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インタビュー

いなげやの多岐にわたる政策が次々と形になった背景とは?元社長 成瀬直人が明かす、AI時代に通じる経営のあり方とは

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株式会社いなげやで45年以上にわたってキャリアを築き、店長・管理職・取締役、そして代表取締役社長に至るまで、幅広い経営経験を積んできた成瀬直人氏。若き日の店舗運営と労働組合活動で培った「現場」と「経営」の複眼的視点は、その後の大胆かつ先進的な人事制度改革、さらには社長時代の次世代を見据えた積極投資へとつながっていきました。今回は、成瀬氏のキャリアの軌跡を辿りながら、組織変革の裏側、今の時代に求められる経営の在り方、そして次世代への想いに迫ります。

現場と経営の間で育った、経営観の出発点

――これまでのご経歴を教えてください。

成瀬:1976年に株式会社いなげやへ入社し、45年3か月にわたり勤務してきました。スーパーマーケットの現場からキャリアをスタートし、店長、部長、取締役を経て、代表取締役社長を務めました。現在は、これまでの経験をもとにNアソシエーション合同会社を設立し、スーパーマーケット業界を中心に、ベンチャー企業を含む企業経営全般の支援に携わっています。

――いなげやの店長時代、特に初期の頃はどのような経験をされたのでしょうか?

成瀬:入社3年目の1979年、26歳のときに入間扇町屋店へ赴任し、同年には新店となる足立保木間店の店長に抜擢されました。当時はいなげやが急成長していた時期で、現場には大きな期待と同時に高い負荷もかかっていました。十分な準備が整わないまま走り続ける場面も多く、心身ともに厳しさを感じることもありました。腰痛に悩まされながらも、吉川英治の『宮本武蔵』を読み返し、自分を奮い立たせていたことをよく覚えています。

――そうした現場での経験の中で、特に印象に残っていることはありますか。

成瀬:同期が中心となって結成した労働組合との関わりは、私の経営観の根幹を形づくった非常に大きな経験でした。入社5年目の1981年、会社の成長スピードに対して労働環境の整備が十分に追いついていないと感じる声が現場にあり、労働組合が結成されました。

当時、私はすでに店長として店舗運営を任されており、「管理職」として経営側の論理で現場を動かす立場である一方、労働組合の役員となり組合活動を通じて現場で働く人たちの声や生活上の悩みに向き合うという、二つの視点を同時に持つことになりました。

この経験を通じて、企業経営には数字や論理といった表層的な要素だけでなく、従業員の心情や組織の力学といった内側の実情への深い理解が欠かせないことを痛感しました。表面的な数字だけを追い続けても、企業は永続しません。組織の土台となる「人」や「理念」をどう守り、どう育てるか。その重要性を学んだこの時期の経験が、「現場と経営を併せて見る」という私の経営観の原点になっています。

組織の根幹に向き合い、決断を下した人事部長時代

――1998年に人事部長へ就任されて以降、どのような改革を進められたのでしょうか。

成瀬:バブル崩壊後の厳しい経営環境の中、1998年に人事部長に就任し、翌年には取締役人事部長として「人事部中長期ビジョン」の策定と実行に取り組みました。実力主義の導入をはじめ、生涯プランを見据えた教育制度の構築、再雇用制度の整備、パートナー社員制度の見直しなど、組織の根幹に関わる改革を、5年という時間をかけて一つひとつ進めていきました。

――その中でも、特にインパクトの大きかった制度は何でしょうか。

成瀬:2004年に導入した新退職金制度、いわゆる401Kの導入です。当時、約17億円にのぼる退職給付債務の不足があり、このままでは制度そのものが立ち行かなくなる危機感を抱いていました。導入にあたっては、外部の専門家の方々から「従業員にとって不利益変更となるリスクがある」との指摘も受けました。

それでも、会社を持続させ、従業員の老後を確実に守るためには避けて通れない決断だと考え、導入を断行しました。その結果、約17億円の債務を圧縮することができ、財務体質の改善だけでなく、社員一人ひとりが自らの将来や人生設計を主体的に考えるきっかけにもなったと感じています。

「理念なき経営」は滅びる。社長としての決断と投資

──2013年に社長に就任されてからは、どのような経営判断をされたのでしょうか?

成瀬:社長在任の7年2か月間は、短期的な利益を追うのではなく、中長期的にグループが持続的に成長するための基盤づくりに注力しました。投資の対象も店舗に限らず、物流や情報システムまで含めた全体最適を重視し、それまで年間30億円前後だった投資額を、50億円から100億円規模へと引き上げました。

店舗政策としては、「惣菜を柱にした生鮮強化型スーパーマーケットのさらなる進化」を掲げ、在任中に26店舗の新規出店を行う一方、不採算店舗17店舗の閉店を決断しました。

また、それまで十分な投資ができていなかった物流センターの新設や、基幹情報システムの入れ替え、既存店の計画的な改装についても、確実に実行に移しました。これにより、低収益構造からの脱却を図り、次世代の成長につながる基盤となる体制を構築できたと考えています。

これらの投資は、一時的に利益を圧迫する側面もあり、社内では反対意見もありました。しかし、老朽化したシステムや非効率な物流を抱えたままでは、会社の将来はありません。「今、手を打たなければ生き残れない」という強い危機感のもと、決断しました。

代表取締役社長時代の成瀬氏

──経営において、成瀬さんが最も重視されてきたことは何でしょうか。

成瀬:それは「理念」です。「理念なき経営は、理念ある経営に滅ぼされる」という言葉がありますが、私はこの言葉を常に意識してきました。数字や利益だけを追い求める経営は、いずれ必ず行き詰まります。実際、近年の企業を見ても、理念が揺らいだ瞬間に組織が迷走してしまう例は少なくありません。私は、企業は社会に対してどのように貢献していくのかを常に問い続けることが大切だと考えています。

社長を退任した後、「自分はどこまで本気で理念経営を貫けていただろうか」と自問することもあります。もっと真正面から理念について議論し、ぶつかり合うべきだったのではないかと思うこともあります。理念を貫くということは、簡単なことではありません。それでも、組織を永続させるための唯一の柱は「理念」だと、今も確信しています。

──成瀬さんから見て、AI時代を迎えた今、企業経営には何が求められるとお考えですか。

成瀬:どんな技術を使うにしても、その根底にある「会社としての考え方」、つまり理念を明確にすることです。「AIを使ってどう儲けるか」といった表面的な議論だけでは、組織は動きません。「何のためにやるのか」「社会に対してどのように貢献していくのか」という軸があってこそ、技術は本来の力を発揮します。

──最後に、今後の活動についてお聞かせください。

成瀬:これからは、私を必要としてくれる人や会社がある限り、自身の経験と「理念経営」の大切さを次の世代へと伝えていくことが、私の役割だと考えています。その想いから、2022年にNアソシエーション合同会社を設立しました。現在は、スーパーマーケット業界で培ってきた知見を生かし、企業経営全般の支援や、若い世代のベンチャー企業のサポートに取り組んでいます。求められる場所がある限り、これからも一つひとつのご縁に真摯に向き合っていきたいと思っています。

(聞き手:DXマガジン編集者 小松由奈)

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