DXマガジンは2023年12月6日、定例セミナーを開催しました。今回のテーマは「イノベーション思考を養う」。新規事業創出のカギを握る「イノベーション」をどう生み出し、育めばよいのか。セミナーではイノベーションを生み出すための思考、考え方を紹介しました。
DXに取り組む企業の中には、既存事業にとらわれない新規事業を打ち出そうとするケースが少なくありません。ITやデジタルを駆使したビジネスモデルを描き、他業種への参入を目論む企業も目立ちます。こうした新たなビジネスの源泉となるのがイノベーションです。DX推進の機運が高まる中、イノベーションを武器にして新たなビジネスを展開しようとする企業が増えています。
もっとも、ビジネスに直結する斬新なアイデアがそう簡単に生まれるわけではありません。アイデアをヒントに事業を創出したとしても、そのビジネスが必ず成功するとも限りません。
では、新規事業に直結するアイデアはどう生み出せばよいのか。イノベーションを前提としたビジネスモデルをどう描けばよいのか。
今回のセミナーでは、新規事業の開発を支援するディーフォーディーアール 代表取締役社長の藤元健太郎氏がゲストとして登壇。新規事業につながるアイデアの創発方法や、アイデアを育んで事業化するまでのアプローチ法などを解説しました。
10年後の自社のありたい未来を模索せよ
セミナー冒頭、藤元氏は「イノベーションは新しい発想と思われがちだが、決してはそうではない」と指摘。“イノベーションの父”と言われるヨーゼフ・シュンペーター博士の言葉を引用し、イノベーションの役割を次のように定義します。
市場経済は、イノベーションによって不断に変化している。そして、イノベーションがなければ、市場経済は均衡状態に陥っていき、企業者利潤は減少し、利子はゼロになる。したがって、企業者は、創造的破壊を起こし続けなければ、生き残ることができない。
一方、日本企業にイノベーションが求められる背景にも言及します。「日本企業の国際競争力は喪失している。例えば、新製品・サービスを投入した企業の割合は、ドイツやイタリア、英国、米国より低い。IMDが発表する世界競争力ランキングでは、2021年の日本の順位は31位。1990年頃まで1位だったのに、この30年で31位まで下がっている。競争力を高める手段としてイノベーションに目を向けなければならない」(藤元氏)と指摘。日本企業が高度経済成長期に培った競争力では、世界の名立たる企業に追随できないと強調します。
では、企業がイノベーションを育むためには何が必要か。藤元氏はイノベーションを生み出せる人材に必要なスキルとして次の7つを提起します。
・知の探察力…問いを立てられるか? ハリネズミのアンテナ
・未来洞察力…バックキャスティング、妄想力、SFプロトタイピング
・事業構想力…エコシステム発想、市場創造、メタ認知能力
・マーケティングセンス…生活者視点、デザイン思考、UX(使い物になるか?)
・プロデュース能力…リソースマネジメント(人、金、アセット)
・マネジメント力…ワクワクさせる力、鈍感力
・デジタルセンス…ICTリテラシー、プログラム
とりわけ重要なのが「知の探察力」だと藤元氏は指摘します。「決して難しいスキルではなく、誰でも養えるスキルだ。大切なのはハリネズミのハリのように、たくさんのアンテナを張れるかどうかである。感度を高くすることで、問いを容易に探し、立てられるようになる」(藤元氏)と言います。
イノベーションを実現するための考え方にも言及します。「既存市場がいきなり新市場に変わるわけではない。新たな技術が登場し、生活者が変化し、制度が変わるなどの過程を踏むことで、段階的に新たな価値が生まれるのが一般的だ。まずは既存市場で顧客提供価値がどう進化するのかを読み取ることが大切だ。その先に、新たな社会システムやライフスタイルを実装する新市場が創造される。市場の変化を段階的に捉えることで、どんなイノベーションが必要なのかを考えやすくなる」(藤元氏)と指摘。未来の社会ではどんな課題、どんなニーズがあるのかといった変化因子を洗い出すと、その因子1つひとつがアイデアや新規事業のヒントになると言います。さらに藤元氏は、「新市場を描くとき、『自分が幸福になるためのありたい未来』を考えることが大切だ。自分はどんな未来になってほしいと自分事として捉えれば、新市場をイメージしやすくなる」とアドバイスします。
具体的な考え方として「オンラインMTGサービス」を引き合いに、新市場ではどんな未来になるのかも例示します。「例えば『オンラインMTGサービス』のある現在を既存市場と考えると、新たな顧客提供価値には『リモートワーク』や『オンライン副業』などを想定できる。さらにその先の新市場には、『多拠点生活』や『住民税の地域分割納付』などといった新しいライフスタイルを妄想できる。現在のサービスにどんな新たな提供価値を見い出せるのか、さらにその結果、どんな社会や未来が待っているのかとイメージを膨らますと新市場を描きやすくなる。この新市場を見据えたイノベーションを考えることが極めて大切である」(藤元氏)とまとめました。
なお藤元氏は、将来を見据えた事業構想を描くときの考え方として「バックキャスティングアプローチ」と呼ぶ発想を取り入れることを強調しました。「日本企業の多くが3年程度の中期経営計画を立案している。しかし、変化の激しい現在では10年先の市場を見据えた新規事業を想定すべきだ。自社のありたい未来を考え、現状のアクションプランに反映させることが必要だ。そのためには、10年先の自社の未来を描き、あるべき未来から遡り、今から3年後の課題解決に取り組むのが望ましい。現在を軸に3年後の課題と向き合うのではなく、10年後の変化した自社を軸に短期的な課題解決を試みる『バックキャスティングアプローチ』の考え方を持ち込むべきである」(藤元氏)と述べました。
さらに藤元氏は、味の素が中期経営計画を廃止したニュースを例に取り、「企業は10年後、まったく異なる事業を展開しているかもしれない。食品会社である味の素も、3年後はまだ食品会社かもしれないが、10年後は食品会社でなくなっているかもしれない。現在の事業を起点に3年後を想像せず、10年後の生まれ変わった自社を起点に3年後、5年後の短期的な課題解決に乗り出すべきではないか」(藤元氏)と提起します。味の素が中期経営計画を廃止したのは合理的だと指摘しました。