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インタビュー

【特別対談:磯村康典×鈴木康弘】オールSaaS化にBPOへ業務集約…、徹底した合理化策と全社一丸の推進体制がDXを加速

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「DXビジョン2022」を打ち出すなど、グループの改革に積極的な姿勢を示すトリドールホールディングス。取り組みを主導する執行役員 CIO BT本部本部長の磯村康典氏は改革をどのように成功へ導こうとしているのか。磯村氏が現職に就く前、8年にわたって仕事をともにしてきた本メディア総編集長の鈴木康弘が、当時の仕事を振り返りながら現在の取り組みを聞きました。

時代に追随するプラットフォーム構築へ

鈴木:トリドールホールディングスといえば、子会社が多数の飲食店を展開していますね。磯村さんは2019年9月に着任されたそうですが、会社は磯村さんに何を期待していたのでしょうか?
磯村:一言でいえば「グローバルフードカンパニーにふさわしいIT基盤を作ってほしい」でした。当社は現在、アジアや欧米など、店舗の海外展開を加速していますが、私の着任当時、その裏側を支えるシステムは必ずしも十分なものではありませんでした。当時のシステムの状況を見たときに思ったのは、「各部門が別々にシステムを導入しているな」ということ。Microsoft Accessで開発した小規模なシステムを含めると、180ほどのシステムが使われていたんです。
鈴木:増えすぎたシステムが問題だと思った?
磯村:もちろん必要なシステムもありますが、カスタマイズして運用していることを問題視しました。そのときの課題に応じて「ああしたい」「こうしたい」とカスタマイズした結果、システムをアップデートできず、当時の機能をベースにとどまっていたんです。これでは時代の変化に追随できません。世の中を見てもシステムのレベルが上がっているのに当社だけ乗り遅れている。こうした環境に危機感を覚えました。以前はカスタマイズするのが当たり前でも今は違う。そこで社内で使うすべてのシステムを対象に、SaaSに切り替えるという方針を打ち出したのです。
鈴木:それが2021年1月に発表した「DXビジョン2022」ですね。
磯村:はい。会社が掲げる目標を成し遂げるためには、変化に対応するプラットフォームが不可欠でした。そのプラットフォームを構築するのにやるべきことを3つ宣言したのが「DXビジョン2022」です。
・全てのレガシーシステムを廃止し、 クラウドとサブスクリプションを組合せて業務システムを実現する。
・全てのネットワークには脅威は存在すると考え、ゼロトラストセキュリティを実現する。
・コールセンター、経理、給与計算などのバックオフィス業務を全て手順化し、BPOセンターへ集約する。
当グループの基幹事業である飲食店は、「手づくり」と「できたて」による食の感動を提供することにこだわっています。お客様と向き合う時間を優先させるために、それ以外は徹底的な合理化を考えました。そのためには世の中の知見をできるだけ活かしたい。こうした考えのもと、打ち出したビジョンになります。
鈴木:もう少し詳しく教えてください。
磯村:1つめの業務システムについては世の中に知見がかなりたまってきたことから、SaaSをフル活用する方向に舵を切りました。2つめのネットワークは、VPN(閉域網)を使えば安全という時代ではないと考えます。いたるところにリスクがあるという考えのもと、VPNを止めてゼロトラストネットワークを構築することに切り替えました。
そして3つめのバックオフィス業務は、社内で抱えずにBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)センターに思い切って任せようということにしました。当グループの場合、店舗を新たに出店することもあれば撤退することもある。もし自分たちでバックオフィス業務をこなそうとすると、店舗の増減に応じて人員も調整しなければなりません。しかし従業員の調整はそう容易ではない。ならば、人員を融通できる外部に委託すべきではないか。こう考えました。コモディティ化した業務をいくら社内で頑張ったとしても、飲食店を訪れる来店者の価値には必ずしも結び付きません。当社の株主に価値を提供するものでもありません。業務プロセスを見直し、すべてのバックオフィス業務をプロに任せる。こんな方向に切り替えたのです。
鈴木:非常に大胆かつ思い切った戦略ですね。しかし大幅な方向展開は社内調整も難しい。取り組む上での課題は?
磯村:システムを大幅に見直すということは、業務プロセスにも当然メスを入れます。業務の進め方が変わることで現場も戸惑ったに違いありません。私に届かなかったものを含めれば、抵抗する声はかなりあったのではと推察します。
しかし「グローバルフードカンパニー」を目指す企業として、社長の粟田自身も「変える」という意識を強く持っており、私の取り組みを支持してくれました。社内の調整が難しい、現場の反発が根強いなどを理由にストップさせることはありませんでした。干渉することもありませんでしたね。
鈴木:磯村さんに任せているという体制だと進めやすいですね。
磯村:進めやすい点がもう1つありました。それは私がトリドールビジネスソリューションズというシェアードサービス会社の社長を兼務していることです。トリドールグループのバックオフィス業務を実質的に担う会社になります。例えば帳簿への記帳や給与計算、電話を受けるコールセンター業務、システムの運用や監視などはトリドールビジネスソリューションズが行っているんです。業務を改革しようと言ったとき、その対象となる大半が、トリドールビジネスソリューションズが担っている業務になるんです。改革の対象が自分の配下にあるという状況も進めやすい要因ですね。
鈴木:BPOセンターへ業務を任せれば、最終的にはトリドールビジネスソリューションズは不要になる?
磯村:その通りです。すでにバックオフィス業務のBPOセンターへの移行はほぼ済んでいます。役割を終えたトリドールビジネスソリューションズは2021年9月30日をもって解散します。
鈴木:ここまで割り切った戦略はそうそう打ち出せないですね。一方、「DXビジョン2022」を成功させるためにはコストもかかるはず。業務システムのSaaS化やバックオフィス業務のアウトソースといった取り組みを進めるための費用はどう捻出した? コストが膨らめば経営陣も黙ってないはず。
磯村:まずは当社の財務諸表を分析し、DXビジョン2022を推進する費用はこの中から捻出しようと考えました。つまり、無駄なコストを洗い出し、それらをすべて削ってDX推進に割り当てるようにしたのです。そのため、損益計算書(PL)に記される数字自体はほぼ増減していないんです。これなら経営陣も納得してもらえるのではと考えました。
さらにすべての業務システムをSaaS化してサブスクリプションに切り替われば「ノンアセット」になります。最終的にIT資産、ソフトウエア資産はゼロになるわけです。貸借対照表(BS)を軽くしつつ、PLにインパクトを与えない。これがDXビジョン2022をスタートさせる条件だと考えました。でなければ経営陣は味方してくれないと思いましたね。社外取締役も「これならとりあえずやってみれば」と言ってくれるに違いない。こんな説得材料を用意しました。
鈴木:経営状況を客観的に示す財務諸表をトリガーにしてDXを進める。当たり前なのかもしれませんが、理にかなったアプローチですね。私の下で働いていたころとは見違えるように成長して(笑)。
磯村:ありがとうございます(笑)。
鈴木:入社して約1年半。これまでの取り組みを自己評価すると何点?
磯村:厳しい質問ですね(笑)。50点でしょうか。
鈴木:評価できた点とできなかった点、具体的にはどんなところでしょうか?
磯村:とりあえずかもしれませんが、こうして進められたのは評価したいと思います。一方で、もっと進めれられたのではないかとも思いますね。また、私が掲げた取り組みに賛同できなかった従業員がいるのも事実。途中で辞めていった人もいるはずです。私がもっとフォローできたのではと思うこともあります。ただ、判断は迷ってはいけません。決して後悔しているわけではありません。
鈴木:磯村さんのように改革を主導できる人材はなかなかいない。
磯村:トリドールホールディングスの入社前、投資会社で働いていた経験が生きているのかなと思います。投資先企業の経営に直接参画するハンズオンで経営再建してきた経験が、現在の改革に活かされていますね。投資会社って良くも悪くも容赦ないじゃないですか。しかし、いろいろな選択肢の中から最良の策を講じる、全体を俯瞰する目を養えたことが、思い切った施策を打ち出せた要因かもしれません。

コロナ契機にデジタルシフトが加速

鈴木:飲食店は新型コロナウイルス感染症の影響を受けたはず。実際のところはどうでしたか?
磯村:一般的に考えれば、大打撃を被っていると思われますよね。それは確かに事実です。当社の場合、飲食店はイートインのサービスだけやっていたので、2020年4月や5月の売上は前年の約半分まで落ち込みました。そこで、最優先で早々に取り組んだのが「中食ニーズへの対応」です。売上が半減した翌6月にはテイクアウト事業をすぐ立ち上げ、売上の回復に努めました。その一環で、スマートフォンで事前注文して商品をテイクアウトするモバイルオーダーも導入。コロナ禍の戦略として中食ニーズ向けの施策を次々に出していきました。キャッシュレス決済も、徐々に展開していきました。他の飲食店も同様かと思いますが、新型コロナウイルス感染症を機にデジタルシフトを進めやすくなりましたね。
ちなみに店舗のPOSレジも、iPadを使ったモバイルPOSに移行しました。店舗のバックヤード業務に使うPCを全廃してiPadに切り替えることも思案中で、POSが故障しても他のiPadで代替できる利点を想定しています。当グループの場合、アルバイトで若い人や外国人も働いている。こうした人はiPadなら操作をすぐに覚えてくれ、教育コストを下げられるというメリットもありますね。
鈴木:本部など、店舗以外で働く従業員の影響は?
磯村:2020年4月の緊急事態宣言発出時にリモートワークに切り替えましたが、コミュニケーション基盤をちょうどMicrosoft 365に入れ替えたばかりだったんです。リモートワーク下でMicrosoft 365を頻繁に使うことになったため、圧倒的な速さでMicrosoft Teamsが社内に浸透しましたね。「DX」という意味では追い風だったかもしれません。
鈴木:良くも悪くも外部環境の変化が、トリドールグループのシステムや従業員の働き方に大きな影響を与えていますね。顧客が店頭に並ぶ販売方式からモバイルオーダーに、支払いは現金からキャッシュレス決済に、さらにはクローズドネットワークからオープンネットワーク、専用POSから汎用POSといった具合に、変化の波に乗っている感じがします。
磯村:こうした動向をしっかり取り入れられるのは、これまでの経験が役立っていると思います。鈴木さんもご承知の通り、私は2000年にソフトバンクに入社し、イー・ショッピング・ブックス(現・セブンネットショッピング)のECシステムの開発やカスタマーサービス、日テレ7の事業立ち上げに携わってきました。このとき、鈴木さんの下で8年間、いろいろな経験を積ませてもらったのが糧になっていますね。
そこでは鈴木さんのご指導はもちろん、ヤフーを創業された故・井上雅博さんやソフトバンクグループ創業者である孫正義さんなど、いろいろな方から仕事への姿勢や考え方などをたくさん学ばせてもらいました。インターネット黎明期だった2000年に、インターネット先端技術を追っているヤフーの考え方を学べたというのもありがたい経験でした。
鈴木:それまで「絶対に落ちてはいけないシステム」は、サーバーが1台でも停止してはいけないという考えだった。しかしインターネットの時代は、サーバーを並列に設置して分散処理するという考え方。サーバーが1台や2台止まっても問題ないという考え方は、今振り返っても衝撃的でしたね。
磯村:インターネット技術はすでにコモディティ化しています。最たる例がAmazon.comのアマゾン ウェブ サービス(AWS)でしょう。今となっては、ワンクリックで簡単に導入できるシステムを使わない手はないですよね。最新テクノロジの動向を追い、その適性を見極めることは当時も今もやはり必要ですね。

効率化の一方でコストに目を向けよ

鈴木:世間では「DX」がブームになっているが、中にはDXを間違えて捉えるケースが少なくない。磯村さんは現在のDXブームをどう捉えていますか?
磯村:DXの表面的な部分しかフォーカスしていない企業やメディアがありますね。当グループの社員も、DXを間違えて捉えていないか危惧しています。そこでトリドールホールディングスでは、私が統括する部門に「DX」という冠を付けず、「BT(ビジネストランスフォーメーション)本部」という名称を用いています。デジタルの有無に関係なくトランスフォーメーションしようという考え方ですね。もっとも今の時代はデジタルを駆使しなければビジネストランスフォーメーションできません。ですので、こうした取り組みが最終的にDXになるんだよって社内には伝えていますね。
鈴木:DX=システム導入と思われがち。さらには一部の業務を見直せばいいと思っている人もいます。DXの本質は企業風土や文化を変えることが大事だと思います。それが御社の言う「BT(ビジネストランスフォーメーション)」になるのかもしれませんね。
磯村:そうですね。私はDXには2つの意味が含まれていると考えます。1つは、企業内の業務を改革すること。もう1つはデジタルを活用して新たなビジネスを創出すること。鈴木さんが指摘された企業風土や文化を変えるというのは前者に当てはまると思います。ただ、並行して後者もセットで進めないといけません。例えば、業務を改革する基盤を導入したのはいいが、実際は人件費が膨れ上がってたら新規事業だってうまく進みません。効率性や生産性を求める一方で、コストにもきちんと目を向ける。両軸の取り組みが求められると思います。
鈴木:磯村さんのようなDXを推進できる人材の育成が企業には求められる。磯村さんはDX人材をどう育成しようと考えていますか?
磯村:DX人材の育成は当社にとっても悩みの1つです。私自身がどのように力を付けてきたかと過去を振り返ると、「任された経験」の有無が大切なのかなと感じますね。簡単に言えば、会社の社長を経験するようなものでしょうか。プレッシャーはあるけど、追い込まれる状況がなければ成長するのって難しいのかなと思います。また、ITやデジタルだけではなく、会社の財務状況もしっかり踏まえられるかどうかも重要ですね。「お金」の動きが見えなければ適切なDX戦略も打ち出せないし、必要な人材も雇用できませんしね。
鈴木:確かに社長ならいろいろな視点を養える。しかし、若手にいきなり社長になれとは言えないですよね。
磯村:確かに難しいですね。ただ社長に近い立場で学ぶことは十分できると思います。株主との関係を学んだり、取締役会や株主総会で議案をどう議決していくかなどを知ったりする体験をするだけでも大きな糧になるのではないでしょうか。私の場合、鈴木さんに連れられて当時の会社(イー・ショッピング・ブックス〈現・セブンネットショッピング〉)の取締役会に参加させられていたのが、今ではいい経験になっていますね。
鈴木:私が無理やり連れて行って会議室の隅で聞いていましたよね(笑)。
磯村:株主や取締役が何を考え、何を発言しているのか。ステークホルダーの考えに歩み寄る姿勢が、DXはもちろん、プロジェクトを成功に導くためには必要になるのではないでしょうか。
鈴木:DXに取り組もうとする企業は多いが、御社のように順調に進められるケースは少ない。DXを主導する立場として、DXに取り組もうとする担当者にメッセージをお願いします。
磯村:経営者とビジョンや方向性を合わせることから始めるべきでしょう。トップが合意して音頭を取らなければ、担当者がいくら頑張っても成功しません。さらに役員も含めて、全員が共通のビジョンや意識を持つようにすることも大切です。取締役一人ひとりにきちんと説明するなどして懸念事項を払拭します。「この部門は、あの部門は…」といった部門間の利害が出てくるような状況でもDXは進みません。「全社一丸」な体制を構築することから始めるべきです。
鈴木:私はイベントやセミナーで講演させていただく機会があるが、最近は組織改革などに取り組んでつまづいたという声が増えてきたように感じますね。
磯村:そのように実際に壁にぶつからないと分からないと思います。逆に壁にぶつからない取り組みは、さほど危機感もなく、全社に広まっていなかったのかもしれません。当グループの場合、現場が危機感を持っていたし、経営陣も改革が必要という意識を持っていた。こうしたフラストレーションが膨らんでいくことが、壁にぶつかったとき「全社一丸になって取り組まねば」という思いを強くするのではないでしょうか。
当社も現場からさまざまな声が私宛てに届きます。担当者はこうした声に耳を傾けつつ、それらをまとめて一発で解決する案を考えなければなりません。目先の解決策ではなく、大きな視点で改革案を練るべきです。もちろんそこには高い壁があるでしょうが、乗り越えたとき、会社は大きく変わるはず。そんなビジョンを全社で共有し、継続的に取り組んでほしいですね。
鈴木:実践者ならではのお言葉。大変参考になりました。本日はありがとうございました。
磯村:ありがとうございました。
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