従業員一人ひとりが多様な働き方を実践するサイボウズ。日本の働き方改革をリードする同社では、次代のDX人材をどう定義し、育成しようと考えているのか。デジタル化を推進する上での自社の“失敗談”も含め、代表取締役社長の青野慶久氏に話を聞きました。(聞き手:DXマガジン総編集長 鈴木康弘)
多様な働き方がデジタル化を加速させる契機に
鈴木:「DX」という言葉が世間を賑わせています。青野さんは「DX」をどのように捉えていますか?
青野:個人的には好きな言葉です。デジタルにシフトしようという考えは気に入っています。ただし、これまでも同様のトレンドは何度かありましたが、DXは以前のようにシステム化云々の話ではない。組織の風土ごとデジタル化していく、それがDXです。DX推進に必要な取り組みを社外に丸投げ、なんて話を聞きますが、それはそもそもDXではありません。現場の取り組み一つひとつを見直し、デジタルにシフトさせる。この取り組みは自分たちが主導しなければ成し得ません。
鈴木:私もコンサルティングという仕事柄、DXは単なるシステム導入ではなく「業務改革」、さらには「人の意識改革」が大事だとよく話しています。青野さんの言う通り、DXは企業風土を変えることが不可欠です。その意味で言うとサイボウズは働き方改革を体現し、まさに従業員の意識改革を進めていますよね。なぜこうした改革にいち早く取り組み出したのでしょうか?
青野:サイボウズは今でこそグローバルを含めると従業員数が1000人を超えましたが、ベンチャーだった当初は従業員の離職率が高かった。そこで従業員が辞めない組織づくりを目指し、従業員の“わがまま”を聞くようになったのがそもそものきっかけです。「午前中は働きたくない」と言われたら「いいよ」、「出勤したくない」と言われたら「いいよ」って。働き方が徐々に多様化していきました。ただし、各自がバラバラに働くようになると自ずとチームワークの必要性を感じ、情報共有が進んでいったんですね。もちろんそれまでもグループウエアを使って情報共有していましたが、働き方が多様化することで業務のデジタル化が一気に加速しました。見えない仕事がなくなり、業務効率が一段レベルアップした感じですね。
新型コロナウイルス感染症の影響で、働き方や業務の進め方が大きく変わった会社は多いと思います。しかし当社の場合、すでにオンラインで情報共有して業務を行っていたので、コロナ禍でもあまり慌てることなく全社在宅勤務に切り替えられました。 いろいろな人がいろいろな働き方をしても、デジタル化することで仕事を継続して進められる。これって「DX」かもしれませんね。
鈴木:私が代表を務めるデジタルシフトウェーブでは、コロナを機に完全に在宅勤務に切り替えました。さらにその後、コアタイムをなくしたスーパーフレックス制度を導入しました。その結果、私が「働きすぎないで」って従業員にお願いするくらい、みんな働くようになりました。働き方の変化を感じますね。
こうした働き方はデジタル化によって支えられていると思います。ただその一方で気付いたのがアナログの大切さ。サイボウズではアナログの取り組みをどう捉えていますか?
青野:雑談が減ったのが気になりますね。以前なら会議の前後に他愛のない情報交換をするという機会があったのですが、自分の知識の幅や人脈を広げる絶好の機会がなくなってしまいました。そこで現在、雑談を推奨しています。グループウエアに仕事と関係ない話題を書き込んでもいいことにしました。打ち合わせなどの目的外でウェブ会議システムを使うのも認めました。アナログのときにあった雑談をデジタルでどう再現するか。当社が目下取り組んでいる課題ですね。
業務を設計し、ITを使いこなすスキルが重要に
鈴木:私はセミナーやイベントで講演を頼まれることが多く、2020年は1年間で60回登壇しました。最初のころは「DXとは?」「DXのメリット」といった基本的な内容の講演依頼が多かったが、最近は「DX成功のためには組織をどう変えればいいか」などの具体的なテーマに変わりつつあります。サイボウズも顧客からDXをうまく進められないなど、いろいろな相談を受けていると思います。DXをうまく進められない会社の課題はどこにあるとお考えですか?
青野:例えばグループウエアというツールだけを導入しても、変化することは容易ではないと思います。それを使う組織が変わらなければDXは進みません。こうした課題を解消しなければという思いで、当社は2017年から「サイボウズチームワーク総研」というブランドを立ち上げ、企業の組織改革の支援に取り組んでいます。そこで強く感じるのは、“変わりたくないという意識”が根強いことです。
変化を恐れない企業風土さえ醸成されれば少しずつでも変わっていくはずですが、今あるものを残そうとする考えがありますね。変化に対する摩擦係数が大きく、抵抗感を持たれてしまうと非常に厳しい。こうした状況を打開するには、やはり経営者のマインドを変えることが一番大切だと思います。
鈴木:確かに経営者の姿勢や発言は大事ですね。私もコンサルティングを通じて企業のDXを支援するとき、まずは経営者の意識改革を提言することが多い。例えば、極度にアナログな社長なら「まずはタブレットを常に持ってくれませんか?」って言うことから始めます。まずは形から。経営者がタブレットを携行することで、周囲の役員が危機感を持つ。それだけでも変化が起きますね。
青野:それは面白い(笑)。周囲も「自分もあれくらいやらなきゃ」って思うようになりますね。やはりマインドチェンジは経営者がすることに大きな意味があるんでしょうね。
一方、従業員のモチベーションも大切です。日々現場にいる従業員が「業務をよくするぞ」という気持ちを持つのも大切です。「なんで変えないといけないの?」という考えから脱却しないとですね。しかし 以前に比べれば、こうした現場改革も進めやすいはず。システム導入のハードルが以前より下がっているからです。これまではサーバーを購入し、メモリやストレージの容量を見積もり、バックアップ環境を構築し…などとシステム導入には手間、時間、コストがかかった。しかし今なら、必要な機能を備えるクラウドを申し込むだけです。実際、コロナ禍で多くの企業がクラウド型のWeb会議システムを申し込んだように、ITを駆使して業務を容易に見直せるようになっているんです。従業員の意識次第で現場のデジタル化は進められると思います。
鈴木:「クラウド」というテクノロジのインパクトは大きいですね。私もサイボウズのグループウエアを使ったことがあるが、「ワークフローがこんなに簡単に作れるんだ」と衝撃を受けたのを今も覚えています。私がSEとして働いていたころは、同じ仕組みを一生懸命作り込んでいた。「×(掛ける)クラウド」だけで劇的に便利になりましたよね。
青野:提供形態がパッケージだったころの顧客は、ある程度IT化を進めている企業が中心でした。インストールしたりバージョンアップしたりバックアップしたりといったことができる企業ですね。しかしクラウド化に舵を切った途端、顧客層が変わった。申し込みさえすればいい、ということで、ITにそこまで詳しくない中小企業にも、導入していただけるようになりました。以前のようにITの知識は大して重要ではないのです。こうしたツールを活用するのに求められるのは業務の知識。必要なスキルや知識も変わってきていると感じますね。
鈴木:IT導入のハードルが下がったことで、ITを駆使して業務をどう設計できるかといったスキル、ノウハウが求められるようになったんでしょうね。
青野:「DX人材」ってまさにこうしたスキルなどを備えた人なのかなと感じます。
鈴木:今後は業務を支援するさまざまなクラウドサービスを複数利用することになる。これらをどう連携するか、どう組み合わせるかといった視点も必要だと思います。もちろん1社のクラウドサービスに集約すれば合理的だが、それでは今後の進化は見込めません。便利な機能や革新的なテクノロジを使ったさまざまなクラウドサービスの中から、どれを選定するのか、あるいは乗り換えるのかといった使いこなし術も求められるでしょうね。
青野:そうですね。新しいクラウドサービスが続々と登場しています。基幹業務向けのクラウドサービスを次々乗り換える必要はありませんが、新規事業で派生した新たな業務などは、新たなクラウドサービスも含め、どれが本当にふさわしいのかを見抜く能力が求められるでしょう。これもDX人材に必要な能力と言えますね。
鈴木:ついにデジタル化が進むんだなって最近思います。青野さんも私と同じく、以前からデジタル化した世界の到来を思い描いていたのではないでしょうか。やっと来たなって感じませんか?
青野:思います! 世界がいよいよデジタル化に向かうんだと実感していますね。
クラウドや副業解禁が中小企業の追い風に
鈴木:DXは中小企業にこそチャンスだと考えます。中小企業向けのセミナーなどで講演した際、聴講した人と話をすると、「いえいえ、うちなんかにはとても無理です」って言われてしまうケースが多い。しかし、「むしろ逆ですよ」って言っています。DXはデジタル化に着手できずにいた中小企業こそ成功しやすいのではと思います。加えて地方企業もチャンスでしょう。例えばクラウドサービスは、月額課金で簡単に使い始められるものが多い。使いにくければすぐ解約してもよい。クラウドサービスを使って業務改革に乗り出すことへのハードルは、以前よりだいぶ低くなっています。無理と言わず、自社を変えるんだという強い思いの下、ITを活用してほしいと思います。
青野:当社の主力サービスである「kintone」は、大企業から中小企業まで同じように使われています。全社でDX推進を打ち出す大企業が使用する一方、小規模な町工場が5ユーザーくらいで使っている。企業規模やDX推進体制を問わず、同じ機能を使っているのです。これは、大企業と町工場が同じように業務を進められることを意味します。中小企業にとって大きなチャンスなのではないでしょうか。
鈴木:大企業向けシステムの機能や仕組みが、「×クラウド」によって中小企業にも手が届くようになった。中小企業は、ITを活用する素地が整っていることを認識すべきで、企業規模や地域性を理由に諦めることなくDXを進めていってほしいですね。
青野:企業が副業を認める風潮も、中小企業のDXを後押しすると思います。当社も従業員の副業を認めており、いろいろな仕事に関わる従業員が増えてきました。ITスキルが比較的高いことから、中小企業でコンサルタントのような立場で業務支援に乗り出す従業員もいます。副業先で、彼らはとても重宝されるそうです。ちょっとしたシステム改善を進めるだけでも、中小企業は劇的に業務が変わるからです。IT人材を採用するのが難しければ、スポット的にこうしたIT人材に協力してもらえばいいと思います。IT人材が不足しているとよく聞きますが、IT業界には当然、たくさんのIT人材がいます。こうした人材のノウハウを拝借するだけでも中小企業はDXを進められるのではないでしょうか。
鈴木:私の会社も、試験的ではあるものの副業を認めています。中にはウーバーイーツの配達員をしている者もいる。コンサルティングという本業と直接関係ない仕事に思えるが、配達の仕組みを知り、ウーバーイーツについて語れるのは強み。まったく異なる業種、職種でも、実際に仕事をすることで理解を深められれば大きな財産になるでしょう。これからはいろいろな経験、ノウハウを持つマルチスキル人材が重宝される時代です。新規事業を見据えるDXプロジェクトでも、マルチスキルを持つ人材のノウハウやアイデアが求められるようになるのではと思います。
コロナ禍で気付かされたグループウエア活用の課題
鈴木:IT企業であり、働き方改革にいち早く取り組んだサイボウズは、DXを順調に進める優良企業のように思えます。しかしあえて、「これは失敗したな」という取り組みはありますか?
青野:新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、会議はすべてオンライン、口頭で報告していた内容などもすべてグループウエアにシフトしました。その結果、グループウエアの書き込み量が5倍に増大したんです。グループウエアを提供する会社が、グループウエアを十分に使いこなせていなかったんですね。デジタル化と言いながら、当然のようにオフィスの会議室に集まって会議をやっていたんですよね。コロナ以前にも、オンライン会議システムは使っていたのに。気づかずにアナログなことをやっていたのは恥ずかしい限りです。
もう1つ気付いたのが、コミュニケーションがオンラインに移行して、ちょっとした不平や陰口まで可視化されてしまったということ。例えば「あの仕事はあっちの部署がやるべきだよね」などといった不平が、オンライン上に書き込まれることで、誰でも見えるようになってしまった。つまり、陰口が陰口ではなくなってしまったのです。悪口を言われたり、非難されたりしそうだと思うと身構えてしまい、仕事上の情報がきちんと共有されなくなる恐れがあります。
そこで現在は、安全性を踏まえることを意識しています。全従業員が見ているという前提で、言葉を選んで書きこむよう指示しています。失敗を糧に、当社がここ1年取り組んでいる新たなチャレンジですね。情報をすべてオープンにするって大事なことですが、安全性と両立させることが求められるんです。インターネットの世界と同じですね。
鈴木:すべてをオープンにすると、そのような課題が顕在化するんですね。参考になります。そのような状況でも経営者としての姿勢やビジョンを明確に打ち出すことが、チャレンジする上では大切になるんでしょうね。
「考える」をトレーニングするサイボウズの人材戦略
鈴木:従業員のモチベーションを高めることも経営者には求められます。サイボウズが進める人材戦略。どんな点を工夫していますか?
青野:強く打ち出しているのが「自立」です。働き方や仕事の内容など、自分はどうありたいのかを自分で考え、選択してもらうようにしています。これからのキャリアを自分で決めてもらうのです。これが従業員のモチベーションに一番効くと考えます。自分で考え、自分で選んでいるわけですから。
鈴木:従業員数が1000人を超えると、自分で考えて選ぶのではなく、指示を待つという考えの人も入社してきてしまうのでは。
青野:その通りで、確かにそのような考えを持つ人も入社してきてしまいます。そのため、サイボウズという会社は誰にとっても働きやすい職場であるとは思っていません。指示がなかなか飛んでこない社風ゆえ、指示待ちの人はいづらくなってしまいます。周囲を見渡すと、自分で考えて選びながら仕事をしている。自分も同じような考え方にシフトしないと、仕事がなかなか楽しくならないでしょうね。
鈴木:若い新入社員の教育にも当てはまるのでしょうか?
青野:新入社員に対しても、日々考えてもらうようにしています。仕事の内容はもとより、働き方、さらには給与もいくらほしいのかも聞いています。給与は、多ければ多いほどいいけど、多いと仕事も増えるのかもしれない、というようにいろいろと悩むと思います。しかし、悩むことが大切で、いろいろと悩みながら自分の人生をデザインするトレーニングをすることで、自分なりの考え、答えを導き出せるようになるのです。結婚や子育て、介護などのライフイベントで働き方も変わるでしょう。考え方は変わって当然で、常に考え続けてほしいと思っています。
鈴木:これからDXを進めようとする企業は多い。先駆者として、こうした企業に向けて、DXを成功させるポイントを教えていただけますか?
青野:IT企業でデジタルを使いこなせると思っていた当社でも、決して大したレベルではないということを知ってほしいですね。例えばコロナ禍で気付かされたのが、今までいかにアナログな営業活動をしていたかということです。コロナ禍以前は顧客先に近い担当者が訪問するのが当たり前と考えていましたが、Web会議システムを使うことで、物理的な移動という制約がなくなりました。顧客先に近いかどうかではなく、業種や規模、課題に応じて担当者を決められるようになったのです。このように多くの企業同様、私たちもようやくデジタル化に踏み出した業務が多々あります。これまでDXを進められずにいた企業でも、決して取り残されていると諦めなくていいと思いますね。
鈴木:IT企業を名乗る多くの企業も、同じような状況だったのかもしれませんね。デジタル化していると思っていただけで、実は取り組めずにいる業務領域がたくさんあったと。そういう意味で言うと、今回のコロナを機に、みな同じスタートラインに立ったということなんでしょうね。
青野:「当社はすでにできていた」と思っている企業も、まだ変えなければいけないと認識すべきでしょうね。また、一朝一夕で大きく変わることはできませんが、一歩ずつ変えていく取り組みを諦めずに続けてほしいと思います。
鈴木:とても響く言葉ですね。私も変えないといけない点が多々あるのを痛感させられました。本日はありがとうございました。
青野:ありがとうございました。