日本の行政サービスが、少しずつ変わり始めています。デジタル庁は、スマートフォンなどで行政手続きが完結することを目指し、自治体の行政手続きオンライン化を進めています。これまで行政手続きといえば、役所に行き、申請書を書き、本人確認書類を出し、必要に応じて何度も同じ情報を記入するのが当たり前でした。しかし、今後はこうした体験そのものを見直す動きが進んでいます。
その中心にあるのが、「デジタルファースト」「ワンスオンリー」「コネクテッド・ワンストップ」という考え方です。デジタル庁は、個々の手続きが一貫してデジタルで完結すること、一度提出した情報を二度提出しなくてよいこと、複数の手続きやサービスをワンストップで実現することを、行政DXの重要な原則として示しています。
つまり行政DXとは、単に紙の申請書をオンラインフォームに置き換えるだけではありません。生活者が行政に合わせて動くのではなく、行政側が情報をつなぎ、必要な手続きを分かりやすく、負担の少ない形に変えていく取り組みです。
「申請書を書く負担」は減っていくのか
行政手続きで多くの人が感じてきた不便さは、「同じ情報を何度も書くこと」ではないでしょうか。住所、氏名、生年月日、家族構成、本人確認情報などを、手続きのたびに繰り返し記入する。窓口が変われば、また同じ説明をする。これまでの行政サービスでは、生活者側が情報を持ち運び、申請先ごとに提出することが前提になっていました。
しかし、ワンスオンリーの考え方が進めば、一度提出された情報を行政手続きの中で活用し、同じ情報を何度も出さなくて済む状態に近づいていきます。デジタル庁は、行政手続きにおけるワンスオンリーの実現に向けて、社会の基盤となるデータ群である「ベース・レジストリ」の整備も進めています。
もちろん、すべての申請書がすぐになくなるわけではありません。自治体や手続きによって、オンライン化の進み方には差があります。それでも、「役所に行く」「紙を書く」「同じ情報を何度も出す」という前提は、少しずつ変わり始めています。
マイナンバーカードは、デジタル本人確認の基盤になるのか
この行政DXの基盤として位置づけられているのが、マイナンバーカードです。
マイナンバーカードは、対面での本人確認だけでなく、電子的な本人確認にも利用できます。デジタル庁は、マイナンバーカードを「これからの時代の本人確認ツール」と位置づけています。さらに、スマートフォンのマイナンバーカード機能では、マイナポータル、コンビニでの証明書取得、医療機関や薬局でのマイナ保険証としての受付、e-Taxでの確定申告など、利用できる場面が広がっています。
ここで重要なのは、マイナンバーカードが単なる「身分証明書」ではなくなりつつあることです。行政手続きをオンラインで進めるには、デジタル上で本人であることを確認する仕組みが必要です。マイナンバーカードは、その本人確認基盤としての役割を強めています。
一方で、「マイナンバーは国民IDになる」と断定するには注意が必要です。正確には、マイナンバーカードが行政サービスや医療、税などの手続きにおけるデジタル本人確認の基盤として使われる場面が広がっている、という表現が適切です。
医療DXで、病院体験も変わり始める
行政DXは、医療分野にも広がっています。
厚生労働省は、オンライン資格確認で取得した診療情報や薬剤情報を診療に活用できる体制、電子処方箋、電子カルテ情報共有サービスの導入などを進めています。これにより、医療機関や薬局で情報を確認しやすくし、より質の高い医療につなげることが期待されています。
生活者の視点で見ると、これは「病院に行ったときの体験」が変わる可能性を意味します。たとえば、過去の薬剤情報を確認しやすくなることで、重複処方を避けやすくなります。医療情報が連携されれば、転院や災害時の対応にも役立つ可能性があります。
ただし、医療DXもまだ発展途上です。すべての医療機関で情報連携が完全に進んでいるわけではありません。だからこそ、「医療体験がすでに大きく変わった」と言い切るのではなく、「変わり始めている」と捉えることが大切です。
行政DXは、生活インフラの再設計である
DXの視点で見ると、行政DXの本質は「手続きをオンライン化すること」だけではありません。本質は、国民と行政の接点を再設計することにあります。これまで行政は、手続きを受け付け、処理する存在でした。しかし今後は、本人確認、データ連携、医療、税、子育て、引っ越しなど、生活に関わる複数の接点をつなぐ生活インフラとしての役割を強めていく可能性があります。
デジタル庁は、自治体窓口DXとして「書かないワンストップ窓口」や、スマートフォンを活用して自宅や外出先から手続きできる取り組みも進めています。これは、行政サービスを「窓口中心」から「生活者中心」へ変えていく動きだと言えます。
もちろん、課題もあります。個人情報の管理、セキュリティ、デジタルに不慣れな人への支援、自治体ごとの対応差など、乗り越えるべき論点は少なくありません。それでも、行政DXが目指している方向は明確です。役所に行かずに済む手続きを増やすこと。申請書を書く負担を減らすこと。同じ情報を何度も出さなくて済む仕組みをつくること。医療や行政サービスを、生活者にとって使いやすい形に変えること。
「役所に行かない時代」は、明日突然やってくるものではありません。しかし、行政手続き、マイナンバーカード、医療DXがつながり始めた今、その時代に向けた土台は確実につくられ始めています。
レポート/DXマガジン編集部





















