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コラム

「10円上げて客が離れる」は過去の話。日銀が明かした“罪悪感なき値上げ”と、2026年夏のインフレ新常識

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「値上げはできないもの」。長年、日本の消費関連企業はそう思い込んできました。コストが上がっても、経営努力で吸収するか、品質を落として対応するか。価格を上げれば客が離れる。その前提が、ここ数年で静かに、しかし確実に崩れています。

2026年5月、日本銀行が公表した地域経済報告(さくらレポート)別冊「地域の消費関連企業の価格設定行動の変化と2026年度の価格改定方針」は、全国の消費関連企業へのヒアリング調査をもとに、その変化の実態を詳細に記録しています。

「人件費は転嫁できない」が崩れた

報告書が確認した最大の変化は、人件費上昇分の価格転嫁が幅広い企業に広がっているという事実です。

これまでの値上げは、主に原材料価格の上昇を転嫁するものでした。人件費は「自社の経営努力で対応すべきもの」という意識が根強く残っており、販売価格に転嫁することは難しいとされてきました。ところが、最低賃金の引き上げが続く中、こうした意識が変わり始めています。

報告書には全国各地の企業の声が記録されています。金沢の飲食業者は「最低賃金の引き上げにより人件費が大幅に増加。既に自動調理機械の導入などの省人化投資を実施済みであり、一段のコスト削減余地は限られるため、2026年度は値上げを行う」と述べています。鹿児島の飲食業者は「今後も最低賃金引き上げ等により人件費増加が続くとみており、販売価格への転嫁を続けていく必要がある」と語っています。また、本店取材の飲食業者からは「もはやコスト削減だけで利益を確保するビジネスモデルは成り立たなくなっている」という、時代の転換点を示す言葉も聞かれました。

「サプライチェーン全体」で転嫁が連鎖する

この変化が単独の企業にとどまらない点も、今回の報告書が浮き彫りにした重要な構造です。

サプライチェーンの川上から川下に至るまで、仕入価格上昇分だけでなく、人件費上昇分の販売価格への転嫁が進むようになったという声が各地で聞かれています。熊本の卸売業者は「スーパーなど小売店への食料品の卸売価格には、仕入コストの上昇分を転嫁しているほか、当社の人件費や物流費用の上昇分についても転嫁。大半の取引先との間で価格転嫁が認められるようになっている」と述べています。

川上の企業が値上げすれば、川下の企業にもコスト上昇圧力がかかる。その企業もまた販売価格に転嫁する。この連鎖が、今や当たり前のこととして受け入れられ始めています。

消費者の「物価観」も変わった

報告書が指摘するもう一つの重要な変化が、消費者側の意識変容です。高知の宿泊業者は「値上げ実施後も予約動向に変化はみられておらず、好調に推移している。大都市等で宿泊料金が高騰していることや、物価全般が上昇していること等から、消費者の物価に対する見方が変わり始めている」と語っています。広島の対個人サービス業者も「幅広い財・サービスの価格上昇が続く中、人件費等のコスト上昇分の価格転嫁に対する顧客の見方が変化しつつある」と報告しています。

一方で、青森の小売業者のように「顧客の日常消費における節約志向が根強く、人件費上昇分の価格転嫁は困難」という声も残っており、全てが一様に変わったわけではありません。日常品と非日常品、観光地と生活圏など、価格転嫁のしやすさには明確な差があります。

2026年度、中東情勢が新たな変数に

2026年度の価格改定方針について、大半の企業が値上げを計画していることが確認されました。中東情勢の混迷が明らかになる前までは、食料品などにおいて既往の原材料価格の上昇が落ち着いてきたことを受け、2025年度対比で値上げ幅の縮小を計画している企業が多かったといいます。

しかし中東情勢の影響を受けて燃料・エネルギーコストや石油関連製品の仕入コストの大幅上昇に直面する企業が値上げ幅を拡大する計画を示し始めています。温浴施設などの生活関連サービス業、石油由来の日用品や包装コストが上昇している食料品製造業、飲食業などで、値上げ幅拡大を決定する動きが一部に出始めています。具体的な値上げのタイミングとしては夏場以降を検討しているとの声も聞かれています。

価格転嫁の「速度」も変わった

もう一つ見逃せない変化があります。報告書では、値上げを決断するまでの期間が短縮されているという指摘が複数の企業から聞かれました。2022年の物価上昇局面では、社内調整や取引先との交渉に相応の時間を要していましたが、今回は近年の値上げの積み重ねにより、そうした調整が比較的速やかに進むようになっているというのです。日本銀行は報告書の結びで、高水準の賃上げを受けた人件費上昇の販売価格への転嫁が継続する中、中東情勢の展開が今後、地域の消費関連企業の価格設定行動をどのように変化させるのか、引き続き丹念に点検していくとしています。

物価高は家計を直撃する一方、価格転嫁の連鎖を可能にする環境も作り出しています。「値上げはできない」という前提が崩れた今、企業と消費者の双方が新しい物価環境との付き合い方を模索しています。

レポート/dxマガジン編集部 權
(出典:日本銀行「地域経済報告──さくらレポート──(別冊シリーズ)地域の消費関連企業の価格設定行動の変化と2026年度の価格改定方針」2026年5月)

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