効率的に購買意欲のあるお客様を見つけることが、必ずしも持続的な成長につながるわけではありません。短期的な売上を追う“狩猟型マーケティング”に偏重してしまうと、企業と顧客の関係は一過性のものに終わりがちです。SNSをはじめとした多対多のつながりが主流となった今、企業に求められているのは、顧客とともに成長し、長期的な信頼関係を築く“農耕型マーケティング”への転換です。本記事では、コトラーが示したマーケティングの変遷を手掛かりに、「購買者づくり」から「ファンづくり」へのパラダイムシフトを解説。顧客ロイヤルティを再定義し、持続的な経営に向けた新たな視点を提示します。【ファンをつくる「顧客ロイヤルティ」の科学 #3】
狩猟型から農耕型へ:ファンづくりのマーケティング変革
ロイヤルティの再定義は、現代のマーケティング潮流におけるパラダイムシフトと密接に結びついています。フィリップ・コトラーが提唱するマーケティングの変遷は、この変化を明確に示しています。
1990年代以前の「Marketing 1.0」は、製品価値を重視した「製品中心のマーケティング」であり、企業が一方的に情報を発信し、ターゲットを効率的に見つけて商品を販売する「狩猟型マーケティング」の時代でした。インターネットの登場により、2000年代前後の「Marketing 2.0」では「One to Oneマーケティング」が可能になりましたが、依然として企業が情報発信の主導権を握っていました。例えば、旅行サイトを見た後にその広告が頻繁に表示されるような、デジタルマーケティング初期の姿は、この「狩猟型」をデジタル技術で効率化したに過ぎません。
しかし、2010年前後からのSNS普及はマーケティングに大きな「パラダイムシフト」をもたらし、「Marketing 3.0」が誕生しました。SNSによって企業とお客様だけでなく、お客様同士もつながり、情報が多対多で流通するようになったのです。コトラーは、Marketing 2.0までの企業とお客様の関係を「ハンターと獲物」に例えたのに対し、Marketing 3.0では「共存共栄関係でなくてはならない」と述べています。企業と顧客の主従関係が崩れ、より対等な関係性が生まれた結果、マーケティングは「効率的に購入意欲のあるお客様を見つける手法」から「お客様とともに成長する手法」へと変革を迫られているのです。筆者は、この本質的な変革を「狩猟型マーケティング」から「農耕型マーケティング」へ、あるいは「購買者づくり」から「ファンづくり」への転換と名付けています。(図2)

「購買者づくり」のマネジメントは、短期的な売上(One Time Value)を重視し、広告やキャンペーン、セールなどを通じて「前輪駆動」型で売上を引っ張るタイプです。一方、「ファンづくり」のマネジメントは、中長期的な成果、すなわち顧客生涯価値(LTV)を重視します。顧客体験(CX)の向上やコミュニティづくりを通じて、お客様との関係性を「後輪駆動」型で押し上げ、育んでいくアプローチです。現代においては、この「後輪駆動」、すなわちファンづくりの重要性が増しており、しっかり稼働させることで費用対効果の高い持続可能な経営が可能になると指摘されています。(図3)

しかし、この重要な転換は実践が難しいという課題に直面しています。心理的ロイヤルティは数値化が困難なため、企業は結局、測りやすい経済ロイヤルティ中心のマネジメントに戻りがちです。その結果、「ファンづくり」は「精神論」に陥りやすく、掛け声に終始しがちです。現場がお客様の熱意を感じていても、それを経営指標に組み込み、組織的にアプローチする仕組みが追いついていないのが現状です。
「プラチナだから安心」と考えるのは、まさにこの「企業都合」の視点からくる落とし穴なのです。真のファンづくりとは、短期的な売上だけでなく、お客様の心に寄り添い、長期的な関係性を育む「農耕型マーケティング」への変革を意味します。

筆者プロフィール
渡部 弘毅
ISラボ 代表
日本ユニシス(現 BIPROGY)、日本IBM、日本テレネットを経て、2012年にISラボ設立。一貫してCRM分野の営業、商品企画、事業企画、戦略・業務改革コンサルティングに携わる。現在は心理ロイヤルティマネジメントのコンサルティングを中心に活動。お客様の心理ロイヤルティアセスメントに関する独自の方法論を提唱し、ファンづくりの科学的かつ実践的なコンサルティング手法を展開する。業界団体や学術団体での研究活動、啓蒙活動にも積極的に取り組む。
■ 前回のコラム記事はこちら

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