生活の自立支援や就労支援、さらには生活介護や訪問介護などといった障がい福祉サービスの需要が高まりつつあります。一方、支援する職員の業務負荷も並行して高まっているのが現状です。障がい福祉業界で今、何が起きているのか。どんな課題に直面し、どのような解決策を模索しているのか…。障がい福祉業界で働く人に聞いた調査結果から現状を読み解くとともに、業務効率を高める手段の1つとなり得るITの活用について考えます。
障がい福祉事業所で働く職員の作業負荷増大が業界の課題に
1000万人とも言われる障がい者を支える障がい福祉業界。精神障がい者や知的障がい者の増加に伴い、市場規模は年々膨らみ続けています。厚生労働省によると、生活や就労などを支援する事業所の数は2020年時点で約13万件。2012年から実に1.8倍も増えています。事業所を利用する障がい者数も増え続け、事業所で支援業務に従事する職員の負担増が業界の大きな課題となりつつあります。
もっとも、こうした課題が顕在化しているにも関わらず、職員数は伸び悩んでいるのが現状です。厚生労働省「職業安定業務統計」や総務省「労働力調査」によると、障がい福祉業界の有効求人倍率は2020年で3.6倍となっています。全職業の有効求人倍率は1.2倍にとどまることから、障がい福祉業界で働きたい人を採用するのがいかに難しいかが読み取れます。3.6件の求人に対し、応募者が1人しかいないのが障がい福祉業界の現状なのです。
では、障がい福祉事業所に勤める職員は現状をどう捉え、どんな課題を感じているのか…。障がい福祉業界の現状を把握すべく、リクルートは調査を実施。その結果を2024年5月10日に発表しました。人手不足の状況や業務時間の内訳、さらにはIT導入による効率化の状況などの実態が明らかになりました。
まずは、業界の何よりの課題である人手不足について聞いた結果が図1です。
人手不足を感じているかという質問に対し、「そう思う」と答えた割合は75.9%で、8割近くの職員が人手不足を認めています。「そう思わない」は9.3%にとどまります。
このような状況の中、職員は利用者に満足のいく支援をできていると思っているのか。自身の利用者への対応の満足度を聞いた結果が図2です。
「満足している」と答えた割合は32.7%で、十分に対応していると思っている職員は3人に1人程度にとどまります。「満足していない」は21.3%で、「満足している」の割合を下回ったものの決して低い割合とは言えません。
では「満足していない」と答えた人は、なぜ満足できずにいるのか。理由を聞いた結果が図3です。
理由でもっとも多かったのが「利用者さまとコミュニケーションを取る時間が短いから」で、53.7%を占めます。質問に答えた半数以上の職員が他の業務に忙殺され、利用者を支援するための時間を十分割けずにいると推察されます。
では実際に、職員は利用者の支援にどれだけの時間を割いているのでしょうか。1ヵ月あたりの業務時間の内訳を聞いた結果が図4です。
「利用者への直接的支援やその準備」に時間を割いているのは、全業務時間の47.1%という結果でした。1ヵ月の業務時間の約半分を利用者と接する時間に充てていることが分かります。一方、「打ち合わせなどの事業業務」(22.1%)と「請求・記録業務」(18.8%)を合わせた4割の時間が、いわゆるバックヤード業務に充てられています。利用者を支援する業務に時間を割きたいものの、実際は事務作業などに多くの時間を費やさざるを得ないことが読み取れます。
ちなみに、事業所でのソフトウエアの利用状況も聞いています。職員が働く事業所では、何かしらのソフトウエアを使って業務の効率化を図っているのでしょうか。その結果が図5です。
結果は「一つも選択しなかった人」が72.8%で、ほとんどの事業所で何かしらのソフトウエアも導入していないことが分かりました。「何かしらソフト一つ以上の選択者」は27.2%で3割未満にとどまります。
調査を実施したリクルートは今回の結果について、「多くの職員が利用者とのコミュニケーションを図りづらい状況に陥っている。これでは利用者の満足度を高められないし、サービス品質の低下を招きかねない。職員を十分確保しづらい今こそ、事務作業に割く時間をどう減らすかに目を向けることが大切だ。 多くの事業所では今なお、利用者の活動記録などを紙の書類に入力している。紙に入力した内容をExcelに転記するなど、一度入力した内容を何度も入力し直すケースも珍しくない。 アナログ文化が根強く残る業界だからこそ、DXを推進すれば十分な効果を見込めるはずだ。事務作業などに費やす時間を短縮し、利用者と接する時間を少しでも長く確保するための手段を検討することが求められる」(リクルート プロダクト統括本部 新規事業開発室 knowbe事業推進部 部長 岩田圭市氏)と、ITを駆使して事務作業を効率化する必要性を訴えます。
煩雑な請求業務を簡略化するITサービスが課題解決の切り札に
では、職員が利用者と接する時間を長く確保するには、どんなITを活用するのが望ましいのか。岩田氏は、「障がい福祉業界には他の業界にはない固有の事務作業が少なくない。中でも煩雑なのが請求業務だ。利用者にどんな支援をしたのか、何時間支援したのかなどを記録し、給付費などを国保連合会経由で市町村などに月次で請求しなければならない。勤怠や支援内容を帳票に書き込んだり、賃金を計算したりしなければならず、本業である利用者対応の時間を圧迫している。こうした付加価値を生みづらい業務を圧縮するため、DXを推進するのが解決策の1つになるのではないか」 と指摘します。
そんな障がい福祉業界に特化したITツールの1つが、リクルートの「knowbe(ノウビー)」です。事業所で働く職員の業務負荷を軽減するためのクラウドサービスで、利用者の勤怠や支援内容、施設の利用実績などの情報を一元化します。「過去の利用者ごとの支援計画や支援実績を容易に探し出し、新たな計画立案などの参考にできる。事業所内に埋もれた大量の書類の中から必要な書類を探し出す手間も省ける。複数の事業所や端末に散在する情報を職員間で容易に共有することも可能だ」」(岩田氏)と、クラウドならではのメリットを強調します。
もちろん請求業務も簡素化します。「knowbe」はタブレットやスマートフォンを使い、利用者ごとの支援内容を記録する機能を備えます。複数の職員が記録した情報は即時にクラウドに集約し、事業所全体の利用実績を横断的に把握できるようになっています。「国保連合会に請求するための帳票を都度作成する必要はない。ワンクリックで請求書を自動作成し、国保連合会に送付する書類を5分程度で準備できる。これまでの請求業務といえば、紙に記録した内容を半日以上かけて別の書類に転記し、利用実績を集約していた。請求書類にもう一度転記し、記載ミスがないかダブルチェックすることも珍しくなかった。こうした手間と時間がかかっていた業務を削減できる 」(岩田氏)といいます。
実際に効果を上げる事業所は少なくありません。例えば、「就労継続支援B型」に該当する就労支援事業所を運営するコレカラ堂は、書類作成の負担を軽減する目的でknowbeを導入。4時間かけていた書類作成業務を、わずか20分に短縮しました。請求業務に従事する日は毎回始発で出勤していた担当者も、knowbeの導入によって始発出勤は不要になったといいます。そのほか、複数のグループホームを運営する企業の場合、knowbeを使って各所に散在する情報を一元化。グループホームごとの利用状況や支援内容などを容易に把握できるようになったといいます。
岩田氏は今後、knowbeのさらなる強化を視野に入れます。「knowbeの利用者数は、2023年12月時点で累計22万人を超える 。業界の市場規模が膨らみ、事業所を使う利用者のニーズがさらに高まることが予想される中、knowbe導入で業務効率をさらに高められるような機能強化を継続して図っていきたい。まずはknowbeを利用する職員一人ひとりの声に耳を傾け、どんな機能を追加すべきか、どんなUIに改善すべきかなどの要望に1つずつ応えられるようにしたい」(岩田氏)と意気込みます。
さらに、障がい者を支援するという事業所の特性を踏まえ、「利用者ごとに障がいの状態や事業所に求める要求は異なる。職員は一人ひとりと向き合い、利用者ごとの要望に適切に応えていくことが求められる。いわば多様性が強く求められるのがこの業界の特徴だ。こうした職員の取り組みに、ITや効率化といった言葉は必ずしも当てはまらない。当社はITサービスの活用をただ促すだけではなく、職員が何を望んでいるのか、利用者はどうしてほしいのかといったニーズを拾い上げ、あらゆる手段を駆使して何ができるのかを模索し続けていきたい。職員による手厚い支援をいかに最大化させるか。こうした業界の良い部分を育むための手助けをしていくのが当社の役割だと考える」(岩田氏)とまとめました。