ネットとリアルを融合するオムニチャネルには、それを支えるインフラと、ネットでの価値をリアルに活かす仕組みが欠かせません。オムニチャネルの先駆者であるセブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文氏は、オムニチャネルをどう定義し、環境構築には何が必要と考えるのか。ここでは鈴木敏文氏の著書「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」の内容をもとに、オムニチャネルの必要性と、そのとき求められる仮説力について紹介します。【鈴木敏文のCX(顧客体験)入門 Vol.10】
セブン&アイが日本で先駆けたオムニチャネル
ネット販売による市場が急拡大する中、流通の世界で今後、確実に伸びていくのがネットとリアルを融合したオムニチャネルです。このオムニチャネルを日本で先駆けて展開したのが、セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木敏文氏です。同氏がグループの経営トップにいたころ、新たな戦略として踏み出したのです。
オムニチャネルに取り組んだ経緯を、鈴木敏文氏は著書「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」の中で次のように述べています。
オムニチャネルという用語は、アメリカの大手百貨店、メイシーズが2010年にネットとリアルを統合する概念として使用したのが始まりでした。
わたしはそれより以前、ネット通販の市場が立ち上がり始めた2000年代の初めごろから、「ネットとリアルを融合した新しい小売業を目指すべきである」「ネットを制するものがリアルも制する」と言い続けてきました。
消費社会がこれからどのように進化していくかを考えたとき、ネットとリアルの融合は必然であると考えたからです。
オムニチャネルを活用すれば、買い手は24時間、いつでもどこでも売り手と接点を持ち、欲しい商品やサービスを購入できるようになります。しかし今、モノがあふれて供給が需要を上回る時代です。お客様の来店をただ待つのではなく、供給側がお客様の方へ近づくことがより求められるようになっています。
そのためには自社のシステムや店舗網、販売方法などのインフラを、ネットとリアルの境目を超え、顧客起点で新たなに作り直すことが不可欠です。これこそオムニチャネル戦略を支える要件となるのです。鈴木敏文氏は著書の中でオムニチャネルを「流通のあり方の最終形態」と表現し、新たなプラットフォームをつくり、消費者の生活の質を次の次元へと高める切り札と位置付けています。
その上で商品開発力、マーチャンダイジング能力、さらにはSNSなどを駆使し、ネットの世界から新たな価値を持つ商品やサービスを生み出すべきと鈴木氏は言及します。ネットで売れ筋となった商品・サービスをリアルのチャネルにも展開し、接客を通じてお客様一人ひとりにその価値を伝える取り組みが競争力につながるのだと言います。
オムニチャネル時代でも必要なのは「仮説力」
オムニチャネルを推進することで、リアルはもとよりネット利用者の購買履歴や消費行動を分析・活用できるようになります。収集したビッグデータとAIを活用すれば、消費者の特定の行動パターンを見いだすことも可能です。
しかし鈴木敏文氏は、消費者の購買動向や購買行動の分析について、著書で「疑問を感じざるをえません」と否定的に捉えています。
ビッグデータは過去のデータに過ぎず、顕在化している行動や消費ニーズを追随することしかできないと言うのです。これまでにない新たな潜在的なニーズを発掘する手段とはならないのです。
お客様は常に新しい価値を求め、より大きな満足を求める。それに応えるには、仮説を立てて、潜在的ニーズを掘り起こすことです。
大切なのは、販売データなどに対して問題意識を持つこと。新しい兆しはないかと探れば新たな売れ筋や潜在的ニーズを察知でき、先行情報として生かすことで仮説を立てられると言います。データの向こうにお客様の心理を読み、その意味を見い出すことが必要なのです。
気づきをもたらす問題意識こそ必要で、この問題意識を育むのが「お客様の立場」なのです。こうした中で見つけた仮説を検証し、正しかったのかどうかを見極めることが、オムニチャネルであっても重要となるのです。
鈴木敏文氏は著書「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」の最後でも「仮説力」の必要性を解いています。
「新しい消費」の時代に向けて、いま求められるのは、ビッグデータを離れ、自分の頭で考え抜くことです。
考えなければならないのは、社会はコロナ禍以前の状態にそのまま戻ることはないということです。ポストコロナ社会では、これまで以上に人間のもつ仮説力が問われることになるでしょう。
DXマガジン総編集長 鈴木康弘の提言「原点である『お客様の立場で考える』を忘れるな」
オムニチャネルという言葉は、オムニ(すべて)+チャネル(経路)を意味します。お客様の立場で、従来の店舗とネットの壁を超えたシームレスな買い物ができる環境を整えることがオムニチャネルです。私は鈴木敏文氏のもと、セブン&アイグループのオムニチャネルを推進してきました。今から10年前のことです。当時は、店舗スタッフの理解を得ることにとても苦心しました。それでも多くの方々の協力を得てスタートできました。ネットのデータを店舗MDに活用し、店舗のスタッフがネットで接客することを考えていました。 しかし、鈴木敏文氏と私がグループを離れた後、従来のリアル中心へと戻っていってしまいました。その後、コロナを経て、今ではオムニチャネルは当たり前に理解されるようになりましたが、当時のアドバンテージはすっかりなくなってしまいました。振り返ってみると、長年染みついた習慣を変えることは、並大抵ではなかったと感じます。 これまで本連載「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」にコメントを入れさせていただきました。時代が変わり、デジタル社会になっても、この本に書かれている「お客様の立場で考える」は大切なことだと再認識させていただきました。そしてデジタル時代になっても、必要なことは自分の頭で考え、未来をつくりあげていくという、人間中心のデジタル化が大切だということも痛感しました。これらが皆様にも伝わったならば幸いです。
あわせて読みたい編集部オススメ記事
小売業の命運を左右する「接客」、求められるコミュニケーションスキルとは? – DXマガジン
CXの必要性が叫ばれる中、小売業ではお客様に近づくための「接客」の重要性が増しています。お客様にとって「接客」は大きな価値体験となり得るほど、重要な役割を担います。「接客」では何を重視し、何に注意すべきか。ここでは、「セブン‐イレブン・ジャパン」を創設したセブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文氏の著書「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」の内容をもとに、これからのCX時代に求められる接客の極意を紹介します。【鈴木敏文のCX(顧客体験)入門 Vol.9】
新たな価値創出には「仮説・検証」が不可欠、仮説力を養う5つの方法とは 【鈴木敏文のCX(顧客体験)入門 Vol.8】 – DXマガジン
お客様が望む商品は何か。どうすれば喜んでくれるのか。その答えを導くには「仮説」と「検証」を繰り返すしかありません。では、仮説を立てる力(仮説力)はどうすれば養えるのか。ここでは、「セブン‐イレブン・ジャパン」を創設したセブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文氏の著書「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」の内容をもとに、仮説力を養う5つの方法を紹介します。
「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」