特定ブランドの商品などに愛着を感じる「顧客ロイヤルティ」。トレンドの移り変わりが早く消費者ニーズが多様化する中、顧客ロイヤルティ向上に注力する企業が増えつつあります。しかし、施策を打ち出しても十分な成果に結び付けらない企業が目立ちます。顧客を惹きつけるには何が必要か。自社ブランドや商品に愛着を持つファンを増やすにはどんな取り組みが不可欠か。顧客ロイヤルティを高める極意を科学的に紐解きます。なお、本連載はリックテレコム『ファンをつくる顧客体験の科学「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本』の内容をもとに編集しております。
ファンづくりを軽視するな
製品・サービスを販売する企業の多くが、それらを購入する人(購買者)をどう増やすかといった取り組みに余念がありません。製品・サービスの良さをアピールするのはもとより、販路拡大やアフターサービスの強化などを打ち出し、購入機会の創出や顧客体験向上に取り組むケースが目立ちます。売上を伸ばす手段として、「購買者づくり」を重視する企業は少なくありません。
一方、「ファン」をいかに増やすかといった取り組みに目を向ける企業は多くないのが実状です。自社のブランドや製品・サービスに愛着を持つファンを増やせば、ブランドの継続的な利用や購入を見込めるようになります。にもかかわらず、「ファンづくり」に価値を見出せない、ファンより購買者を増やすのが先と考える企業は今なお少なくないのです。
こんな話もあります。ある企業のCFO(Chief Financial Officer)は、ファンの獲得と増加を任せた担当者に、次の言葉をかけたと言います。
「君がやっていることは、今年はどれくらい儲かったの?」
「儲からないなら、コストの無駄だから辞めたら?」
これは、「ファンづくり」のためのマネジメントを軽視している最たる例です。売上アップやコスト削減に直結しない「ファンづくり」に目を向けず、「購買者づくり」しか取り組まないという企業は決して珍しくないのです。
しかし、市場が目まぐるしく変わる中でも確実に売上拡大を見込むなら、「購買者」だけではなく「ファン」を増やすための取り組みに注力しなければなりません。「ファン」が自社にもたらす効果を見極め、ファンを増やすための可能性をさまざまな角度から模索することが大切です。
「購買者づくり」と「ファンづくり」は似て非なり
「ファンづくり」が必要とはいえ、そもそも「購買者づくり」と「ファンづくり」の違いが分からないという声は少なくありません。購買者とファンは同じ、そう考えるマーケティング担当者や営業担当者さえいます。両者には大きく2つの違いがあります。
1つ目の違いは、評価指標の明確性です。
「購買者づくり」に取り組んだ結果は、数値で明確に評価できます。評価期間中に購買者はどれだけいたのか、購買金額はいくらだったのかを数値で把握でき、基準に沿った評価が可能です。しかし「ファンづくり」の取り組みは、そもそもファンの定義が曖昧です。何をもってファンとみなすかが不明確であるため、定量的に評価しにくい特性があります。
2つ目の違いは、マネジメントの時間軸です。
「購買者づくり」の取り組みは1日、1カ月、1年といった短期間、かつ期限付きの視野でマネジメントするのが一般的です。これに対し「ファンづくり」の取り組みは、期限のない中長期的視野でのマネジメントが求められます。
「購買者づくり」と「ファンづくり」のマネジメントの同一化現象
「購買者づくり」と「ファンづくり」には明確な違いがあります。にもかかわらず、「ファンづくり」と「購買者づくり」のマネジメントを同一化してしまう企業は少なくありません。その結果、誤った解釈によって間違えたマネジメントを実施してしまうケースが散見されます。
よくあるのが、購入量や購入金額の多いお客様が「ファン」であるという間違った解釈です。これは、両者の評価指標の違いを認識しておらず、「ファンづくり」に取り組むための指標が曖昧であることに依存します。ファンの評価指標には、心理的な視点を盛り込むべきです。ファンなら購入量が多くなるかもしれません。しかし、購入量の多さだけでファンであるかどうかは決められません。多くの商品を購入するお客様がファンだと定義するのは、極めて企業都合の視点です。
「ファンづくり」を「購買者づくり」の手段と考え、マネジメントを同一化するケースも少なくありません。これは、マネジメントの時間軸の違いを認識していないのが主な原因です。「ファンづくり」の取り組みには中長期的視野でマネジメントするのが求められるのに、我慢できずに目先の「購買者づくり」を増やすための手段として利用してしまうのです。
「ファンづくり」活動を適正に評価せよ
顧客志向を掲げている企業は、「ファンづくり」のKGI(Key Goal Indicator)を心理的な視点で定義するべきです。「ファンづくり」の活動を「購買者づくり」のKGI 達成の手段にしてはなりません。例えば、今月の売り上げ(KGI)達成のための1つのKPI(Key Performance Indicator)として今月の接客満足度を設定している場合、その成果で「ファンづくり」の活動を評価するようなマネジメントは避けるべきです。
ただし、「ファンづくり」活動が収益にどう影響するのかを測ることは必要です。このとき、1カ月や1年といった短期的な収益への影響度ではなく、中長期の視野に立ったLTV を尺度とするのがポイントです。「ファンづくり」のKGI が将来のLTV にどう影響しているかを評価すべきです。
素晴らしい「ファンづくり」の活動を実施していても、いつの間にか形骸化して活動の火が消えてしまう企業が多く見られます。これは、「購買者づくり」と「ファンづくり」のマネジメントの同一化現象が大きな原因です。冒頭のCFO がファンづくり担当者に投げかけた言葉は、同一化現象が見事に表面化した結果に他なりません。「ファンづくり」の活動は、周囲の理解がなければ活動の火は早々に消えてしまうのです。
それでは、このような事態を打開するには、どんな方法が考えられるのでしょうか。どんな取り組みが有効となるのでしょうか。次回は「ファンづくり」を進めるのに欠かせない、具体的な考え方に踏み込みます。
著者プロフィール
渡部 弘毅 (わたなべ ひろき)
ISラボ 代表 〈www.is-lab.org〉
一般社団法人 地域マーケティング経営推進協議会 理事
日本ユニシス(現 BIPROGY)、日本IBM、日本テレネットを経て、2012年にISラボ設立。一貫してCRM分野の営業、商品企画、事業企画、戦略・業務改革コンサルティングに携わる。現在は心理ロイヤルティマネジメントのコンサルティングを中心に活動。お客様の心理ロイヤルティアセスメントに関する独自の方法論を提唱し、ファンづくりの科学的かつ実践的なコンサルティング手法を展開する。業界団体や学術団体での研究活動、啓蒙活動にも積極的に取り組む。
〈著書〉
ファンをつくる顧客体験の科学 「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本/リックテレコム(2023/11)
お客様の心をつかむ 心理ロイヤルティマーケティング/翔泳社( 2019/12)
営業変革 しくみを変えるとこんなに売れる/メディアセレクト( 2005/1)
本連載は、リックテレコム刊行の『ファンをつくる顧客体験の科学 「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本』の内容を一部編集したものです。
ファンをつくる顧客体験の科学 「顧客ロイヤルティ」丸わかり読本
出版社:リックテレコム
発売:2023年11月27日
<内容紹介>
多くの企業は「ファンづくり」の重要性を認めているものの、日常は「購買者づくり」のマネジメントに終始しています。これはファンづくりの科学的なマネジメントができていないからです。本書では、顧客ロイヤルティの定義からはじまり、構造化、定量化、分析、考察するロイヤルティアセスメント手法を、事例を交えながら解説しています。ファンづくりを、「思いのマネジメント」から「科学的なマネジメント」に変革するための知見が凝縮しています。
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