今回は、サイボウズ 代表取締役社長の青野慶久氏が登場。サイボウズを創業した経緯や社員の働き方に向き合うようになったきっかけ、さらにはサイボウズの未来をどう描いているのか。青野社長が見据えるサイボウズの今後と社員への思いを、DXマガジン総編集長の鈴木康弘が切り込みます。【夢を実現していく変革者たち。~SUZUKI’s経営者インタビュー~ #3】
青野:中学生のころ、自分でプログラミングしたゲームを雑誌に投稿するほどパソコンに没頭していましたね。パソコン好きが高じて、大学は工学部情報システム工学科に進みます。その後、松下電工(現:パナソニック)に就職したのですが、当時は自分用のパソコンがなく、初任給で購入したMacをオフィスに持ち込んで仕事に使っていました。パソコン好きだったことから、事業部へのパソコン導入を手伝ったり、メールを設定したり、エクセルの使い方をレクチャーしたりといったこともやっていましたね。
そんな中、転機が訪れます。1994年の入社直後にWeb技術が登場したのです。インターネットを使って掲示板を利用できるようになったんです。これが私にとって衝撃でしたね。Web技術を使えば便利になるし、仕事が楽になると思ったのです。それまでのやり取りと言えばメールが主流で、1対1のクローズドな連絡・報告が一般的でした。しかしWeb技術を使えば、大勢でディスカッションしたり、全社員で同じデータを見ながら働いたりといったことができます。そこでWebベースの情報共有ソフトを探したのですが、当時はそんなソフトはほとんどなかったんです。これはチャンスと捉え、会社を辞めて仲間とサイボウズを起業しました。当時はインターネット関連のソフトウエアを提供するNetscapeが急成長しているタイミングだったこともあり、インターネットに商機を見い出していましたね。
鈴木:まさにインターネットが盛り上がり出したタイミングに創業されたのですね。しかし、当時はWebベースの情報共有ソフトを理解してもらえなかったのではないでしょうか。
青野:おっしゃる通りです。開発しても、販売する人や企業がありませんでんした。そこで当初は、自社のホームページからダウンロードできるようにして販売していました。60日間は無償利用でき、気に入ったら購入してくださいというシェアウェア型ソフトとして販売していましたね。
初期に開発したソフトウエアはスケジュールや掲示板など、ごく限られた機能しか備えていませんでした。しかしバージョンアップを繰り返し、機能を徐々に増やしていきました。「中小企業向けのグループウエアです」と胸を張って言えるようになるまで5年くらいを要しましたね。しかしそれでも売上は伸び悩み、多くの企業に導入され始めるようになったのは、2012年ころからのクラウドが登場し出したころですね。
鈴木:一方で、御社は業務改善プラットフォーム「kintone」も提供し、多くの企業で使われています。
青野:kintoneを市場投入したのは2011年末です。しかし、こちらも販売当初は伸び悩み、売れるようになったのは2018年ころですね。顧客の成熟度が高まり、kintoneの使い方を自社で模索する企業が増えたのが売上を後押ししたと考えます。さらに、クラウドが本格的に普及して導入の敷居が下がったのも、売れるようになった要因です。それまではサーバーを自前で調達し、ソフトをインストールしたり設定したりしなければなりませんでした。クラウドであれば、申し込みさえすれば利用を始められます。こうしたシステム構築の変化が、kintone導入の追い風となったと考えます。
鈴木:サイボウズと言えば社員の働き方を見直し、新たな施策を次々打ち出しているイメージがあります。当然、今に至るまでには多くの苦労があったとも察します。なぜ、社員の働き方に目を向けるようになったのでしょうか。契機があれば教えてください。
青野:サイボウズを立ち上げた当初、売上もほぼ横ばいで組織としての完成度も十分とは言えない状況でした。離職率も当然高く、社員が次々に辞めていく会社でした。私自身、「どうして?」と思いつつも、自分を否定されているという思いから辞めていく人を見て見ぬふりをしていました。しかし、あまりにも多くの人が辞めていく中で、きちんと向き合うべきと考え、辞めていく人に理由を聞くようにしたんです。すると、みんないろいろな理由を明かしてくれました。前もって理由を教えてくれればリカバーできるものの、辞めると決めた後に聞いてももちろん手遅れですよね。そこで社員のわがままを聞き、できることから改善する取り組みを始めたのです。そのとき打ち出したのが、「100人100通り」という方針です。社員に対し、わがままを自由に言ってもらうようにしたのです。すると、「残業したくない」や「育休期間が短い」など、いろいろなわがままが出てきました。それらを1つずつ解消しようと取り組んでいったのです。こうした取り組みを5年ほど続けたところ、社内で「自分の思いを自由に言っていいんだ」「わがままを言ったらその通りの働き方を認めてくれるんだ」という雰囲気が醸成されるようになったのです。ただただ社員に辞めてほしくない。そんな思いで取り組んだ結果が、「自由」や「働きやすい」といった現在の当社のイメージにつながっているのだと思います。
鈴木:取り組んだ結果、離職率は改善されたのでしょうか。
青野:はい。当社の現在の離職率は5%弱です。IT企業の中では相当低い割合だと認識します。なお、女性の社員比率も上がり、現在は45%が女性社員です。エンジニアが多くを占める当社にとって、その割合は高い方だと捉えています。社員のモチベーションも高いと実感しています。
鈴木:現在の課題はありますか。
青野:社員が順調に増えた結果、これまでの「100人100通り」から「1000人1000通り」になっています。その結果、いろいろな課題も顕在化していますね。グローバル化に伴って日本語を話せない社員が増えているのも課題の1つです。わがままを言ってもらいたくても、通訳を介さなければわがままも言えません。わがままを自由に言えるといった当社の風土・文化をどう維持すべきかを考えないといけないと感じています。
鈴木:いろいろな働き方の社員がいても、共通の認識や価値観がないと会社として成り立たないと思います。こうした価値観の共有などはどう考えていますか。
青野:ご指摘の通り、全社員共通の「軸」を持つべきだと考えています。そこで当社では、企業理念を重んじるようにしています。「チームワークあふれる社会を創る」という存在意義(Purpose)と、存在意義の基盤となる4つの文化(Culture)「理想への共感」「多様な個性を重視」「公明正大」「自立と議論」を打ち出しています。私は経営者として、このPurposeとCultureの必要性を丁寧に説明することが役割だと考えます。企業理念を話題にし続けることで、「1000人1000通り」であっても「これだけは全員知っている」「これだけは全員分かっている」という軸を生み出せると思います。働く場所も時間も職種もばらばらの社員ですが、企業理念を全員が覚えていて、それが何なのかを説明できる。こうした状態を維持することに主眼を置いています。
鈴木:経営者の方々と話をする中で、「うちの社員は挑戦しない。どうすべきか」といった相談をよく受けます。そこで最近思うのは、会社としての理念や仕事の進め方などをきちんと伝えるべきだということです。新型コロナウイルス感染症の影響はもちろん、会社の上司と飲みに行く機会が減ったことでコミュニケーション不足が深刻化しています。これでは伝承されるべき理念や仕事の進め方も、若い世代には伝わりません。「仕事の心得」などの文章にまとめたり、その内容を社員に伝えたりすることが今後、より求められるのではと感じます。
青野:コロナ禍の3年間で、私と直接話す人が減ったと感じています。社員は増えているのに、直接話す人が減っている。つまり私が伝えるべき企業理念、PurposeとCultureの必要性も十分伝わってないのではと思いました。実際に社員から、「青野さんから企業理念についてもっと詳しく聞きたいです」と言われることがあります。私の中では、「えっ、こんなに伝えようと話しているのに」と思っているのですが、実際はまったく伝わっていなかったのです。必要なことを伝えるには、もっともっと意識しないといけないと痛感していますね。
鈴木:サイボウズとして今後、注力したいことはありますか。青野社長が目指す未来があれば教えてください。
青野:グローバル展開を加速させたいですね。特に、日本発のグローバルソフトウエアを提供する企業になりたいです。海外で豊富な販売実績を持つ国産ソフトウエアってまだないですよね。この実績を作りたいです。日本企業がこうした地位を築かなければ、日本はいつまで経ってもデジタル後進国と呼ばれてしまうでしょう。当社は現在、kintoneで日本発のグローバルソフトウエアを目指していますが、それが叶わないなら次のソフトウエアを開発してチャレンジし続けたいなと思います。もちろん、どんなソフトウエアでもいいわけではありません。Web技術が登場したとき、私は衝撃を受けました。これで大勢による情報共有ができると思いましたし、クローズドな情報を容易にオープン化できるとも思いました。さらに、民主的な組織運営も見込めます。これらの思いを胸に、グローバル化を推し進めていきたいと考えます。
鈴木:素晴らしいですね。世界で認められる国産ソフトウエアがサイボウズのソフトウエアであることに期待します。最後に、次代を担う若い世代に向けてメッセージをいただけますか。
青野:誤解を招くかもしれませんが、「我慢するな」って言いたいですね。年輩の方の意見を聞くべき、まずは下積みを経験すべきなど、日本では「美徳」という名の下に教わることが少なくありません。しかし、この美徳が日本の変化を遅らせていると思います。これからは若い人がどんどん主張すべきです。社長である私に対し、「青野さん、違いますよ」と指摘するくらいの方が、成長も進歩も早くなるはずです。我慢せずに、わがままを貫き通して欲しいなと思います。今の若者が見据える未来により近づくためには、こうした姿勢や考え方が必要なのではないでしょうか。20代や30代の若い世代が、自分たちの描く新たな世界を積極的に提案し続けてほしい。そう期待します。
鈴木:大変勉強になり、参考になりました。本日はありがとうございました。
青野:こちらこそ、ありがとうございました。