ゲームやライブといったエンターテインメント向けの技術と思われていたVRが、ビジネスでも本格的に使われ始めています。高精細な映像、動きに精緻に反応するセンサーやネットワークを組み合わすことで多彩な用途が見込まれます。「消火訓練」もそんな用途の1つです。では具体的にVRをどう使うのか。消火訓練向けのVRソリューションを提供するMXモバイリング 法人事業本部 法人ソリューション事業部 ソリューション推進部 マネージャーの大野雄吾氏と、ソリューション推進部の下畑博史氏に話を聞きました。
実際に火を燃やさない仮想消火訓練
あたかも目の前に現実の空間が広がっている…。仮想空間を使ってこんな体験を再現する技術がVR(仮想現実)です。臨場感ある空間を再現できることから、迫力あるゲーム画面やライブ映像などのコンテンツづくりに主に使われています。しかし今、VRをビジネス用途で活用する動きが広がりつつあります。例えば医療分野では、手術時の様子を世界の医師と共有するときに使われています。観光地の魅力を発信するPR映像や、賃貸物件を内見する映像などにも使われています。VRゴーグルや3D技術と組み合わせるなどして、多くの企業がビジネス向けのコンテンツやソリューションを市場投入しています。
MXモバイリングもビジネス用途の可能性をいち早く模索し始めた一社です。同社は主力事業である法人向けのスマートフォン・携帯電話販売を手掛ける一方、VRやMR(複合現実)といった技術を活用したサービス、ソリューションを展開しています。
中でもユニークなのが、消火訓練を仮想体験できる「VR消火訓練シミュレータ」です。火災現場を再現した仮想空間を見ながら、消火器を使った消火訓練を実施することができます。シミュレータを提供する狙いについて、MXモバイリング 法人事業本部 法人ソリューション事業部 ソリューション推進部 マネージャーの大野雄吾氏は、「日本人の防災意識は高い。しかし消火訓練を実施するには、消防署主催の消火訓練でさえ実際に火を燃やすには煩雑な手続きが必要だ。火を使った消火訓練は実施しにくくなっている。屋外での消火訓練は天候に左右されるし、実際に消火器を使った訓練は参加者全員が体験できない。こうした課題をVRで解決できないかと考えた」と経緯を話します。火を実際に燃やさないことから、場所や回数を気にせず訓練できる点を売りにします。
実際の体験に近づけるためVR専用消火器も用意
消火器を使う、という体験のリアリティにこだわっているのも特徴です。消火器を使用する場合、「ピンを抜く」「ホースを火に向ける」「レバーを握って消火剤を撒く」といった手順が必要だが、シミュレータではこれらの手順を踏まないと仮想空間上で消火剤を散布できないようにしています。「火災現場をVRで再現するだけでは必ずしも訓練にならない。消火を『体験』する仕組みづくりにこだわった。消火器というハードウエアを組み合すことでVRの体験や価値を高められるようにした」(ソリューション推進部 下畑博史氏)といいます。消火器本体にはBluetoothやセンサーを搭載し、ピンを抜いたりレバーを握ったりする動作を感知できるようにしています。消火器のホース先端にもセンサーを取り付け、ホースが仮想空間上の火に正しく向いていないと火を消せないといったリアリティも追及します。なお、センサーを使った消火器や、VR映像と連動する仕組みは特許を取得しています。「VRの用途としてはニッチだが、VR用の消火器を開発するのは世界も含めて当社だけではないか」(大野氏)と強みを強調します。
実際の工場や作業現場の映像を組み合わせることも可能です。3D技術を使って独自の火災現場を再現せず、「顧客が実際に働く工場や倉庫、建設現場などで火災が起きている状況を再現する。高価な設備や建機のある実際の現場で火を燃やして訓練することはできないが、シミュレータを使えば、実際の作業現場を想定した訓練を容易に実施できる。リアリティを高めることで従業員の安全意識も増す」(大野氏)とメリットを訴求します。
消防署はもとより、自動車工場などが導入しているといいます。自動車工場の場合、約7000人の従業員全員が年に一度、シミュレータを使った消火訓練を必ず実施するといいます。「導入コストはかかるものの、本物の消火器を使うのと違い、1台のシミュレータで何度も消火訓練できるのがメリット。消火器の期限切れもなく、電池さえ交換すれば何年も使える」(大野氏)と言います。なお、VRヘッドセットに表示される映像は、テレビやモニタを使って外部にいる人と共有することも可能です。大勢参加する消火訓練や、講師が映像を見ながら消火のポイントを説明するときなどに役立ちます。
同社は「安全」や「防犯」といった分野でVR技術を活用していくことを模索します。消火訓練のほかに、高所の鉄塔で安全確認を怠ったときの転落を体験するVR、工場内で正しい手順を踏まなかったときの感電を体験するVRなどのコンテンツを拡充しています。「従業員の安全教育にVRを使ってもらいたい。実際に体験させたいが、体験すると命を落としかねない危険なシチュエーションにVRは向く」(大野氏)と言います。 さらに大野氏は、「高齢者向けの用途も模索中だ。当社は携帯電話の販売店を運営し、高齢者向けのスマートフォン使い方教室を開催している。VRを使った災害体験などを実施しているが、今後は『キャッシュレスサービスの使い方』などもVRを使って覚えてもらいたい」と意気込みます。オフィスビルに設置する消火栓を使ったVR消火訓練を、ビル管理会社やビルに入居する企業向けに提供するなどの構想も描きます。