DX推進のカギを握る「人材育成」。多くの企業が育成に乗り出すも、DX成功に必ずしも結びつけられずにいます。企業が取り組む人材育成の何が間違っているのか。日本の小売業のDXに精通するデジタルシフトウェーブ 代表取締役社長の鈴木康弘氏(元セブン&アイ・ホールディングス CIO)と、全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraints)を駆使し、グローバルにDXの最前線で活躍するゴールドラット・ジャパンCEOの岸良裕司氏が人材育成の本質を議論します。
全体最適によるサプライチェーン改革を主導する人材を
岸良:その通りです。サプライチェーンの良し悪しは、会社が儲ける力の良し悪しそのものです。儲けるための会社の足腰とも言えます。それゆえ経営にとってはもっとも重要なテーマだし、避けては通れません。しかし、サプライチェーン改革は極めて難度の高いテーマです。なぜなら、サプライチェーンは社内だけに閉じず、メーカーや卸売業者、物流業者、さらには消費者など、いろいろな企業・人が関わるからです。そこでは調達や生産、物流、販売、顧客サポートなどのチェーンがつながってはじめて仕事が成り立つわけです。このときの課題は主に、消費者ニーズに応じた柔軟な生産体制を構築できない、需要予測が外れて倉庫に大量の在庫が余る、売れ筋が欠品して貴重な販売機会を逃す、必要なデータが組織間や企業間で連携していないなどがあります。多くの企業が、こうした山積する課題を経営課題として当然認識しています。しかしそれでも解決できないのは、自社だけで解決できる問題ではないからです。そこで、まず目先のできるところだけ、とりあえずカイゼンに取り組むことになってしまうのです。つまり、調達や生産、販売などのそれぞれの課題を1つずつ解消しようとするケースが目立ちますね。しかし例えばメーカーでは、調達部門が抱える課題を解消すると、そのしわ寄せが生産部門に来ることがあります。調達部門の最大の使命の1つは、仕入れ価格の低減によるコスト削減です。原材料の仕入れ価格を抑えられるので一度に大量購入すれば、調達部門はコストを削減し、使命を果たせたことになります。しかし、変化の激しい時代です。当初の予想が外れて思ったように売れない事態に陥り、生産部門では大幅な減産を迫られることも少なくありません。すると原材料が過剰在庫となり、財務を圧迫します。つまり、部門ごとの課題解消に向けた取り組みは部分最適に過ぎないのです。全体には効果をもたらしません。それどころか会社全体にダメージを与える事態を起こしかねません。サプライチェーンの全体の課題解消につながる全体最適の取り組みを進めなければ意味がありません。
鈴木:小売店で「在庫セール」や「特別価格で提供」などのチラシを見ることって多いですよね。裏側では、小売店がメーカーから大量の商品を仕入れ、売り捌けなかった商品を安価に販売して在庫を減らそうとしているわけです。メーカーは商品を大量に売って儲かるが、小売は過剰在庫を売り捌かなければならず、さらに安売りすることで利益も少ないといった状況に追い込まれるのです。その結果、小売店はメーカーにリベートを要求せざるを得なくなる。小売業もメーカーもLOSE-LOSEの状態になってしまうわけですね。さまざまな企業が関わるサプライチェーンでは、各社がWin-Winになることが望まれます。しかし実際は、自社の都合で他社にしわ寄せが及んでいるのです。
岸良:なぜ部分最適に陥るのでしょうか。理由は簡単です。調達部門は調達に関わる指標、生産部門は生産に関わる指標、販売部門は販売に関わる指標しか見ていないからです。これらの指標を改善することが自部門の効率化の指標となっているのです。調達部門なら1円でも安く仕入れる、販売部門なら1円でも売上げを上げるといった指標を追い求めているわけです。これまでのサプライチェーンの場合、企業間や部署間のデータ連携が不十分でした。日次はおろかリアルタイムにデータを確認することも難しい環境でした。そのため、それぞれ部署が目の前にあるデータと向き合い、その数値をどう改善するかに注力していたのです。しかし現在のデジタルのパワーを使えば、データの連携はもとより、リアルタイムの状況把握すら可能です。こうした時代であるにも関わらず、旧来の自部門のデータしか眺めない取り組みを続けることに疑問を感じます。変化の激しい時代です。月次や週次のデータに基づく調達や生産計画では、消費者ニーズを追随できません。大切なのは、旧来のやり方やルールに固執しないこと。旧来のやり方やルールは、自部署のデータしか見ることができないという限界に則して作られています。全体の仕事の流れや滞留状況がリアルタイムに見えるという現在の前提に合わせて仕事のやり方やルールも変えるべきなんです。やり方やルールを変えなければ、すばらしいIT技術をいくら使っても成果を見込めるはずありません。個別最適のルールから、全体最適のルールに変える変革(X)が、目覚ましい成果を出すキモとなるわけです。
抵抗勢力を応援勢力に変えるには?
鈴木:私もセブン&アイ ホールディングでCIOを務めていたとき、抵抗勢力と呼ばれる人たちとの向き合い方に苦労しました。当時は店舗とネットを融合する「オムニチャネル」を推進中でしたが、この戦略を良しとしない抵抗勢力をいかに巻き込むかにも取り組んでいました。特別な対処法ではないものの、彼らの意見や要望を徹底的に聞き、打開策を模索するようにしました。さらにオムニチャネルを推進することで、業務がこう変わるといった未来の姿も分かりやすく説明しました。こうした姿勢が奏功したのか、双方が同じビジョンを見据えて取り組めるようになったのです。
岸良:抵抗勢力の理解を得て味方にする、まさに変革人材が備えるべき能力と言えますね。私も抵抗する相手を理解する姿勢が大切だと考えます。 この図は、「変える」と「変えない」の対立を示したものです。
岸良:変えたくないと考える人の不安を払拭できれば、抵抗勢力から「応援勢力」にできるわけですね。そんな味方へと変える力、変革人材には絶対必要なスキルだと思います。一般的に成功者と呼ばれる人は、不安や懸念事項を事前に徹底的に洗い出し、解消に向けて取り組んでいると言います。これにより成功確率を高めているわけですね。もし懸念事項に向き合わず強引に進めたら、当然失敗しますよね。不安や懸念を一緒になって解消しようと取り組み姿勢を示すことが変革人材には必要でしょう。なお、サプライチェーンによる過剰在庫や欠品といった課題解消に変革人材が必要ではあるものの、では具体的な解消策はどうすればよいのか。中にはAIによる需要予測システムを導入し、緻密な生産計画を練ろうとするケースもあります。しかし、これまでうまくいったケースを見たことがありません。在庫を適正化し、サプライチェーンを全体最適化するには何が必要か。この続きは次回、お届けしたいと思います。
岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO
鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一般社団法人日本オムニチャネル協会 会長
DXマガジン編集部編集後記

























