企業や組織、システムなどの最適な状態をあらわす「全体最適」。今、その必要性がより叫ばれるようになっています。目指すためには何が必要か。全体最適のマネジメント理論「TOC(Theory Of Constraints)」に精通するゴールドラット・ジャパンCEOの岸良裕司氏、A and Live代表取締役(ジャパネットたかた創業者)の髙田明氏、デジタルシフトウェーブ代表取締役社長で日本オムニチャネル協会会長の鈴木康弘氏が、必要な施策や経営者が備えるべき心構えを議論します。
今を大切に、目の前のことに取り組むべき
私が博士の著書に出会ったのは2000年のころでした。TOCの実践的な考え方に感銘し、「ザ・ゴール」「ザ・ゴール2」と次々に読破していきましたね。独学でTOCを学び、実務で活かしてきました。
髙田:私も一番感銘した本を聞かれたら、真っ先に博士の著書を挙げますね。中でも「チェンジ・ザ・ルール」は何度も読み直すほど、その内容に没頭しました。「ザ・ゴール」や「ザ・チョイス」「ザ・クリスタルボール」など、博士の著書で多くを学ばせてもらいました。
鈴木:さて、通販事業を展開されるジャパネットたかたさん。もともとはカメラ店だったと聞きます。まさに「チェンジ・ザ・ルール」ですよね。業態展開を図ろうと思ったきっかけがあったのでしょうか。
髙田:業態を変えてきたという意識は私にはありません。事業を成長させる上で大切にしてきたのは、「今」ある姿を見極めること。カメラのチェーン店を将来どう展開しようとか通販事業に打って出ようとかを考える前に、今進めている事業を前提にゴールを模索し、実践することが重要だと考えていました。すなわち、あくまでも「今」を前提に、「こうしよう」「ああしよう」と常に考え続けるのが面白い。そう思って取り組み続けた結果が、現在の事業に結実したと思います。
アイデアや方向性も、「今」という瞬間があってこそです。今と切り離して未来を考えるのではなく、「今」を起点に物事を俯瞰することで、部分最適を解消し、全体最適を目指していくのが大事ということではないでしょうか。
岸良:目の前のことにきちんと取り組む。髙田さんの「今」という言葉には、まさにこうした姿勢を感じ取れます。地に足をつけず、先のことばかり考えても何も成し得ません。セブン&アイホールディングス創業者である鈴木敏文氏にも同じ姿勢を感じます。
デジタルの効果を最大化するにはルールが重要
髙田:そもそも、解消すべきかさえ分からないケースが多いのではないでしょうか。いくら周囲がアドバイスしても、経営者や現場の担当者が必要性を実感しなければ根本的な改善にはつながりません。「何が悪いのか」「そもそも今の状況は悪いのか」。こうした問題意識を持ち、自分で解決策を模索する姿勢が大切だと思います。
岸良:同感です。周囲が解決策を教えても解決にはなりません。むしろ施策は失敗するだけです。大切なのは問題意識を持つこと、さらに人の成長です。自社が抱えるボトルネックを解消し、全体最適へと突き進むには従業員の成長が不可欠です。企業は積極的にトランスフォーメーションできる「X(変革)人材」の育成に取り組むべきです。
髙田:とはいえ、育成に十分な予算と時間を投じられない中小企業はどうすべきか。解決策のみを提示するのではなく、中小企業を支援する仕組みが必要ではないでしょうか。停滞し続ける日本経済を活性化するには、強い中小企業が不可欠です。中には「ザ・ゴール」で学び、豊かな発想力を備えた経営者もいらっしゃるでしょう。中小企業による全体最適こそ、日本に求められていると感じますね。
岸良:今までの経験から中小企業で働く方々は優秀な印象があります。働くことが会社の利益に直結している。中小企業のそんな特性が実直さを生み出しているのかもしれません。TOC理論は国内では大企業中心に導入されていますが、海外では中小企業の事例の方が多いんです。多くの部署が関わって仕事を進める大企業より、仕事のつながりがシンプルな中小企業の環境が、従業員の成長を後押しするからです。大企業にはないこうした風土が、全体最適を全社一丸で推し進めると考えます。そうした企業が目覚ましい成果を出し、中小企業から大企業へ成長する事例も少なくありません。部分最適から脱却できるかどうかに企業規模は関係ない。「ザ・ゴール」でも指摘していますね。
鈴木:中小企業の制約解消の一助となるのがデジタルです。特に最近はDXが叫ばれるようになり、デジタルを駆使して効率性を高める中小企業も増えました。クラウドなどのITツールを徹底活用すれば制約を解消できる。そう考える企業が目立ちますね。
ただし大切なのは、デジタルは単なる手段だということ。例えばクラウドサービスを導入するだけでは何の問題解決にもなりません。デジタルを駆使してどんな問題を解決するのか。どんな効果を上げるのか。こうした目的を明確にしなければ導入効果を最大化できません。
さらにデジタルを活用する上で見逃してならないのが「ルール」です。旧来のルールのもとでITツールを運用しても十分な効果を見込めません。ルールが足かせになりかねないのです。例えば、紙の書類を電子化したのに印刷して押印が必要。これは、ルールが足かせとなる典型例です。業務フローが変われば、それに伴うルールも変更しなければ意味がありません。ITツールの導入効果を最大化するためにもルールを見直すべきです。
髙田:ルールづくりこそ部分最適であってはなりません。従業員が遵守するルールがもし間違えていたら、ITツールによる課題解決以前に傷口が広がってしまうからです。
岸良:個別の部署をヒアリングするルールづくりは危険です。まさに部分最適に陥りかねません。悪ければ見直す。ルールは固定ではなく、状況に応じて変わっていくもの。こうした捉え方も必要です。最近はゲームチェンジャーという言葉を頻繁に聞くようになりました。こう呼ばれる企業はなぜ強いのか。それは業界のこれまでのルールを変えてきたからです。「ルールはこうだ」という固定観念を打破することこそ、儲けを生むわけです。
鈴木:その意味で言うと、ジャパネットたかたさんはまさにゲームチェンジャーですよね。収録用のスタジオといえばテレビ局、ないしは東京にあるべき。そんな考え方を打ち破り、拠点を構える長崎県に自前のスタジオを用意していますよね。テレビショッピングという販売形態も、商品を直接見て購入するというこれまでの常識を大きく変えています。これまでのルールを変えてきた企業って強いですよね。
髙田:その時々で「今」を俯瞰し、「こうしよう」「ああしよう」と必死に考えてボトルネックを突破していったら、結果的にそうなっただけです。決してゲームチェンジャーになろうとしたわけではないんです。「人生はボトルネック」を探す旅、私はこんな風に思っています。なぜなら、ボトルネックを解消することが自分自身の成長と事業の成長につながるのですから。
岸良:セブン-イレブンもこれまでの小売という固定観念を打ち破り続けてきた。まさにゲームチェンジャーですよね。
鈴木:セブン-イレブンの場合も、自らルールを変えようと取り組んだわけではありません。店舗を訪れるお客さんを常に見て、そのニーズに応えようとする姿勢を一貫してきた結果、ルールを変えないといけなくなった。この表現が適切かもしれません。
共創・協力なしに全体最適は成し得ない
岸良:メーカーは小売事業者や卸売事業者に対し、「まとめて仕入れてくれれば安くしますよ」と大量の商品を一括で販売しようとします。小売/卸売の担当者も「まとめて買えば1個当たりの仕入れ単価を安くできる」と、メーカーの話に乗ってしまします。しかしこれこそ部分最適の際たる例です。コストを抑えて大量の商品を仕入れたものの、倉庫は在庫で溢れるし、店頭では在庫処分や割引価格で提供せざるを得なくなります。サプライチェーンを俯瞰し、本当に必要なのか。何個仕入れれば最適なのかといった視点を見失わないことが全体最適に進む一歩となるのです。そのためには例えば、小売事業者とメーカーが販売実績や在庫状況を共有し、どのタイミングで商品を何個仕入れるべきかなどを調整できる協力体制を構築すべきです。
鈴木:私は企業のDXを支援するコンサルティングに従事する一方、一般社団法人日本オムニチャネル協会の会長を務めています。この協会では、業界や企業、組織などのあらゆる壁を取り払うことの必要性を訴求し続けています。こうした壁を取り払うことが全体最適につながるのです。
髙田:リアル店舗とECサイトを融合する「オムニチャネル」に留まらず、さまざまな壁を取り払うことが「オムニチャネル」の本質なのですね。さらにその結果、最終的には企業の利益につながるわけですね。
鈴木:その通りです。店舗とECの壁を取り払うだけではなく、企業規模、年代、地域など、あらゆる壁を取り払う。これにより共創が促進し、全体最適に突き進む風土が醸成されると信じています。
岸良:よくあるのが、メーカーは小売のせいにし、小売はメーカーのせいにする。そんな対立関係です。すぐ相手のせいにし、いつまで経っても言い訳ばかり。これでは全体最適はおろか、サプライチェーンさえぐらつきかねません。鈴木さんが会長を務める日本オムニチャネル協会はこうした対立をなくし、建設的なコミュニケーションを取るための場を提供するわけですね。
髙田:壁を壊すってとても難しいこと。企業の中には壊せないことが課題になるケースもあるでしょう。しかしそれでも、真剣に取り組まなければなりません。サプライチェーンを構築するすべての企業を巻き込まなければ成し得ないのが全体最適です。目指すなら、どんなに困難でも壁を取り払わなければなりませんね。
人間力がより求められる時代に
岸良:デジタルが浸透すればするほど、人らしさや人としての魅力がより際立つように感じます。DX時代だからこそ、人間力が強く求められるようになるのだと思いますね。
髙田:人間力を磨けば磨くほど、イノベーションの成功確率も高まるし、全体最適に向けた取り組みだって成功に大きく前進するでしょう。ただ、人って成功体験を積み重ねると自信が過信に変わり、いずれは傲慢になる。常に備えるべきは謙虚であり誠実です。これらを決して見失わないことが人としての魅力をより引き上げると思いますね。
岸良:ジャパネットたかたのテレビショッピングでは、番組のMCが目の前にお客さんがいなくても親しみやすさを感じるし、直接対話しているように感じます。髙田さんもテレビショッピングを通じ、人間力を磨かれたのかなと思います。
髙田:目の前にお客さんがいなくても、相手とコミュニケーションを取ろうとする気持ちを常に持ち続けていました。いくら目の前に誰もいないからといって、自分の世界に入り込むのは好ましくありません。あくまで相手がいることを忘れずに、自分を表現しなければ気持ちは届かないのではないでしょうか。
伝える側の仕草や表情、一挙手一投足を視聴者はすべて見ています。間のとり方やわずかな所作も見られています。MCの人間性は視聴者に筒抜けではないでしょうか。もちろん人間性を隠せとは言いません。むしろ自分がどんな人なのかをもっと前面に打ち出すべきです。こうした姿勢が画面越しの視聴者との距離を縮め、テレビショッピングという事業を成功させる要因の1つになっていると考えます。継続することで人間力も磨かれ、さらに信頼も得られるようになると思いますね。
鈴木:話は尽きませんが、本日はこのへんで。髙田さんの事業に対する思い、大切にしていることなど、大変参考になり、勉強させていただきました。岸良さんの全体最適に必要な視点も、今後に活かしたいと思います。お二方、本日はありがとうございました。
髙田:私もお二人の考えを聞けて有意義な時間を過ごすことができました。大変感謝しています。ありがとうございました。
岸良:全体最適を進める上で必要な見方、考え方。ゴールドラット博士の著書を読み込まれたお二人の視点が目新しく、勉強になることばかりでした。本日はありがとうございました。