社の歴史や経営理念を紹介。利用者の健康に配慮し、添加物を排除しつつも「美味しく、安心して食べられる」プライベートブランド開発に注力している取り組みを解説しました。ちなみに同店舗では、オーガニック野菜や当日の朝に収穫した野菜を販売するなど、鮮度や品質に徹底的にこだわっていると言います。牛肉は全て店内で挽きたてを提供し、冷凍肉を使わずに「良い肉を生肉で挽きたてて展開する」という方針を打ち出します。
山梨県という地域に密着する背景にも言及します。辻氏は、「店舗の成功パターンといえば、良い立地に店舗を構えるが大原則だった。店舗面積に比例して売上も拡大した。しかし人口減少が進む現在では、人材確保が困難だったり、広域マネジメントが難しかったりするデメリットが顕在化している。地域ごとの食生活や食文化の違いも大きく、県外に展開するリスクも考慮しなければならない」と考察。「全国チェーンのように低価格で均一化して展開する戦略では、特徴のないスーパーマーケットになってしまいかねない」(辻氏)との見解を示しました。

地域に根付くスーパーマーケットが成功するために必要なことにも触れます。辻氏は、「食に限れば、地域に根差した食文化や家庭の味が深く浸透している。こうした個性を無視しては成り立たない」と強調。地域の食文化を守り続けることがスーパーマーケットの生き残り戦略につながると指摘しました。「いちやまマート」では実際に地元メーカーの商品が圧倒的に売れていると言い、地域ごとの好みを大切にすることの重要性を訴えました。
さらにこれからのスーパーマーケットのあるべき姿も考察します。「従来の売り場での販売から、事業定義を見直して製造業へと向かうべきだ。地域に根差した食文化に合わせた食品を、デリカ製造や地元農産物の加工を通じて提供し、畑で採れる規格外の作物なども余すことなく商品化していく必要がある」(辻氏)と述べました。農家の高齢化が進む中、農作物を加工し価値のある製品として販売することで、農家の収入向上にも貢献できるといい、「食卓提供業という新たな定義こそが、地域で勝ち残るための鍵である」(辻氏)とセミナー参加者に訴えました。
ドラッグストアの深化:地域医療貢献と顧客理解
続いて登壇した「サンキュードラッグ」の藤井孝太郎氏は、自身の経歴に触れるとともに会社の戦略を紹介。サンキュードラッグは創業70年を迎える企業で、売上高272億円のうち、調剤売上構成比が44.8%を占める点が特徴だといいます。ドラッグストア店舗への調剤薬局併設を早くから推進し、半数以上のドラッグストアに調剤薬局を併設。さらに単独調剤薬局も数多く展開します。なお、店舗は本社のある北九州市と、経済的結びつきの強い山口県下関市に集中。「やりすぎだ」と言われるほど地域に密着したドミナント戦略を展開しているのも同社の特徴です。
「調剤」を組み込むことの狙いにも言及します。「サンキュードラッグでは調剤を組み込むことで、高い世帯支出を狙っている。調剤の世帯支出は年々増加傾向にあり、こうした世帯取り込めるようになれば、従来の1km単位での出店可能圏が500m単位に縮小できると考える」(藤井氏)と述べます。高齢化社会に対応し、「健康のために10分歩いて来てくださいね」という思いから、半径500mごとに店舗を出店することを目指しています。一方、薬剤師による患者宅訪問も視野に入れ、インフラとしての店舗網構築も目指す考えです。

なお同社は、ID-POSデータを活用し、潜在顧客へのアプローチを強化。データ分析に基づき「ある商品は40代の購入率が高いが、違う梱包形態になるとシニアに支持されている」といった商品の購買層の違いを分析し、セグメントに合わせたマーケティング活動を展開しています。例えば、赤ちゃんが生まれてから、離乳食のニーズや除菌のニーズなど、時系列で変化する顧客の悩みに合わせて、新生児用のおむつを購入した顧客にフラグを立て、1ヵ月単位で情報提供しているといいます。
藤井氏は、ドラッグストアの未来も考察します。「地域ならではの品揃えを重視し、ホームセンターやスーパーがない地域ではそれぞれのカテゴリの商品を強化すべきだ」(藤井氏)と述べます。マーケティングもマスではなくセグメントを重視する戦略に舵を切るべきだとと強調します。なお、調剤については「売上獲得の手段として捉えるべきではない。地域住民の医療貢献、健康増進という視点で捉え、かかりつけ薬局としての役割を強化することで、地域住民を支える手段であるべき」(藤井氏)と述べました。さらに、「ドラッグストアの主部門はヘルス&ビューティーケアとし、食品は補助部門と位置付ける。今後は医療との連携や専門性が加速する」(藤井氏)と予測しました。
小売業界の変遷と未来への視座
店舗のICT活用研究所 代表で日本オムニチャネル協会の分科会リーダーを務める郡司昇氏も講演。自身の店舗視察経験に基づき、小売業界の歴史的変遷と現状、未来への示唆を語りました。
郡司氏はドラッグストアの歴史を振り返り、1999年の大規模小売店舗法の廃止と医薬品再販制度の撤廃が、安売り競争の引き金となったと説明。これにより、「薬は定価でどこでも同じという常識が崩れ、低価格を求める消費者がドラッグストアに流れ込んだ。家族全員が同じシャンプーを使う時代から、個人ごとのニーズに合わせてシャンプーや柔軟剤の種類が増え、SKU(最小在庫管理単位)が飛躍的に増加した。こうした変化を経て、消費者が買い物を選択する基準が多様化した」(郡司氏)と述べました。

なお、2010年頃から始まった「医薬分業」により、ドラッグストアは調剤薬局の併設を強化するようになったといいます。しかし、2020年手前には「オーバーストア」の状態となり、ドラッグストアとスーパーマーケットの境界が曖昧になり始めたと分析します。
一方、アメリカのドラッグストア事情を踏まえ、日本の小売事業者の未来に警鐘も鳴らします。「ドラッグストアが物販でウォルマートやアルディなどのディスカウントストアに価格競争で敗れ、値引き合戦に陥っている。アメリカでは、薬剤師が常駐する調剤薬局のみが生き残っているのが現状だ。一方、スーパーマーケットは調剤薬局を併設することで、処方箋を持参すれば食品が割引になるといったサービスを大々的に展開している。ウォルマートやアルバートソンズのような大手チェーンも、処方箋による割引や宅配サービスを通じて、調剤と食品販売の融合を進めている。アメリカではすでにドラッグストア単体での生き残りが難しい時代になっている」(郡司氏)と指摘。日本市場も大手ディスカウント店による参入が懸念されると警鐘を鳴らしました。
未来像:専門性と食の提供
セミナーでは藤井氏と辻氏の両名が、がこれからのスーパーとドラッグストアの未来像について見解を述べました。

サンキュードラッグの藤井氏は、「国民が望む形にしかならないと思う」と前置きしつつ、ドラッグストアは「用事がなくても健康の相談に訪れれば頼られる存在になるべきだ。日本は軽度医療行為の構成比が高いことから、地域のクリニックとの連携を深め、医療費の変化にも対応しながら、地域住民の健康増進に貢献する専門性を強化する必要がある」と述べました。昔のように「おじいちゃん元気?」と声をかけられるような「地域住民が集まる形」が理想であるとの見解を示しました。
いちやまマートの辻氏は、同社が目指す「食卓提供業」の延長線上で、現代社会の働き方の変化に言及。「女性の社会進出や単身世帯、高齢者の増加に伴い、食を作る時間をいかに短くしたいかというニーズが高まっている。スーパーマーケットは元々素材を提供する業態だが、今後はできた商品を、しかも届けて、お客様は食事を食べるだけという形に行き着く」(辻氏)との見解を示しました。特に、「工場で作ったものを運んで販売するプロセスセンター方式より、手で作った作りたての美味しさへのニーズが増す。店内調理とインストアベーカリーのように、美味しいものを作って届けることで、消費者を調理から解放し、安心感のある食を提供していくことが活路になる」(辻氏)と強調しました。
関連リンク
日本オムニチャネル協会
https://omniassociation.com/
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