2026年5月20日に開催されたDXKセミナーでは、日本オムニチャネル協会理事の逸見光次郎氏をゲストに迎え、「日本の流通ビジネスはアメリカではなくイギリスに学べ」をテーマに講演が行われました。イギリス現地視察の最新レポートをもとに、EC化率30%を超える英国小売業界の実態や、オムニチャネル戦略の進化、日本企業が学ぶべきポイントについて解説されました。
日本とよく似た市場環境で進化するイギリス流通業
小売業の先進事例というとアメリカに注目が集まりがちですが、逸見氏は「島国であり人口構造や市場環境が近いイギリスこそ、日本企業が参考にすべき存在ではないか」と指摘しました。イギリスはブレグジットやコロナ禍、エネルギー価格高騰など複数の危機を経験しながらも、小売業界ではDXとEC活用が大きく進展しています。特にEC化率は約30%に達しており、日本の約10%を大きく上回る水準です。その背景には、単なるオンライン販売の拡大ではなく、店舗とデジタルを一体化したオムニチャネル戦略の浸透があります。

イギリスで当たり前になった「クリック&コレクト」
講演の中で繰り返し取り上げられたキーワードが「Click & Collect(クリック&コレクト)」です。これはECで注文した商品を店舗で受け取る仕組みであり、イギリスでは標準的なサービスとして定着しています。利用者は自宅配送だけでなく、自宅や職場近くの店舗で商品を受け取ることができます。さらに返品受付も店舗で対応できるため、高い利便性を実現しています。イギリスでは宅配時間の精度が日本ほど高くないこともあり、顧客自身が受け取り場所を選択できるクリック&コレクトが広く支持されています。その結果、店舗は単なる販売拠点ではなく、物流・受け取り・返品の拠点としての役割も担うようになりました。
逸見氏は、「ECと店舗を競合させるのではなく、一体として運営する発想が重要です」と語りました。
ディスカウント業態と会員データ活用が競争力を支える
イギリス小売市場では近年、ドイツ発のディスカウントチェーンであるALDI(アルディ)やLidl(リドル)が急成長しています。徹底したオペレーション効率化とプライベートブランド戦略によって、従来の市場構造を変えつつあります。一方で大手小売企業は、会員データを活用したマーケティングを強化しています。会員限定価格やパーソナライズされた販促施策を積極的に展開し、単なる価格競争ではない顧客理解をベースとした競争力を構築しています。
セインズベリーとアルゴスが実現したオムニチャネル改革
講演では、大手食品スーパーのセインズベリーとカタログ通販企業アルゴスの事例も紹介されました。アルゴスは2012年から大規模なデジタル化を進め、紙カタログ中心のビジネスモデルから脱却しました。店舗在庫とEC在庫を一元管理し、店舗受け取りを前提とした仕組みを構築したことで、注文から短時間で商品を受け取れる体制を実現しています。
さらにセインズベリー店舗内にアルゴスを併設することで、食品と非食品を効率的に組み合わせた新たな店舗モデルを展開しています。これは「店舗を減らすDX」ではなく、「店舗の役割を再定義するDX」の好例といえるでしょう。
日本企業が学ぶべきは「EC」ではなく「店舗の再定義」
今回の講演で印象的だったのは、イギリス企業がEC化率の向上そのものを目的としていない点です。セインズベリーとアルゴスの事例では、店舗を単なる販売の場ではなく、受取拠点・返品拠点・在庫拠点として再設計していました。またジョンルイスでは、店舗で商品を探すのではなく、ECで注文した商品を受け取り、その空いた時間で新たな買い物体験を提供する場へと変化しています。
日本では依然として「ECと店舗をどう両立させるか」という議論が中心ですが、イギリスではすでに「店舗をどう活用するか」という次のステージに進んでいます。背景には、人手不足や物流コスト上昇、消費者行動の変化といった、日本がこれから本格的に直面する課題があります。だからこそ逸見氏は、「アメリカではなくイギリスに学べ」と語ったのではないでしょうか。EC化率30%という数字だけを見ると日本との差は大きく見えます。しかし本質的な違いは、デジタル化そのものではなく、店舗・物流・顧客データを一体で設計し直したことにあります。
今回の講演は、日本の流通業が目指すべき次の10年を考える上で、多くの示唆を与える内容となりました。
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