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コラム

予想に隠された衝撃の事実:AIの予想が当たらないわけ(前編)

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AIによる需要予測精度が上がらない中、企業が真に目を向けることとは一体何か。日本の小売業のDXに精通するデジタルシフトウェーブ 代表取締役社長の鈴木康弘氏(元セブン&アイ・ホールディングス CIO)と、全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraints)を駆使し、グローバルにDXの最前線で活躍するゴールドラット・ジャパンCEOの岸良裕司氏が、無駄のない効率的な生産体制について議論します。【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.7】

岸良:今回は「予測」について考えたいと思います。最近はAIを使った需要予測に取り組む企業が目立つようになりました。予測が当たるのではと大きな期待が寄せられましたが、しかし今、その結果にがっかりしている企業も多いのではないでしょうか。数十億円、数百億円の予算を投じて構築した需要予測システムが期待外れに終わったというケースもあるでしょう。失敗という結果を受け止めるならまだしも、中には気付かないふりをしてうまく機能していると捉える企業もいますよね。 ■前回の記事はこちら
儲からない諸悪の根源:小売業が長年抱えるジレンマとは?(後編)
【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.6】
鈴木:AIによる需要予測で十分な成果を上げられなかったという声は多いですね。私がある講演に登壇したとき、聴講者から「需要予測にAIを使うことをどう思いますか」という質問をいただきました。このとき私は「できない」と断言したのを覚えていますね。 岸良:AIへの期待が大きいだけに、予測が当たると信じている人が多いと感じます。ちなみに余談ですが、「予想」を後ろから読むと何と読みますか。 鈴木:「うそよ」ですね(笑)。 岸良:そう、予想は嘘なんです(笑)。まずはこの衝撃の事実をしっかり受け止めてほしいですね。  話を戻しましょう。AIといえばチェスや将棋で強みを発揮していますよね。なぜ、そこまで高い勝率を保てるのか。チェスや将棋で共通しているのは、ルールが変わらないという点です。こうした環境にAIは見事にマッチするわけです。  しかしAIを小売業で使用すると考えましょう。変化が激しい業界で、さらに最近は新たなゲームチェンチャーが登場し、市場を席捲しています。こうしたゲームチェンジャーが勝っているのは、ゲームのルールを変えているからに他なりません。つまり、ルールは一定ではなく常に変化しているのです。ルールが変わらない環境であれば、その中でAIは性能を磨き上げることもできるでしょう。しかし、ルールそのものが変わってしまう小売業では、AIの特性は必ずしも活かせないのです。
図1:AIを導入すれば当たるか?

図1:AIを導入すれば当たるか?

via ゴールドラット・ジャパン
鈴木:セブン-イレブンもこれまでの常識にとらわれず、ルールを変え続けてきましたね。まさにゲームチェンジャーと呼ぶ取り組みをしてきたと思います。 岸良:チェスや将棋の場合、局面を数値化できますよね。しかし小売業の場合、陳列が魅力的か、接客スキルが良いか、商品が格好いいか可愛いか、キャッチコピーは魅力的かなどを数値化できません。販売スタッフの接客スキルが消費行動に極めて高い影響を与えるのに、その取り組みを数値で把握できずにいるのです。  小売業は今、さまざまなデータを収集できるようになっています。しかし需要を予測する上で必要なデータを十分収集できていると言えるでしょうか。例えば、競合店舗が扱う商品情報や価格情報。重要なデータではあるものの、事前に入手するのは難しいでしょう。つまり、予想に欠かせない極めて重要な要因をAIは扱えていないわけで、この条件で予想が当たると期待することに無理があります。  小売業の場合、需要を予測するにはいろいろな条件、要素が複雑に絡み合い、ルールも常に変化する。こうした状況はAIがもっとも苦手とする状況とも言えます。  AIは機械学習によって予測モデルを自ら変えていく仕組みを備えます。つまり、私たちにとって中身はブラックボックスなんです。AIがどのように予測を導き出したのかは分からず、私たちは「AIが言うのであれば…」と信じるしかありません。もっとも、最初は信じるものの、人の長年の経験と勘で導き出した予測結果の方が実は当たったりするんです。そうするとAIを徐々に信じられなくなるのですが、ブラックボックスなので何が間違えているのかも分からないまま。予測モデルがどう変わったのかも分かりません。それでも私たちはAIを本当に信じ続けられるのでしょうか。  さらに、アルゴリズムを修正するには時間もコストもかかります。その間、予測はこれまで通り、熟練者の経験と勘に委ねられるでしょう。小売業の変化は著しいのに、AIはそのスピード感に追随すらできないのです。結果的に、大金を払って導入した需要予測システムを使わなくなり、人の手作業に後戻りすることも少なくないのです。 鈴木:多くの小売業、製造業が長年、「予測」に悩まされ続けています。AIに依存するのが難しい中、企業が真に着目すべきは何だと考えますか。 岸良:大切なのはリードタイムです。いかにリードタイムを短くするか。この視点を見失わないことが大切です。考えてみてください。1年後より6カ月後、3カ月後、1か月後、1週間後、1日後の方が現実に近い予測になりますよね。天気予報も1カ月後の長期予想より明日の天気の方が当たりますよね。リードタイムが短くなると直近の情報を使うことになるので、当たる確率はより高くなるのです。  これまでは直近の情報を収集するのが難しかったかもしれません。しかしITを活用すれば、ほぼリアルタイムのデータを収集できます。より直近のデータを使えば、刻々と変わる市場の変化に素早く追従できます。  リードタイムの短さは、ほかの面でもメリットがあります。例えば在庫です。納品までのリードタイムが1週間だとしたら、在庫は1週間分だけ抱えていればいいわけですよね。もしリードタイムが3カ月だと、3カ月分もの在庫を抱えなければならなくなります。つまり、3カ月はキャッシュが“眠る”ことになってしまうわけです。リードタイムが短いほど、キャッシュフローを改善する効果も見込めるのです。 鈴木:リードタイムを短くすべきなのに、多くの企業が生産拠点を海外に移しています。国内で販売するものであれば、国内で生産すればいいと思うのですが、なぜ海外生産に踏み切っているのでしょうか。 岸良:海外生産に踏み切れば生産コストを抑えられる。そう思い込んでいる企業が多いと感じます。しかし本当にコストは下がっているのでしょうか。次回(後編)は海外生産時に見逃しがちなリードタイムについて、さらにリードタイム短縮に不可欠な小売・流通事業者とメーカーとの協力体制について考えます。
岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

1959年生まれ。ゴールドラットジャパンCEO。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory of Constraints:制約理論)をあらゆる産業界、行政改革で実践。活動成果の1つとして発表された「三方良しの公共事業改革」はゴールドラット博士の絶賛を浴び、2007年4月に国策として正式に採用された。成果の数々は国際的に高い評価を得て、活動の舞台を日本のみならず世界中に広げている。2008年4月、ゴールドラット博士に請われてゴールドラットコンサルティング(現ゴールドラット)ディレクターに就任し、日本代表となる。
鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一...

鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一般社団法人日本オムニチャネル協会 会長

1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。1996年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。 1999年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役社長就任。 2006年セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。2014年セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。 グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。2015年同社取締役執行役員CIO就任。 2016年同社を退社し、2017年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。 デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会会長、学校法人電子学園 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授を兼任。
DXマガジン編集部編集後記
 AIが登場したとき、需要予測に用いる可能性が大きく取沙汰されました。そして現在、多くの需要予測システムがAIを導入し、予測精度を高めようとしているものの、十分な効果を上げた導入事例は必ずしも聞こえてきません。岸良氏が指摘する通り、ルールが目まぐるしく変わり、条件が複雑な状況下ではAIもその力を十分発揮できないようです。  一方、ポイントとなる「リードタイム」。重要な指標であることが分かっているものの、多くの製造業がそのメリットを、生産コストほど重視していなかったのかもしれません。予測精度とも関係するリードタイム。短くすることで見込める効果を把握し、短縮するための取り組みに目を向けることが大切だと痛感しました。後半ではリードタイム短縮について、さらに掘り下げています。次回も楽しみです!

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