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コラム

【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.4】デジタル人材育成の罠 「D」と「X」どちらが大事?(後編)

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DX推進のカギを握る「人材育成」。多くの企業が育成に乗り出すも、DX成功に必ずしも結びつけられずにいます。企業が取り組む人材育成の何が間違っているのか。日本の小売業のDXに精通するデジタルシフトウェーブ 代表取締役社長の鈴木康弘氏(元セブン&アイ・ホールディングス CIO)と、全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraints)を駆使し、グローバルにDXの最前線で活躍するゴールドラット・ジャパンCEOの岸良裕司氏が人材育成の本質を議論します。

全体最適によるサプライチェーン改革を主導する人材を

岸良:DX推進時の重要テーマの1つである「人材育成」。前回はD(デジタル)にどれだけ精通するかより、X(変革)を育成することが大事だと議論しました。では小売業に限ると、どんなスキルや経験が求められるのか。今回は、小売業に求められる変革人材を掘り下げたいと思います。
鈴木:多くの小売業が新型コロナウイルス感染症のまん延を機に、DXを一気に加速させたと感じます。アプリやキャッシュレス決済を導入して非対面化を促進させるなどの取り組みが進みました。一方で足元を見ると、過剰在庫や欠品といった物流、ひいてはサプライチェーンの課題は一向に解消していません。商品をどのタイミングでどれだけ仕入れるのかといった課題を解消してこそ、DX成功と言えるのではないでしょうか。 岸良:その通りです。サプライチェーンの良し悪しは、会社が儲ける力の良し悪しそのものです。儲けるための会社の足腰とも言えます。それゆえ経営にとってはもっとも重要なテーマだし、避けては通れません。しかし、サプライチェーン改革は極めて難度の高いテーマです。なぜなら、サプライチェーンは社内だけに閉じず、メーカーや卸売業者、物流業者、さらには消費者など、いろいろな企業・人が関わるからです。そこでは調達や生産、物流、販売、顧客サポートなどのチェーンがつながってはじめて仕事が成り立つわけです。  このときの課題は主に、消費者ニーズに応じた柔軟な生産体制を構築できない、需要予測が外れて倉庫に大量の在庫が余る、売れ筋が欠品して貴重な販売機会を逃す、必要なデータが組織間や企業間で連携していないなどがあります。多くの企業が、こうした山積する課題を経営課題として当然認識しています。しかしそれでも解決できないのは、自社だけで解決できる問題ではないからです。そこで、まず目先のできるところだけ、とりあえずカイゼンに取り組むことになってしまうのです。つまり、調達や生産、販売などのそれぞれの課題を1つずつ解消しようとするケースが目立ちますね。  しかし例えばメーカーでは、調達部門が抱える課題を解消すると、そのしわ寄せが生産部門に来ることがあります。調達部門の最大の使命の1つは、仕入れ価格の低減によるコスト削減です。原材料の仕入れ価格を抑えられるので一度に大量購入すれば、調達部門はコストを削減し、使命を果たせたことになります。しかし、変化の激しい時代です。当初の予想が外れて思ったように売れない事態に陥り、生産部門では大幅な減産を迫られることも少なくありません。すると原材料が過剰在庫となり、財務を圧迫します。つまり、部門ごとの課題解消に向けた取り組みは部分最適に過ぎないのです。全体には効果をもたらしません。それどころか会社全体にダメージを与える事態を起こしかねません。サプライチェーンの全体の課題解消につながる全体最適の取り組みを進めなければ意味がありません。 鈴木:小売店で「在庫セール」や「特別価格で提供」などのチラシを見ることって多いですよね。裏側では、小売店がメーカーから大量の商品を仕入れ、売り捌けなかった商品を安価に販売して在庫を減らそうとしているわけです。メーカーは商品を大量に売って儲かるが、小売は過剰在庫を売り捌かなければならず、さらに安売りすることで利益も少ないといった状況に追い込まれるのです。その結果、小売店はメーカーにリベートを要求せざるを得なくなる。小売業もメーカーもLOSE-LOSEの状態になってしまうわけですね。さまざまな企業が関わるサプライチェーンでは、各社がWin-Winになることが望まれます。しかし実際は、自社の都合で他社にしわ寄せが及んでいるのです。 岸良:なぜ部分最適に陥るのでしょうか。理由は簡単です。調達部門は調達に関わる指標、生産部門は生産に関わる指標、販売部門は販売に関わる指標しか見ていないからです。これらの指標を改善することが自部門の効率化の指標となっているのです。調達部門なら1円でも安く仕入れる、販売部門なら1円でも売上げを上げるといった指標を追い求めているわけです。  これまでのサプライチェーンの場合、企業間や部署間のデータ連携が不十分でした。日次はおろかリアルタイムにデータを確認することも難しい環境でした。そのため、それぞれ部署が目の前にあるデータと向き合い、その数値をどう改善するかに注力していたのです。  しかし現在のデジタルのパワーを使えば、データの連携はもとより、リアルタイムの状況把握すら可能です。こうした時代であるにも関わらず、旧来の自部門のデータしか眺めない取り組みを続けることに疑問を感じます。変化の激しい時代です。月次や週次のデータに基づく調達や生産計画では、消費者ニーズを追随できません。大切なのは、旧来のやり方やルールに固執しないこと。旧来のやり方やルールは、自部署のデータしか見ることができないという限界に則して作られています。全体の仕事の流れや滞留状況がリアルタイムに見えるという現在の前提に合わせて仕事のやり方やルールも変えるべきなんです。やり方やルールを変えなければ、すばらしいIT技術をいくら使っても成果を見込めるはずありません。個別最適のルールから、全体最適のルールに変える変革(X)が、目覚ましい成果を出すキモとなるわけです。
【参考動画】サプライチェーンマネジメント(SCM)で目覚ましい成果を出す会社、出ない会社は何が違うのか?

抵抗勢力を応援勢力に変えるには?

岸良:変革には抵抗がつきものとよく言われます。新たな施策を次々打ち出す変革人材の取り組みは、必ずしもスムーズに進むとは限りません。古い企業文化や社風、考え方が根付いた企業であればあるほど、旧来のやり方を否定するような方針は必ずしも歓迎されるとは限らないのです。  つまり、変革を望まずに今の仕事の仕方を変えたくないと考える抵抗勢力とどう向き合うか。変革人材にはこうした素養が不可欠です。 鈴木:私もセブン&アイ ホールディングでCIOを務めていたとき、抵抗勢力と呼ばれる人たちとの向き合い方に苦労しました。当時は店舗とネットを融合する「オムニチャネル」を推進中でしたが、この戦略を良しとしない抵抗勢力をいかに巻き込むかにも取り組んでいました。特別な対処法ではないものの、彼らの意見や要望を徹底的に聞き、打開策を模索するようにしました。さらにオムニチャネルを推進することで、業務がこう変わるといった未来の姿も分かりやすく説明しました。こうした姿勢が奏功したのか、双方が同じビジョンを見据えて取り組めるようになったのです。 岸良:抵抗勢力の理解を得て味方にする、まさに変革人材が備えるべき能力と言えますね。私も抵抗する相手を理解する姿勢が大切だと考えます。  この図は、「変える」と「変えない」の対立を示したものです。
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 「変えない」と主張する人は、「安全を確保する」という要望を持っています。「変える」ってリスクを伴いますよね。できれば避けたいと思うのは人のサガじゃないでしょうか。  一方、「変える」と主張する人は、「チャレンジする」という要望を持っています。変化し続けないと生き残れない競争の激しい業界では、欠かせない考えです。  さらに、「変える」「変えない」と主張する双方が対立する場合でも共通目標があります。図の一番左端のボックスにある「幸せでいる」です。  ここで、「変えない」と主張する相手の要望を考えてみましょう。例えば、何十メートルもある橋げたの上で思いっきりジャンプしろと言われたら、怖くてジャンプできないと思いませんか。つまり、抵抗する相手の“主張”ではなく“要望”に目を向けると、決して理不尽なことを言っていないことが分かります。相手は「変える」ことのリスクを恐れているわけです。しかし、そのリスクはまだ起きていません。であるなら、想定するリスクを相手から教えてもらい、実際に起きる前に解消すればいいのです。相手は、現場の現実を知っているからこそリスクを感じているのです。ならば、その解消策も一緒に考えることができるわけです。現場のことは現場が一番知っているとよく言いますが、時には「変えない」と主張する抵抗勢力が、「こうすればリスクを解消できる」とアイデアを出してくれることもしばしばあるのです。  「変える」ことのリスクを解消できれば、上手く行かない理由ってなくなりますよね。つまり、上手く行く確率を格段に高められるのです。「変えない」と主張する人は現場を熟知しリスクを感じており、リスクをわざわざ教えてくれる存在です。こうした人たちを抵抗勢力と捉えるべきでしょうか。抵抗勢力は実際のところ、変革に対するリスクを解消する強力な応援勢力になってくれるのです。  こうした対立を解消する方法は、イスラエルの物理学者であるゴールドラット博士が開発したものです。鈴木さんの愛読書である「ザ・ゴール2」の中に「クラウド」という名前で紹介されています。「クラウド」と言っても情報システムのクラウドではなく、雲がかかってもやもやしている状態を解消することを示しています。正確には「Evaporating Cloud」(蒸発する雲)、つまり「もやもやスッキリ!」させる方法論です。鈴木さんもご存じのように、4歳の子どもから実践できるほど、やさしくシンプルな方法で、変革に対する抵抗に悩む人には必須の手法だと思います。詳しくは、YouTubeでも解説していますので参考にしてください。
【参考動画】「変われ!」といっても変わらないのはなぜか? (クラウド・変化の四象限)
鈴木:これまでにない新たな取り組みを変革と言うなら、そこには必ず抵抗があります。言い換えれば「不安」が潜んでいるわけです。この不安を払拭できるかがカギで、払拭するための取り組みを主導する人こそ変革人材と言えますね。 岸良:変えたくないと考える人の不安を払拭できれば、抵抗勢力から「応援勢力」にできるわけですね。そんな味方へと変える力、変革人材には絶対必要なスキルだと思います。  一般的に成功者と呼ばれる人は、不安や懸念事項を事前に徹底的に洗い出し、解消に向けて取り組んでいると言います。これにより成功確率を高めているわけですね。もし懸念事項に向き合わず強引に進めたら、当然失敗しますよね。不安や懸念を一緒になって解消しようと取り組み姿勢を示すことが変革人材には必要でしょう。  なお、サプライチェーンによる過剰在庫や欠品といった課題解消に変革人材が必要ではあるものの、では具体的な解消策はどうすればよいのか。中にはAIによる需要予測システムを導入し、緻密な生産計画を練ろうとするケースもあります。しかし、これまでうまくいったケースを見たことがありません。在庫を適正化し、サプライチェーンを全体最適化するには何が必要か。この続きは次回、お届けしたいと思います。
岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

1959年生まれ。ゴールドラットジャパンCEO。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory of Constraints:制約理論)をあらゆる産業界、行政改革で実践。活動成果の1つとして発表された「三方良しの公共事業改革」はゴールドラット博士の絶賛を浴び、2007年4月に国策として正式に採用された。成果の数々は国際的に高い評価を得て、活動の舞台を日本のみならず世界中に広げている。2008年4月、ゴールドラット博士に請われてゴールドラットコンサルティング(現ゴールドラット)ディレクターに就任し、日本代表となる。
鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一...

鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一般社団法人日本オムニチャネル協会 会長

1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。1996年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。 1999年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役社長就任。 2006年セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。2014年セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。 グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。2015年同社取締役執行役員CIO就任。 2016年同社を退社し、2017年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。 デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会会長、学校法人電子学園 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授を兼任。
DXマガジン編集部編集後記
 岸良氏が指摘した通り、サプライチェーン改革の取り組みは難しく、小売業や製造業が長きに渡って向き合ってきた課題です。もし改革を成功へと導くことができれば。主導した人は紛れもなく変革人材です。  変革後の姿は企業ごとに異なるため、具体的に求められるスキルや知識は業種や事業内容などにより異なります。必要なスキルを一様に並べるのは難しいものの、岸良氏と鈴木氏が主張する、抵抗勢力を巻き込む交渉力は不可欠な能力だと感じました。必ずしも特別なスキルではないものの、交渉力がなければDXは進まないと思います。DX推進プロジェクトがIT導入プロジェクトと大きく異なるのは、主導者の交渉力の有無なのかもしれません。  次回はいよいよ、小売業の在庫を適正化する方法について考えます。過剰在庫や欠品を同時に解消する魔法のような一手を、岸良氏と鈴木氏に提案してもらいます。乞うご期待!

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