今回は、ヤプリ 代表取締役社長の庵原保文氏が登場。ヤプリを創業した経緯やノーコードでアプリを開発する必要性、さらにはヤプリが打ち出す価値とは。庵原社長のヤプリに対する思いを、DXマガジン総編集長の鈴木康弘が切り込みます。【夢を実現していく変革者たち。~SUZUKI’s経営者インタビュー~ #5】
ヤフーでITビジネスを学んだのが人生の転機に
庵原:学生時代は趣味のスノーボードに没頭し、大学卒業後はスノーボード雑誌を発行する出版社に入社しました。自分で企画したり情報を発信したいという思いからメディアを志望しました。しかし当時は紙の衰退が叫ばれていた時期。まさにネットメディアへ移行する過渡期でした。雑誌編集に5年ほど携わったものの、これからはネットを駆使した事業に精通すべきと考え、ヤフーに転職しました。
鈴木:出版社からIT企業に転身。一大決心ですね。
庵原:IT業界未経験の私がヤフーに転職できたのはラッキーでしたね。というのも、採用担当の最終面接官が現在の東京都副知事の宮坂学さんで、偶然にも宮坂さんもスノーボードが大好きだったんです。さらに当時、ヤフーは中途採用で人材を積極的に獲得していました。そんな縁もありヤフーで働けるようになったのです。この転職が私の人生を大きく変えましたね。
鈴木:アプリの可能性を知ったのもこの時期だったわけですね。
庵原:この頃、iPhoneが市場投入され、数多くのアプリが出回り始めた時期でもありました。そこで私も趣味でアプリを開発したのですが、Webとはまったく異なるユーザー体験に驚愕しましたね。開発したアプリはスノーボードのテクニックや楽しみ方を学べるものでしたが、スマートフォンを縦向きにするとテキストでハウツーが表示され、横向きにすると滑り方の動画を表示できたのです。Webにこんなユーザー体験ってありませんよね。Webならただ見るだけの体験が、アプリなら人により近づく体験を得られると思いました。アプリは私たちのネットのユーザー体験を根本から変えると直感しましたね。
一方で、アプリ開発の難しさにも直面しました。アプリの開発はWebとまったく異なる技術が求められます。iPhone用のプログラミング言語が必要だし、Android向けに別のプログラミング言語も必要です。いくら優れたユーザー体験を得られるとしても、iPhoneとAndroidごとにアプリ開発なんてできないと思いました。と同時に「もっと簡単にアプリを開発できないか」、「アプリをプログラミングなしで、マウスのドラッグ&ドロップで、ブラウザ上で作れたら…」。こんなアイデアも膨らみました。複雑で面倒なアプリ開発を簡略化できれば、アプリを開発したい多くの人が使ってくれるはず。そう考え、現在の当社の主力サービスである「Yappli」を思いついたのです。東日本大震災直後の2011年4月のことです。
「Yappli」の開発は当初、私を含めて3人でした。当時、私はヤフーを離れ別の会社に勤務していたのですが、副業でもなく単なる趣味、ただのプロジェクトとして取り組んでいました。全ての週末や平日夜を開発に充て、2年かけて「Yappli」のβ版を開発しました。このタイミングで2013年4月にヤプリを創業しました。
ノーコードでアプリとCRMの浸透図る
鈴木:今も小売事業者の利用が大半なのでしょうか。
庵原:小売事業者以外の導入も徐々に増えています。特に最近多い用途が、従業員や組織のエンゲージメント管理です。人材の重要性が叫ばれる中、エンゲージメントを向上させる手段の1つとして「Yappli」を導入するケースが増えています。働くエリアや勤務形態がバラバラな組織をまとめるための、従業員のコミュニケーションを促進する方策として使われています。そのほか、メーカーが提携先の販売会社にデジタルカタログを配布したり、学校が生徒向けの情報を発信したりする用途に「Yappli」を使うケースもあります。現在、小売業の利用比率が7割を占めますが、残り3割の割合がここにきて急速に伸びています。
鈴木:御社では「Yappli CRM」も提供していますよね。後発ながらCRM市場に参入した狙いを教えてください。
庵原:当社は2023年で創業10年を迎えます。このタイミングで、「Yappli」に続くサービスとして「Yappli CRM」を市場投入しました。「Yappli」を使って開発したアプリの裏側で顧客を管理する仕組みが欲しい。こうしたクライアントの声に応えたのが参入の主な理由です。多くの企業がCRMシステムをすでに運用しているでしょう。しかし、人員や予算の関係でCRMシステムを構築していない、さらにはメンテナンスしづらいレガシーなCRMシステムを刷新したいと考える企業は少なくありません。成熟したCRM市場でもチャンスはあると判断し、新たなCRMサービスを提供するに至りました。「Yappli」同様、ノーコードで開発、運用できるのが「Yappli CRM」の強みです。顧客管理はもとより、会員のポイント増減の把握などをクラウド経由で利用できます。
鈴木:主な顧客は「Yappli」を導入した企業になるのでしょうか。
庵原:はい。小売業や飲食業の場合、顧客とのタッチポイントを増やそうと「Yappli」を導入するケースが目立ちます。顧客接点創出に注力してきたものの、今後は取得した情報を活用し、新たなマーケティング施策を模索しようとする企業が増えています。こうした企業に「Yappli CRM」は向いています。すでに多くの企業から引き合いをいただいています。最近はノーコードの必要性が叫ばれ、多くの企業がノーコードを前提としたシステム開発に舵を切りつつあります。こうした追い風がある中、当社では「Yappli」と「Yappli CRM」の2軸で事業を拡大できればと見込んでいます。
鈴木:「Yappli CRM」はさまざまなタッチポイントの情報を一元管理できるのでしょうか。
庵原:現在は「Yappli」で開発したアプリとの連携に留まります。しかし、タッチポイントが増える中、今後はLINEを含めてさまざまなツールと連携できるよう強化させる予定です。
アプリ開発環境が日本企業のインフラに
庵原:当社がどんな会社なのか、何を大切にしているのかを「Yappli Value」に込めています。創業者として、さらには経営者としての自分の思いを込めました。創業から現在、そしてこれからも大切にすべき5つの価値を提示しています。「感動体験」「再構築」「カスタマーサクセス」「チームドリブン」「ゼロトゥワン」の5つです。どれも社内の日常会話の中で使われるようなシンプルな言葉を使っています。普段から使われなければ浸透しませんし、上辺だけの言葉になりかねないと思ったからです。
例えば「再構築」は、小さな仕事でも改善魂を忘れず、コツコツと地道な活動を積み上げようというメッセージです。当社の主軸であるSaaS事業は、特徴的な機能が1つあれば競争優位に立てるわけではありません。顧客や社内からの指摘をコツコツ修正し、小さなUI改善や機能追加の積み重ねが欠かせません。派手な機能強化はなくても毎日改善し続けることが必要です。こうした繰り返しを積み重ねることで、競合のSaaS事業者が追随できないサービスを提供できるようになるのではと考えています。
鈴木:社員教育で注力していることはありますか?
庵原:事業に関係ないことに取り組むより、まずは自分たちの事業をベースに多くを学んでほしいと考えます。当社では朝礼で、顧客の課題やどんな解決策を提示したのか、その結果、顧客がどんな効果を上げたのかといったカスタマーサクセスを共有するようにしています。部署を問わず、実際の顧客の課題からDXの多くを学べるよう配慮しています。
さらに年に一度、「カルチャーデイ」を実施し、当社のカルチャーを1日かけて学ぶ機会を設けています。例えば「カスタマーサクセス」について、全社員が通常業務を止め、顧客の成功について考える機会を作っています。総務や人事などの顧客接点のない部署も含め、ワーキンググループを通じて意見を出し合います。
鈴木:順調に成長を続けるヤプリ。今後は顧客や社会に対し、どんな価値を提供していきますか?
庵原:当社は「デジタルを簡単に、社会を便利に」というミッションを掲げています。DXはもとより、IT導入を諦めている企業に対し、デジタルは簡単に扱えるということを訴求していきます。訴求するだけではなく、実際に導入も支援したいですね。「Yappli」の導入企業は現在約700社ですが、これが1000社、2000社、1万社になれば、企業にとって当たり前のインフラとして定着するでしょう。モバイルアプリもより身近な存在になるでしょう。こうした世界を目指し、当社が日本企業の効率性や生産性に寄与する一役を担えればうれしいですね。
鈴木:最後に、次代を担う若い世代に対してメッセージをお願いします。
庵原:まずは目の前にある仕事に真剣に向き合ってほしいですね。自身のキャリアを築くなら、1つ1つの仕事をきちんとこなすべきです。この積み重ねが何より大切です。IT業界に限ると、2~3年で転職を繰り返す人が目立ちます。決して悪いことではありませんが、人生100年時代なので、数年で辞めるのはもったいない気がします。もう少し長いスパンで実績を積めば、より多くの人からの信頼を得られるし、もし転職しても当時の仲間との関係も強く継続できるでしょう。そのネットワークが自身の将来にきっと役立つはずです。短期志向ではなく中長期志向でキャリアを捉えるべき。この視点が10年後や20年後の自身を助けてくれるはずです。
鈴木:本日は貴重なご意見、ありがとうございました。
庵原:こちらこそどうもありがとうございました。