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コラム

予想に隠された衝撃の事実:AIの予想が当たらないわけ(後編)

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モノづくりで重要な指標となるリードタイム。短縮することでどんなメリットを見込めるのか。短縮に向け、小売・流通事業者とメーカーはどう向き合うべきか。日本の小売業のDXに精通するデジタルシフトウェーブ 代表取締役社長の鈴木康弘氏(元セブン&アイ・ホールディングス CIO)と、全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraints)を駆使し、グローバルにDXの最前線で活躍するゴールドラット・ジャパンCEOの岸良裕司氏がリードタイム短縮の必要性について議論します。【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.8】

岸良:前回、AIの需要予測が当たらない理由と、予測する上で見逃しがちなリードタイム短縮の必要性について議論しました。今回はその後編です。リードタイム短縮が求められる中、企業はなぜ海外に生産拠点を移すのか。さらにリードタイムを短くする上で取り組むべきポイントなどについて掘り下げたいと思います。 ■前回の記事はこちら
予想に隠された衝撃の事実:AIの予想が当たらないわけ(前編)
【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.7】
鈴木:近年、多くの製造業がコスト削減を理由に生産拠点を海外に移しています。しかし、国内で販売するものをなぜ海外で、という疑問が残ります。国内へ納品するまでのリードタイムも長くなってしまいます。リードタイムを短くする必要性に気付かない企業が多いと感じます。 岸良:一般的に海外で生産すれば、生産コストを下げられます。輸送費が膨らんだとしても日本で生産するより大幅なコストダウンを見込めます。そこで多くの製造業は生産拠点を海外に移し、コストダウンを至上命題にしています。しかし、このときの落とし穴がリードタイムです。海外生産の場合、リードタイムは当然長くなり、不確実性にさらされる時間が長くなるわけです。国内生産なら翌日や翌々日に納品できるのに、海外生産だと1カ月かかることも珍しくありません。輸送コストを抑えようと、週1回の輸送を4回分まとめて月1回にすることもあります。さらにBCPなどのリスクを想定し、海外生産品ではリードタイムが長い分、追加で数週間分在庫を持っておく必要も出てきます。一方で、リードタイムが長くなると予想が外れる可能性が高くなり、緊急出荷に対応するため、空輸コストも膨らみます。海外生産する多くの企業が数カ月分の在庫を抱えることになり、数カ月分のリスクを負った状態になっていると言えるのです。
図1:リードタイムが長くなるとどうなるのか?

図1:リードタイムが長くなるとどうなるのか?

via ゴールドラット・ジャパン
 週間単位で売れ筋商品が目まぐるしく変わる小売業において、リードタイムが1カ月や2カ月という単位はあり得ないと思いませんか。不良在庫を抱えるリスクだけが増してしまいますよね。オフショアによってコストが安くなるという考えは幻想です。実際には高い代償を支払っている現実をしっかり受け入れるべきです。リードタイムが長ければ在庫が増える。当然ともいえるこの状況を把握してほしいと思います。 鈴木:海外で販売するものを現地で生産するのは分かります。しかし、日本で販売する製品を海外で作る理由はないと感じます。 岸良:資材調達担当者は少しでも安く資材を調達したい。製造担当者はまとめて生産して生産効率を高めたい。営業担当者はたくさん売って売上を作りたい。小売業の仕入れ担当者はまとめて安く仕入れたい…。製品の製造から販売に至る各担当者が、自部署の成果、目標に沿って部署の都合を最優先に仕入れたり販売したりしています。いわゆる個別最適の状態ですね。
図2:生地と糸とボタンしかない服のリードタイムが長くなるわけ

図2:生地と糸とボタンしかない服のリードタイムが長くなるわけ

via ゴールドラット・ジャパン
 昔はこうした状態でも成り立っていました。同じ商品がずっと売れ続ける時代でしたからね。ゆっくりしたオペレーションでも在庫はいずれ売れるので問題ではありませんでした。しかし現在、消費者のニーズは多様化し、商品寿命も短くなりつつあります。こうした状況で、従来のオペレーションのままでは大きなひずみを生みかねません。

部分最適の悪癖はどこから来たのか?

岸良:例えばメーカーの生産現場では生産効率の最大化に努めています。設備機器の稼働率を引き上げ、週や月の生産能力向上を目標に掲げています。そのためには当然、まとめて生産するのが効率的で、生産能力も高めることができます。しかし実際は、売れ筋商品は目まぐるしく変わっています。当然、生産計画は頻繁に見直され、これまでのように同じものを作り続けることが難しくなりつつあります。つまり、昔の状況を踏まえたルールを踏襲したままのオペレーションなのです。多くの製造業が、設備稼働率を最大化するための生産計画を立案するシステムを運用していますが、この最大化するアルゴリズムこそ、古いルールに他なりません。個々の設備稼働率を最大化するためのルールに縛られている限り、全体最適を見据えた生産体制への移行は見込めません。  さらにこれまでは、製造業では月に一度、製造担当と販売担当が生産数を決める製販調整会議を開催することがありました。コンピュータがない時代、組織を超えてリアルタイムで情報共有することなどできなかった時代の「限界」によってつくられたルールです。しかし現在、デジタル技術を駆使することで、生産状況や商品別の売上状況などは、ほぼリアルタイムに見える化されるようになりました。何がどれくらい生産されているのか、どの商品が欠品しそうなのかといった情報を容易に把握できるようになったのです。にもかかわらず、月に一度の会議で生産数を決定するというオペレーション、つまり、仕事の仕方やルールは変わらないままなのです。部分最適の悪癖は、多くの場合、デジタル技術が誕生するまでに作られた古いルールに縛られていることから起きています。いくらITを活用しようとも、ルールが変わらない限り、そのメリットを享受することはできません。これについてゴールドラット博士は、DXの教科書と異名をもつ『チェンジ・ザ・ルール』の中で、「デジタル化によるIT投資によるテクノロジー装備だけでは、利益向上にはつながらない。なぜなら、何もルールが変わっていないからだ」とズバッと指摘しています。
鈴木:大切なのはルールを変えること。ルールを変えて初めて成果を見込めるようになるのですね。 岸良:ではリードタイムを短くするにはどうすればよいのでしょうか。例えば、納期までの期間が8週間と4週間では、納期を守れそうなのって8週間ってみな考えますよね。納期を守るため、多くの案件が製造期間にゆとりを持っているでしょう。しかしその結果、8週間分の投入が行われ、工場内は多くの資材で溢れ、大量の在庫を抱えることになってしまいます。しかも予想が外れて欠品などが起きると、案件の優先順位がコロコロ変わり、あれもこれも「最優先で生産してほしい」となれば、生産現場は混乱するに違いありません。  しかし、製造現場をのぞいて見ると、実はほとんどが待ち時間であることが少なくありません。製造自体、わずか数時間でできてしまうことも少なくない。実作業時間は必ずしも多くないのです。つまりこの待ち時間(滞留時間)削減に目を向けることが大切なのです。滞留時間を減らすことで生産リードタイムを短縮でき、ひいては納期短縮、在庫削減といった効果も見込めるようになるのです。 鈴木:「リードタイムを短くしろ!」と言うと現場はきつくなる気がしますが、「滞留時間を減らそう!」と言うと、楽になる気がしますよね。
図3:リードタイムを短くするコツには?

図3:リードタイムを短くするコツには?

via ゴールドラット・ジャパン
岸良:まさにその通りです。たとえば、滞留時間を解消して、リードタイムが1日になれば、すべてが特急になるので、案件ごとに優先順位を見直す必要もなく、現場の混乱も回避できます。このとき大切なのが、売場と生産現場のシンクロです。店舗で今、何が売れているのかを把握し、生産現場が必要なモノを生産する体制を構築することが不可欠です。これはデジタルを活用しなければ成し得ません。ルールを見直した上でITを徹底活用することが必要です。
図4:早く始めると早く終わる?

図4:早く始めると早く終わる?

via ゴールドラット・ジャパン
鈴木:小売業にとっては、欠品と過剰在庫は大きな課題です。こうした状態を解消するためにも、リードタイム短縮には協力しないといけませんね。 岸良:メーカーと小売・流通事業者の協力は欠かせません。小売・流通事業はメーカーの立場になって考え、メーカーも小売・流通事業者の立場になって考えることが必要です。欠品や過剰在庫が課題であれば、メーカーは解消するために何ができるかを親身になって考えなければなりません。  中には、社外の取引先は話を聞いてくれないなどと、協力を諦めてしまう企業もあるでしょう。しかし相手の立場になり、メリットをきちんと提供できる方法を模索すべきです。メーカーと小売・流通業という業界の垣根を超え、双方がウィン・ウィンになるという発想を持つことが大切です。ともに手を取り、お客様が喜ぶ商品づくりに取り組むべきです。これが小売・流通事業者、メーカーにとっての“勝利の方程式”になるのです。
岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

1959年生まれ。ゴールドラットジャパンCEO。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory of Constraints:制約理論)をあらゆる産業界、行政改革で実践。活動成果の1つとして発表された「三方良しの公共事業改革」はゴールドラット博士の絶賛を浴び、2007年4月に国策として正式に採用された。成果の数々は国際的に高い評価を得て、活動の舞台を日本のみならず世界中に広げている。2008年4月、ゴールドラット博士に請われてゴールドラットコンサルティング(現ゴールドラット)ディレクターに就任し、日本代表となる。
鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一...

鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一般社団法人日本オムニチャネル協会 会長

1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。1996年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。 1999年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役社長就任。 2006年セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。2014年セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。 グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。2015年同社取締役執行役員CIO就任。 2016年同社を退社し、2017年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。 デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会会長、学校法人電子学園 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授を兼任。
DXマガジン編集部編集後記
 ITによってデータはほぼリアルタイムに見える化できるようになった一方で、現場は月の一度の製販調整会議…。システムを導入しても古い習慣やルールが残り続ける環境では十分な効果を上げられない。確かにその通りです。コロナによって在宅勤務になったものの、書類に押印するのに出社するという皮肉なニュースも、まさにルールが変わっていないケースですね。  今後の需要予測に基づき緻密な生産計画を立案しても、優先度や生産調整、ラインの異常停止などによって計画を見直さざるを得ないケースは少なくありません。岸良氏が指摘する「売り場と生産現場のシンクロ」のような基本に忠実な考え方こそ、今の時代に即した生産体制なのかもしれません。  次回は「コスト」について、より掘り下げて考えます。お二人の対談、ぜひ楽しみにしてください。

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