今回は、Personal Health Tech 代表取締役の新田哲哉氏が登場。創業に至る経緯や、従業員の健康管理サービスを世に送り出した背景に迫ります。新田社長が見据える今後のビジョンも含めて、DXマガジン総編集長の鈴木康弘が切り込みます。【夢を実現していく変革者たち。~SUZUKI’s経営者インタビュー~ #6】
サブスク型ビジネスモデルの可能性を追求
新田:起業しようと思ったのは、家庭の事情があります。実は兄に障害があり、私が将来養わなければならないという背景がありました。就職してサラリーマンとして働くだけでは兄と私の人生を背負えない。そんな考えが巡る中、起業を模索するようになりました。
とはいえ、いきなり起業なんてできません。専門的なスキルを持たない中、稼げる仕事として営業の経験を積み重ねることにしました。さまざまな企業で営業のノウハウを吸収する中で、参入障壁が低いなどの理由から営業会社を起業することに決めました。私が28歳、2002年のときのことです。
新田:当初は順調に拡大し、従業員数が250人になるほど成長しました。しかし、取り扱う商材が継続性のない、売り切り型のものばかりだったため、月初は売上が必ず0円からスタートすることになるわけです。事業を拡大し、販管費が増える中で、その状況に恐怖するようになっていったのです。
さらに販売系の事業って顧客との継続的な関係を構築しにくいんです。商品を買った顧客が、その後も商品を買い続けてくれるとは限りません。もちろん商品の特性によりますが、顧客との継続性の薄さに事業の難しさを感じていました。もちろん商品を自前で開発、製造しているわけでもありません。つまり、メーカー側の意向に従わざるを得ないケースが少なくないのも悩みでした。そんな思いから、安定して毎月の収益を見込めるサブスクリプション事業を展開することを決意しました。これまでにペット保険や通信サービス、高齢者向けのサービスなどのサブスク型サービスを自社開発してきました。
そして2021年、Personal Health Techを創業しました。サブスク型の事業と親和性が高いことから、ヘルスケア事業に乗り出します。マーケットが大きいこと、さらに世の中の役に立つ事業であることもヘルスケアに打って出た大きな理由ですね。
鈴木:今では当たり前になったサブスクにいち早く目を付ける。さらにヘルスケアも成長市場ですよね。こうした先見性が事業を後押ししていると感じます。
人事担当者の負荷を軽減する業務代行が強み
新田:「健康経営」という言葉が浸透した通り、多くの日本企業が従業員の健康管理や健康増進に乗り出しています。少子高齢化や労働力不足、医療費増大などを背景に、喫緊の課題として健康対策に取り組む企業が目立ちます。さらに上場企業などを対象に、有価証券報告書に「人的資本情報の開示」が2023年3月期より義務付けられました。開示するのが望ましい情報として、身体的健康や精神的健康、エンゲージメントなどの項目が含まれます。企業はこれまで以上に、従業員の健康増進策に注力しなければならなくなっています。
とはいえ、従業員の健康管理や健康増進策の立案、実施状況の把握などは企業の大きな負担になりかねません。一般的には人事部門がその役割を担いますが、多くの企業が十分なリソースを避けられずにいます。
鈴木:こうした企業の健康管理を支援するのが、御社のサービスになるわけですね。
新田:はい。当社は、従業員の健康管理業務を支援するサービス「けんさぽ」を提供しています。人事担当者の業務負荷を軽減するとともに、企業による従業員の健康増進を後押します。
鈴木:「けんさぽ」の具体的なサービス内容を教えてください。
新田:健康診断やストレスチェックといった従業員の健康情報をシステム上に集約します。健康診断の受診率や検査結果などを一元化します。人事担当者は、従業員ごとに健診データの所見有無や就業可否を確認できます。所見があったり、就業が困難と診断されたりした従業員を自動抽出する機能も備えます。従業員の健康やストレスといった機微な個人情報を扱うため、細かな権限設定を施せるのも特徴です。
単なるシステム提供にとどまりません。「けんさぽ」では、健康診断にかかる業務を代行するアウトソーシングービスを用意します。人事担当者に代わり、医療機関の選定や健康診断の日程調整、再調整などの業務を代行します。健康診断終了後の受診状況の確認、結果の回収、紙で受け取った健診結果のシステムへの登録なども請け負います。さらには、二次健診や特定保健指導の勧奨、労基報告書類の作成なども対応します。保健師や産業医による面談や指導もサポートします。
鈴木:システムを提供するだけでは人事部門の課題は解消しません。そこで業務を代行するサービスを組み合わせているのですね。
新田:従業員の健康管理を支援するサービスは多々あります。そんな中でも「けんさぽ」が評価されているのは、予約や入力、アフターフォローといった手間のかかる業務を代行する点にあると考えます。紙の健診結果をシステムに入力するだけでも相当手間ですよね。これを低コストで解消できるのが「けんさぽ」の売りであり、競合サービスにはない強みです。
鈴木:低コストが売りとのこと。サービスの料金体系を教えてください。
新田:3つのプランと、各プランに追加できるオプションで構成します。システムの利用と健康診断にかかる業務代行を組み合わせた「プラン1」の月額料金は、1人あたり100円です。これは競合サービスの中では最安値です。
「プラン2」は従業員向けのアプリを提供するサービスです。従業員が健康診断の情報などを自ら確認できるようになります。受診勧奨の通知を表示したり、アプリからストレスチェックを受検したりできます。Apple WatchやGoogle Pixel Watchなどのスマートウォッチと連携し、歩数や心拍数などのバイタルデータを自動収集することも可能です。従業員向けのアプリやWebサービスを1人あたり月額200円で提供します。
「プラン3」は、「プラン1」と「プラン2」を組み合わせたもので、月額料金は1人あたり300円です。オプションで、経済産業省による認定制度「健康経営優良法人」に認定するためのコンサルティングを実施します。企業は健康経営優良法人に認定されることで、企業価値の向上やブランディング、採用率アップなどの効果を見込めます。これらの効果を見込む企業に対し、認定までの取り組みを月額料金1人あたり100円で支援します。
これらのほか、過去の健康診断データの入力代行や収納代行、組合補助金申請業務代行といったオプションサービスを用意します。
鈴木:1人100円からって安いですね。当社もぜひ検討したいです。
新田:ありがとうございます。多くの企業がまずはプラン1を導入し、ニーズに合わせて段階的にプランを変更していきますね。健康経営優良法人を目指したい、もしくは更新したいといった企業が、オプションのコンサルティングを利用するケースも徐々に増えています。「けんさぽ」を提供開始して約1年ですが、導入企業数は170社を超えます。企業の健康増進への意識が高まる中、「けんさぽ」に関する問い合わせも徐々に増えている状況ですね。
これからも変わらず「ワンコイン」の価値を提供
新田:「けんさぽ」は現在、企業向けサービスとして提供しています。今後は個人向けサービスとして、近日中に提供を開始します。具体的には、個人向けのサブスク型サービスを提供する企業やポイントサービスを展開する企業に対し、「けんさぽ」のシステムをOEMで提供します。ヘルスケア市場に参入したいと考えるBtoC企業に、当社のサービスを活用してもらえればと考えます。
さらに、システムを介して集まった健康データの活用も視野に入れます。PHR(パーソナルヘルスレコード)と呼ぶ健康情報を一元化するプラットフォームを構築し、データ分析を軸にした新たな事業を模索していきたいと考えます。AIを使って健康度をスコアリングしたり、個人の健康状況に応じたアドバイスを実施したりするサービスも提供したいですね。「こんな食事がオススメです」、「こんな生活習慣に変えましょう」といったアドバイスを個人ごとにマッチングできれば、利用者の健康意識をさらに高められると思います。
鈴木:「けんさぽ」は100円から始められる敷居の低さが魅力です。料金についてのお考えがあれば教えてください。
新田:サブスクを前提にした事業を展開する以上、より多くの人にサービスを使ってもらいたい。今もこれからもそう考えます。そこで当社は今後、「ワンコインプラットフォーム」と呼ぶ構想を検討します。ワンコイン、ここでは100円を指します。つまり、100円で利用できるサービスを拡充できればと思います。具体的には、従業員の安否確認サービスを近々提供開始する予定です。従業員のメンタルヘルス改善を支援するサービスなども検討します。数年後に値上げし、導入企業の担当者をがっかりさせることがないようにしたいですね。「ワンコイン」をコミットし、Personal Health Techが示す価値を市場に印象づけられればうれしいです。
鈴木:新田社長は今後、どんな未来を見据えていますか。ビジョンなどがあれば教えてください。
新田:グローバル展開を視野に入れます。私は2024年に50歳を迎えますが、かねてから「50歳でグローバルに挑戦する」と決めていました。当社の事業は、グローバルで十分通用すると考えます。2023年の現時点で、シンガポールやベトナムで事業をスタートさせようと準備をすでに進めています。
鈴木:行動が速いですね。まずはアジア圏を中心に展開する予定ですか。
新田:はい。アジア諸国は目覚ましい経済発展を遂げています。今は従業員の健康管理まで目が行き届かない企業も、数年後にはきっと健康管理の重要性に気づき、健康増進策を模索するようになるはずです。そのとき、当社のサービスが企業の一役を担えれば。そう思います。日本のスタートアップ企業としてではなく、アジアのスタートアップ企業というポジションを確立できればうれしいですね。そのための準備をまさに今、着々と進めているところです。
鈴木:最後に、次代を担う若い世代に向けてメッセージをいただけますか。
新田:私が常々意識していることですが、限界の壁を作らないでほしいと思います。若いころは、いろいろな夢を描いているはずです。と同時に、夢を叶えられない理由も考えてしまう。チャレンジすらせずに夢を諦めてしまう人は多いのではないでしょうか。こうしたネガティブな考えを止めるべきです。むしろ、どこまで振り切れるか。どこまでアクセルを踏み続けられるか。こんな姿勢でチャレンジすべきです。意外と「できちゃった」「大丈夫だった」と思えることは多いと気付くはずです。既成概念や限界を自分で決めずに突き進んでほしいですね。
鈴木:いろいろな事業にチャレンジし続けた新田社長だからこそ言える言葉ですね。貴重なご意見、大変参考になりました。本日はありがとうございました。
新田:こちらこそ鈴木さんと対談する機会をいただき、本当にありがとうございました。