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コラム

海外生産の落とし穴:コストダウンとコストアップ、儲かるのはどっちか?(前編)

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製造業を中心に、日本企業の多くが生産拠点を海外に移転しています。コストを減らし、利益を増やすのが狙いです。しかし、海外生産で本当にコストは減るのか。利益は増えるのか。日本の小売業のDXに精通するデジタルシフトウェーブ 代表取締役社長の鈴木康弘氏(元セブン&アイ・ホールディングス CIO)と、全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraints)を駆使し、グローバルにDXの最前線で活躍するゴールドラット・ジャパンCEOの岸良裕司氏が、見逃しがちな海外生産の問題を追及します。【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.9】

コストに対する日本人の誤解

岸良:今回は「コスト」について考えます。経営者の「コストを下げろ!」という号令のもと、多くの企業がさまざまなコスト削減策に取り組んでいます。とりわけ製造業の中には、安価な労働力を求めて生産拠点を海外に移すケースが少なくありません。中国を筆頭にタイやマレーシア、バングラディシュなど、アジア圏に工場を構える企業が目立ちます。

鈴木:国内向けの商品なら海外で生産するより国内生産の方が良いのでは、そう思います。多くの製造業が海外生産に舵を切ったことに常々疑問を感じています。

岸良:海外生産に舵を切った企業の多くが苦戦しています。実際に、海外生産しても儲かっていないんです。

鈴木:その原因の一端が「コスト」に対する考え方というわけですね。

岸良:その通りです。多くの企業が「コストダウンすれば利益が増える」と思っています。しかし、中には副作用のあるコストダウンだってあります。コストダウン施策を否定するなんて言語道断といった具合に、良しあしに関係なくあらゆる施策に取り組んでいるのです。

鈴木:日本企業の場合、コストへの意識が高い。決して悪いことではありませんが、コストダウン=利益が増えるという間違った考えも根付いてしまっています。この誤解を解くことが必要ですね。

岸良:海外生産の場合、一般的に製品を作るコストを抑えられるかもしれません。輸送費が加わったとしてもコストダウンを見込めます。下図(図1)のように2割のコストダウンが可能なら利益が2割増える。そう考えるでしょう。実はここに落とし穴があります。数字を見ると利益が2割増えていますが、見逃されている点があるのです。リードタイムが長くなることです。海外生産では当然、輸送にかかる時間がかかります。数字上では見えないこの影響に目を向けなければなりません。

図1:なぜ安い海外生産品に移管しても儲からないのか?

図1:なぜ安い海外生産品に移管しても儲からないのか?

via ゴールドラット・ジャパン

リードタイムが長いデメリットとは

岸良:リードタイムが長くなるとどんな影響が出るのか。そもそもなぜ、海外生産しているのに苦戦するのか。これらの疑問をきちんと検証していないことが問題ですよね。影響についてさらに掘り下げましょう。

海外生産ではリードタイムが長くなる。その結果、不確実性にさらされる時間が長くなります。例えば、アジア圏に生産拠点を構える場合、船便で製品を日本に送れば4週間程度かかります。この間、不確実性にさらされ続けるわけです。もし緊急出荷が発生すれば、航空便を使わざるを得ません。航空便にかかる費用は船便の約10倍と一般的に言われます。不確実性の影響で緊急出荷が増えれば、結果として輸送費は膨らむことになります。つまりコストが高くなってしまうのです。

図2:リードタイムが長くなるとどうなるのか?

図2:リードタイムが長くなるとどうなるのか?

via ゴールドラット・ジャパン
鈴木:海外生産ならコストは安くなる。実際はそんなことなく、むしろコストが高くなることがあるわけですね。季節性の強い商品はもちろんですが、消費者ニーズが多様化し変化が著しい時代では、リードタイムの長さは命取りになりかねません。

岸良:さらにリードタイムが長くなると、船便が届くまでの在庫を確保しておかなければなりません。4週間かかるなら4週間分の在庫が必要です。しかし実際は4週間分で済みません。不確実性が高いため、さらに欠品しないように念のために追加で2週間ほどの在庫を確保するケースが目立ちます。まとめて発注すればコストを抑えられることから、まとめて船便で送るし、まとめて生産するケースも多いですよね。こうして在庫が増えていってしまうのです。たくさんの在庫を用意しようとすれば、つまりそれだけ資金が減るのです。6週間、つまり1カ月半もの資金が在庫として“寝ている”のと同義ですね。

■海外生産やリードタイムの問題について詳しく知りたい人は以下の動画をご参照ください。

鈴木:例えばコンビニエンスストアの場合、売れない商品はすぐに棚から外されます。1~2週間で売れる商品と売れない商品は分かりますからね。それだけ変化が激しいのに、4週間前に「この商品をこれだけ売ろう」と想定して発注するのは無理がありますね。4週間から1カ月半、一度発注したらブレーキを踏めないって怖いですよね。不良在庫をかかえるリスクが高まるし、欠品リスクも増します。

岸良:自前で海外に生産拠点を構えるならまだしも、海外の工場と契約して生産を依頼する場合、すぐに「止めます」とは言えないですよね。契約工場と取引を継続する限り、資金を投資し続けることになるわけです。

一方、日本には「Made in Japan」という世界に通用するブランドがあります。海外向けの製品を国内生産すれば、「日本製」を理由に値引きせずに売れるでしょう。「Made in Japan」が通用しない商品ジャンルもあるでしょうが、国内生産に踏み切れば、海外企業との価格競争も回避できるのです。

鈴木:多くの企業がこうした状況を理解しつつも受け入れようとしない。そんな気さえしますね。なぜ、「海外生産ではなく国内生産に移行しよう」とならないのでしょうか。

岸良:生産拠点を海外から国内に戻す動きが一部の企業で見られるようになりました。しかし多くの企業が直感的には理解しつつも、リードタイムを含めたこの状況を論理的に説明できない。ここに問題があります。経営会議などでリードタイムが長くなるデメリットを説明できなければ、経営陣も「国内生産に戻そう」と意思決定できないですよね。

「コストダウン」という表現も誤解を招いてしまっていると思いますね。そもそも「コスト」自体、日本の企業はあまり良い印象を持ちません。しかしコストは「利益を上げるための投資である」。こう考えるとどうでしょうか。儲けようとするなら積極的に投資しようって考えますよね。つまりコストが増えることって必ずしも「悪」ではないのです。

ゴールドラット博士の著書「ゴールドラット博士のコストに縛られるな!」で、博士は次のように指摘しています。

会社のゴールは、コスト削減でもカイゼンでもない。より多くのお金を儲けることである。
via ダイヤモンド社「ゴールドラット博士のコストに縛られるな!」
 つまり企業の目的はコストを削減することではなく、コストをかけてでも儲けを生み出すことです。これが本質です。儲けを生むには、大量在庫を発注するのにコストをかけるのではなく、確実に明日売れる商品にコストをかけるべきです。売れば利益を生み出す商品を倉庫に眠らせたままにしても、1円の利益さえ生まれません。大切なのは「在庫回転率」です。在庫が倉庫に留まらないほど、利益を生み出し続けるようになるのです。

鈴木:株式会社であれば、投資によってどれだけ設けたかを投資家に見られているはず。早いサイクルでお金を作らなければなりません。それだけ資金繰りは重要なのです。にもかかわらず、肝心の「スピード」をおろそかにする企業が多いですよね。

岸良:海外生産ならコストを減らせる。これは妄想です。海外生産でリードタイムが長くなることをきちんと考慮すべきです。では次回は、「在庫」を軸に、企業がどのようにお金を稼いでいるのかをさらに紐解いてみたいと思います。

岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

1959年生まれ。ゴールドラットジャパンCEO。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory of Constraints:制約理論)をあらゆる産業界、行政改革で実践。活動成果の1つとして発表された「三方良しの公共事業改革」はゴールドラット博士の絶賛を浴び、2007年4月に国策として正式に採用された。成果の数々は国際的に高い評価を得て、活動の舞台を日本のみならず世界中に広げている。2008年4月、ゴールドラット博士に請われてゴールドラットコンサルティング(現ゴールドラット)ディレクターに就任し、日本代表となる。
鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一...

鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一般社団法人日本オムニチャネル協会 会長

1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。1996年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。 1999年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役社長就任。 2006年セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。2014年セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。 グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。2015年同社取締役執行役員CIO就任。 2016年同社を退社し、2017年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。 デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会会長、学校法人電子学園 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授を兼任。
DXマガジン編集部編集後記
 「コストダウン」という言葉を紐解くと、実は積極的な投資にブレーキをかけようとしている意味がある。言われてみないと気づかない視点です。海外に工場を構える製造業の多くは、コストダウンを図ることが狙いのはず。にもかかわらず、結果としてコストアップしている現実をどう受け止めているのでしょうか。円安などの世界的な動きも相まって、今後は生産拠点の国内回帰の動きが増すかも。そう期待します。
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