本連載の前回と前々回では、需要予測と在庫補充計画というデマンドプランニングの業務領域について概説しました。今回はSCMにおいてデマンドプランニングと対をなすサプライプランニング、予測困難なVUCAな環境下で重要性を増しているマネジメントについて紹介します。
サプライプランニングとは
SCMでは需要と供給の情報を管理し、そのバランス制御を目指しますが、このためには両サイドの計画立案(Planning)が必要になります。原材料・部品や製品、設備、スタッフの手配には時間が必要であり、後追いでは間に合わないため、事前に計画してサプライチェーンを動かさなければならないからです。
サプライチェーンとは組織間のコミュニケーションの連鎖とも言えますが、両端のプレーヤー以外は基本的に、それぞれの供給業者(サプライヤー)と顧客を持ちます。これは一企業内でも当てはまり、営業部門が生産部門へ発注を出すという連携も含みます。
つまり、自組織の顧客の需要を踏まえ(需要予測)、それを直接の供給業者へ自組織の需要として伝える(在庫補充計画・発注)のがデマンドプランニングと整理できます。
一方、このデマンドプランを充足させるための調達、生産、物流を組み立てるのがサプライプランニングです。どの供給業者からいくらで調達し、どの工場でいつ生産して、どんなルートで届けるかといった計画です。
サプライチェーンの連帯責任
サプライプランニングにおいて重要になるのが、
・ Quality:モノや物流の品質
・ Cost:調達や生産、輸配送にかかる費用
・ Delivery :調達や生産、物流にかかる時間
です。これらは基本的に、契約時やオペレーション設計時に定められ、サプライチェーンの担当者にはこの管理が求められます。
しかし近年ではこの不確実性が高まっていて、特にサプライチェーンがグローバルに拡大していく中で、要求水準を満たさない品質の部品や製品が届いたり、原材料の価格が高騰したり1、物流が契約リードタイム以上に遅延したりといった事態が発生しています。
この原因には国際紛争や自然災害などがあり、自社ではコントロールできない場合も多いと言えます。さらに直接取引のない、海外の供給業者における児童労働や人権侵害、最終顧客における非倫理的な商品の利用、サプライチェーン全体を通しての二酸化炭素排出などが、自社の事業やその継続性に影響を及ぼし始めています。
つまり、サプライチェーンを構成する一企業としても、グローバルサプライチェーン全体に気を配らなければならず、大きな環境変化の中で需給バランスを制御することが難しくなっているのです。
両利きの関係性マネジメント
こうしたサプライチェーンを取り巻く環境の不確実性の増大に対する手立てとして、筆者はデータサイエンスの活用による示唆の発信を「需給インテリジェンス2」と名付けて提唱してきました。ここでさらに、サプライチェーンパートナーシップが有効になると考えています。
SCMにおける企業間の関係性管理には大きく顧客サイドと供給業者サイドがあり、それぞれCRM、SRMと呼ばれます。CRMは様々な職種が認知していて、マーケティングと併せて語られることが多く、ASCM(Association for Supply Chain Management)の定義は以下の通りです。
CRM…顧客を第一に考えたマーケティング哲学。顧客の現存及び潜在ニーズを理解し、販売及びマーケティングの意思決定支援を行うために設計された情報の収集及び分析を行う。(後略)
出典:第15版 サプライチェーンマネジメント辞典 APICSディクショナリー 対訳版より
一方、調達業務に関わっていないとあまり耳にしないのが逆サイドのSRMです。
SRM…企業の利用する商品やサービスを供給する組織とのやり取りの管理へ向けた、広範なアプローチ手法。SRMのゴールは、企業とそのサプライヤー間のプロセスを整理し、より効率的にすることである。(後略)
出典:第15版 サプライチェーンマネジメント辞典 APICSディクショナリー 対訳版より
これは単に調達におけるQCDを管理するだけでなく、両社が関わる事業の継続性を目指し、協働してサプライチェーンレジリエンスを高めようとするものです。
それぞれが通常業務から入手できる情報には差異があり、保有するケイパビリティやアセットも異なるため、それらを共有し合うことで、中長期的な関係性を構築、維持していくことを目指します。
もちろんこうしたSRMには少なくない業務負荷が発生するため、戦略的にパートナーを選定する必要があります。また、近年では供給業者だけでなく、物流企業との連携も重要になっているため、筆者はサプライチェーンパートナーシップと呼んでいます。
SCMの意思決定をDXで進化させていくには、以下が必須と指摘されています3。
1.意思決定エンジン(予測分析と最適化技術)
2.デジタルツイン
3.E to Eのデータ
需給インテリジェンスには意思決定エンジンが必要であり、それを実行する場がデジタルツインだと考えていますが、現実に合った有益なシミュレーションのためには自社だけでなく、サプライチェーンパートナーから入手できる需給データやリスク情報を使う必要があるのです。
サプライチェーンパートナーと情報を共有し、高度な分析結果を基に一緒に議論することで、不確実性の高い環境下でも事業を継続させるヒントを得ていくことができるはずです。
著者プロフィール
山口 雄大 (やまぐち ゆうだい)
青山学院大学グローバル・ビジネス研究所研究員、NEC需要予測エヴァンジェリスト。化粧品メーカーのデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師(SCM)を経て現職。他、JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師や企業の需要予測アドバイザーなどを担い、さまざまな大学でSCMの講義も実施している。Journal of Business Forecastingなどで研究論文を発表。需要予測やSCMをテーマとした著書多数。
著書
①2018年2月 (日本実業出版社)
『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』
②2018年9月 (光文社新書)
『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術 実践・ビジネス需要予測』
③2021年9月 (日本評論社)
『需要予測の戦略的活用』
④2021年9月 (共著・ダイヤモンド社)
『全図解 メーカーの仕事』
⑤2021年11月 (日本実業出版社)
『新版 この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』
⑥2022年2月 (PHPビジネス新書)
『すごい需要予測』
⑦2023年7月 (商周出版) *台湾での出版
『驚人的AI需求預測』
⑧2023年7月 (共著・日本評論社)
『企業の戦略実現力』
⑨2024年8月 (日本実業出版社)
『サプライチェーンの計画と分析』
需給インテリジェンスで意思決定を進化させる サプライチェーンの計画と分析
出版社:日本実業出版社
発売:2024年8月23日
<内容紹介>
本書は、サプライチェーンマネジメント(SCM)とデータサイエンスの融合に焦点を当て、「需給インテリジェンス」の重要性を解説します。著者は、グローバル企業での実務と大学での教育を通じて得た知見を基に、需給情報の収集・分析の手法を紹介。市場のグローバル化や不確実性が増す中で、データドリブンな需要予測が企業の競争力向上に不可欠であると強調しています。各項目の難易度を5段階で示し、実務家や経営者向けに実用的な内容を提供することを目的とした入門書でもあります。
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