日本オムニチャネル協会の活動をサポートする役割を担う「フェロー」。各方面の専門家が集まり様々な活動に取り組みます。今回はそんなフェローの1人で、讃岐うどん専門店「丸亀製麺」などを運営するトリドールホールディングス執行役員 兼 CIO 兼 CTO兼 BT本部長の磯村康典氏に、DX推進について話を聞きました。ITシステムは企業にとってどのような役割を果たすべきか。何を軸にDX推進するのか。磯村氏の思いに迫ります。
グローバルフードカンパニーとしての成長を加速させるIT
鈴木:これまでの経歴を教えてください。
磯村:大学卒業後、富士通に入社しました。SEとして経験を積んだ後、ソフトバンクでネット書籍販売会社イー・ショッピング・ブックス(現:セブンネットショッピング)の創業期に事業の立ち上げに携わりました。その後、ガルフネットで外食向けのITシステム開発を行い、Oakキャピタル(現:UNIVA・Oakホールディングス)での投資経験を経て、トリドールホールディングスにCIOとして入社しました。
鈴木:多様な経験を重ねていることで、視野が広がり今の時代に求められるマルチスキルが身についているのではないでしょうか。トリドールに入社後、どのようなことに取り組まれたのでしょうか。
磯村:グローバルフードカンパニーとしての成長を加速させることを目指したDXに取り組みました。トリドールは讃岐うどん専門店「丸亀製麺」をはじめ、ハワイアンカフェ・レストラン「Kona’s Coffee」や炭火焼・唐揚げ・釜飯専門の飲食店「とりどーる」など、国内で多くの飲食ブランドを運営しています。これらの店舗運営を軸に、「予測不能な進化で未来を拓くグローバルフードカンパニー」といったビジョンに掲げています。
グローバルフードカンパニーというと、マクドナルドやスターバックスを思い浮かべる人は多いと思います。当社はこうした企業と比べ、利益率の高さや持続的な成長スピードなどの面で差をつけられていました。投資家が企業を評価するポイントとなる収益性と成長性が弱点だったのです。そこでこれらを強化しない限り、グローバル企業として成長できないと考えました。
入社後は早々に、収益性や成長性を引き上げる土台となるシステム環境の合理化に踏み切りました。私が入社した当時、システムは収益性や成長性を下支えするどころか、運用コストばかり膨らむ複雑なシステムになっていたのです。そこでこれらを全面刷新。短期間でシステムを刷新する手段として、「オールSaaS化」に着手しました。
鈴木:どのような仕組みから取り組まれましたか?
磯村:最初に着手したのは、オンプレミスシステムのクラウドへの移行です。全社のDXを推進するにあたり、IT部門が社内からの信頼を得る必要があると感じました。そのためまずは自部門の状況を変えるべく、オンプレミスシステムで利用するデータセンターを廃止し、クラウド化を断行しました。
次に、財務会計システムにもメスを入れました。当時は日本の会計基準にしか対応しておらず、グローバルフードカンパニーとしてIFRS(国際会計基準)や各国の会計基準への対応が急務と考え、実施しました。
もっとも、データセンター廃止と財務会計システムのグローバル対応だけでは、全社的なDXと胸を張って言えません。社内からの十分な信頼も得られません。そこで、身近な業務の在り方も変えるべく、Microsoft 365も導入しました。
鈴木:店舗ではタブレットPOSの導入も進められたと思います。
磯村:そうですね。タブレットPOSの導入は新型コロナウイルス感染症のまん延ががきっかけでした。トリドールは当時、イートインのみの運営で、お客様に店舗の良さを体験してもらうことを強みにしていました。しかしコロナ禍で来店できない状況を強いられることになったのです。そこでテイクアウトを開始しましたが、テイクアウト事業をより加速させるには、ネットを駆使したフードデリバリーとの連携が必要だと考えました。
鈴木:コロナの影響で、飲食業のDXが一気に加速しましたね。
「食の感動で、この星を満たせ。」を軸にDXを推進
鈴木:今年度中にレガシーシステムを入れ替える予定とのこと。今後取り組もうとしていることはありますか。
磯村:今後はDX推進の範囲を海外へ広げる予定です。現状のDX推進の範囲は従前からトリドールにあった国内業態に留まっています。そのため、M&Aで新たに加わった海外業態はDXを進められずにいる状況です。今後は海外も含めたDX推進に注力します。
鈴木: 日本の外食産業は安くて美味しいことを強みにして世界進出を果たしています。しかし、味のみや目の前の数字のみを考慮した経営で成長し続けるのは限界があると感じます。
磯村:そうですね。トリドールは「食の感動で、この星を満たせ。」というスローガンを掲げています。当社が目指す未来はこの言葉に集約しています。このスローガンを下支えする力こそがITシステムだと考えます。
鈴木:とはいえ、何もかも変えれば良いというわけではありません。残し続ける大切なものもあるはずです。トリドールなら、丸亀製麵が店舗で麵を打つことなどは残し続けなければならない価値ではないでしょうか。
磯村:その通りですね。トリドールの出発点である「食の感動」を考えたとき、人の手による温かい接客やライブ感のある調理は残すべき当社ならではの価値だと思います。店舗でお客様が期待するデジタルはインフラです。そのため決済システムを刷新しましたが、ロボットが調理したり配膳したりしようとは思いません。
鈴木:近年は飲食業や小売業を中心に CX(顧客体験)向上に向けた施策の重要性が増しています。さらに顧客だけではなく、EX(従業員体験)向上の必要性も問われるようになってきました。トリドールはこれらの施策について、どう考えますか。
磯村:従業員の幸せを考えた経営に取り組んでいます。当社ではスローガンで示した通り、お客様が食の感動を体験することで店舗の繁栄につながると考えています。しかし、この繁栄は従業員の幸せがあってこそです。そこで、従業員の幸せがお客様の感動を生み出し、店舗の繁盛へつながる、といったサイクルづくりを目指した取り組みを始めました。外食業界は一般的に離職率が高いため、働くことの楽しさを提供しなければならないと感じています。
鈴木:やはりスローガンの「食の感動で、この星を満たせ。」は方向性を決める重要な役割を果たしていますね。スローガンを正しく理解すると、店舗づくりやシステム構築も同じゴールに向かって進むようになるのでしょうね。
日本オムニチャネル協会でシステム部門の壁を無くす
鈴木:日本オムニチャネル協会は、「オムニチャネル」を「すべての壁を越えて人々がつながること」と定義し、様々な壁を超えることを目指して活動してきました。磯村さんもオープンセミナーへの登壇などで活動に参加いただいていますが、今後協会に期待することはありますか。
磯村:ぜひ、社内のIT関連業務を担当する「情報システム部門」と、システムを受託開発する「SIer」の壁を超えることに挑戦していただきたいです。
鈴木:そうですね。そこには大きな壁が存在していますね。
磯村:現場からの要望に基づいたシステムをそのまま構築するのではなく、情報システム部門とSIerが背景にある本当の課題を互いに理解し、それに基づいたITシステムを検討すれば、より魅力的で価値あるものができるはずです。こうした関係性を改善すれば、システム開発に変革をもたらすきっかけになると感じています。
鈴木:まさに、日本オムニチャネル協会では情報システム部門を中心とした人々を集めた部会を設けたいと考えています。その壁を取り払いたいですね。
磯村:作れるものの数は決まっています。より良いものをつくり、みんなで使えば全体の生産性も向上すると思います。
鈴木:実現に向けて今後も一緒に活動していきましょう!本日はありがとうございました。
磯村:こちらこそありがとうございました。
株式会社トリドールホールディングス
https://jp.toridoll.com/