近年、スタートアップ企業の命名トレンドにおいて、真面目でシンプルな名称が増加している。この変化は、特にAI業界において顕著であり、ユニコーン企業の多くが「OpenAI」や「xAI」といった名称を採用するようになった。従来の遊び心を持った名称は少なくなり、保守的で信頼性のあるイメージを求める動きが強まっている。その背景には、さまざまな要因が存在する。スタートアップ企業の命名に影響を与える要素として、ベンチャーキャピタルの意向やパンデミックの影響が挙げられる。
まず、ベンチャーキャピタルの投資家たちは、リスクを避ける姿勢を重視し、早期の収益性を求める傾向が強い。そうした中で、遊び心のある名前よりも、真面目で信頼性のある名前が投資家に好まれるとされている。NameStormersの共同創設者マイケル・カー氏は、この傾向がスタートアップ創業者の間で広がっていると指摘している。ベンチャーキャピタルは、保守的なブランドイメージを持つ企業に資金を投資することが望ましいと考えているため、企業は従来の独特なネーミングから離れつつある。Crunchbase Newsによると、この変化は特にAI業界で顕著であり、堅実な名前が次々と登場していることがその証拠だ。
パンデミックもスタートアップ命名の変化に寄与している。企業活動が経済的に慎重になる中、確実な成長と持続性を重視する傾向が強まった。信頼性を強調する命名が求められるようになり、遊び心や創意工夫よりも堅実さが重視されるようになった。リモートワークやデジタル技術の普及も、この流れを加速させる要因となった。AIやテクノロジー関連の企業においては、シンプルかつ信頼感のある名前が選ばれることが多くなり、テクノロジーへの信頼が企業の成長に直結する結果となっている。
加えて、商標問題も重要な要素として影響を及ぼしている。数百万件に上る商標登録が既に運用されており、スタートアップ企業が新たに使用可能な独自の名称を見つけることが難しくなっている。国際展開を視野に入れる企業が増え、一貫して使用できる名前の確保が命名の重要な要素となっているため、ネーミングの選択肢が制約を受けるようになった。特にシンプルで記憶に残りやすい名前ほど既に使用されていることが多く、新たな命名の制約に苦しむ創業者が増えている。
また、奇抜な名前を持つスタートアップには、成功と失敗が明確に分かれる傾向がある。AppleやGoogleのような企業が独特な名前で成功を収めた例もあれば、QuibiやJuiceroのように事業の失敗と共に姿を消した企業も少なくない。リスクを嫌う投資家の動向や、創業者側の命名の工夫不足がこれに影響を与えていると言える。なお、真面目な名前のスタートアップも失敗する可能性があるが、印象に残りにくい名前は消費者の記憶から早く消え去るため、そのリスクを低減する側面も持ち合わせている。
今後、奇抜な名前が再び主流になるにはいくつかの要素が鍵となる。例えば、斬新な名前を持つ新興企業が成功し、他の企業にとってのモデルケースとなることがポイントだ。特に、巨額の資金調達に成功した企業が命名の重要性を示し、他企業がそれに追随する可能性がある。また、AIやデジタル技術の進化によってユニークな命名が再評価される場面も訪れるかもしれない。これからのスタートアップ命名トレンドの行方は、業界全体の進化とも密接に関わっているといえるだろう。
執筆:熊谷仁樹