VUCA時代に突入した今、企業にとって重要性が増しつつある「SCM(サプライチェーンマネジメント)」。予測困難な状況でも需給をどう調整すべきか。製販をどう結び付けるべきか。さらにはAIにかける期待とは…。ここでは、SCMにおける標準的な知見と、データサイエンスを駆使した現場改革の取り組み事例などを全8回に分けて解説します。
ビジネスで重要性を増すSCM
はじめまして。私は山口雄大と申します。
筆者は10年以上、化粧品の需要予測[1]を担ってきた中で、日常的な競合ブランドとのシェア争いだけでなく、消費増税、訪日外国人数の急増、COVID-19によるパンデミックなどによる大きな環境変化の影響を受けた需要変動を目の当たりにしてきました。一方、AIがディープラーニングの登場などによって再び脚光を浴び、実務活用が広がる中で、いち早く需要予測に取り入れ[2]、直近ではテクノロジーベンダーへ移籍してデータサイエンティストとともにさまざまな業界のサプライチェーン分析に関わっています。
そうしたビジネス経験の中で、SCMが生み出す競争力の有効性を感じています。SCMとは、企業が扱う製品やサービス(商品)を顧客に提供していく流れを、各所からの情報に基づいて適切に制御するという概念です。商品を顧客が必要とするタイミングに提供するためには、原材料や部品、資材、スタッフなどを事前に準備し、配置しておく必要があります。いつ、どこで、何が、どれくらい必要とされるかを分析する需要予測に基づき、調達、生産、物流という機能を適切に制御できれば、顧客の購買体験の価値を向上させることができ、これが競争力を生み出すのです。このためには企業間のパートナーシップも重要であり、ダイナミックな機能です。
SCMの仕事は人気がない
しかし、メーカーにおける商品開発やマーケティング、コンサルティング、ファイナンスなどと比べると、日本ではSCMの認知度は低く、人気があるとは言えません。実際、 筆者はいくつかの大学でSCMの講義を担当してきましたが、講義の開始時点でSCMの認知度は低く、また社会に出てからSCMを担ってみたいという学生は、経営学部でもほとんどいません。
それでも、1回のゲスト講義でも、全15回の講義でも、SCMの役割や最前線の事例を解説すればその魅力は伝わります。筆者が需要予測ギークというのもありますが、熱量は伝わるもので、青山学院大学では次のような心境の変化がありました。
テスト期間中の任意アンケートだったため、回答者数は受講者の1/3程度でしたが、それでもSCMへの興味がないままだった学生は一人もいなく、半数以上が社会に出て、SCMに関わりたいと思うようになってくれました。そして全員が、SCMへの興味を持ちました。
さらに興味深いのは、就職活動でSCMに関わりたいと志望した学生は、非常に多くの内定をもらえたことです。つまり、まだ日本では大学でSCMを学ぶ学生は希少価値が高く、一方で企業としてはそうした人材を欲している、SCMの重要性を感じ始めていると言えるのです。
需給バランスと価格設定
それでは、SCMはどのように競争力を生み出すのか、ここでは簡単な事例を一つ紹介したいと思います。それは、価格設定です。
売上、利益を確保していくためには値付けが重要ですが、これは以下の3つの考え方を組み合わせて実施します。
① コストベース
② 競合ベース
③ 価値ベース
コストベースというのは、ある商品を顧客に提供するのにどれくらいのコストがかかったかを基に考えるものであり、確保したい利益を乗せます。ただし、市場には同様の機能を持つ商品がある場合が多く、それら競合の価格を考慮しなければ売れません。
また、商品が提供できる価値に関連して、顧客がいくらまでなら支払うかを考慮できると、確保できる利益を増やすことが可能です。しかし、これを見極めるのは簡単ではありません。 この顧客が感じる価値に影響するのが需要と供給のバランスです。わかりやすい例が、ホテルやテーマパーク、飛行機などの料金です。お盆や年末年始など、需要が増え、供給が逼迫する時期は値段が上がります。つまり、こうした需給バランスから、価値ベースの価格設定を考えることができるのです。
AIによる価格設定にも人的判断が必須
需給バランスを踏まえ、動的に販売価格を変更していく方法はダイナミックプライシングと呼ばれ、AIによっていくつかの業界で実現され始めています。例えばテーマパークにおけるダイナミックプライシングは、価格によって繁閑差を抑え、企業側のオペレーションの効率性、利益率の向上だけでなく、利用者の満足度も高めると考えられています。
しかし、ダイナミックプライシングは自社の利益だけを考慮して行うと炎上するリスクがあり[3]、利益の最大化やコストの最小化だけでなく、倫理的な観点も踏まえた責任ある意思決定が必須になります。 ラモン・リュイ大学ESADEビジネススクールの教授らによると、顧客に嫌がられないダイナミックプライシングのポイントとして次の図の4つが挙げられています[4]。
ここで挙げられているポイントで重要なのは顧客側にも選択肢があることであり、これを考えるためには、企業側には需要と供給の知識、つまりはSCMに関する知識が要求されます。
本稿で挙げた需給バランスを踏まえた価格設定だけでなく、ビジネスのさまざまな場面において、AIやデータサイエンスの活用が始まっています。そこではダイナミックプライシング同様に、責任ある人的判断が必要です。この判断を的確に行うためには、SCMといった業務知見が重要になるのです。
本連載ではこれから、SCMのさまざまな機能や事例を取り上げ、その意思決定がデータサイエンスでどう進化し始めているかを解説していきます。SCMは製造業や小売業だけでなく、サービス業や商社、卸売業、物流業など、さまざまな業界で競争力の源泉となります。ぜひこのコラムから、SCMという仕事の魅力を感じていただければと思います。
著者プロフィール
山口 雄大 (やまぐち ゆうだい)
青山学院大学グローバル・ビジネス研究所研究員、NEC需要予測エヴァンジェリスト。化粧品メーカーのデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師(SCM)を経て現職。他、JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師や企業の需要予測アドバイザーなどを担い、さまざまな大学でSCMの講義も実施している。Journal of Business Forecastingなどで研究論文を発表。需要予測やSCMをテーマとした著書多数。
著書
『サプライチェーンの計画と分析』(日本実業出版社)
『すごい需要予測』(PHPビジネス新書)
『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)
『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)
など著書多数。
需給インテリジェンスで意思決定を進化させる サプライチェーンの計画と分析
出版社:日本実業出版社
発売:2024年8月23日
<内容紹介>
本書は、サプライチェーンマネジメント(SCM)とデータサイエンスの融合に焦点を当て、「需給インテリジェンス」の重要性を解説します。著者は、グローバル企業での実務と大学での教育を通じて得た知見を基に、需給情報の収集・分析の手法を紹介。市場のグローバル化や不確実性が増す中で、データドリブンな需要予測が企業の競争力向上に不可欠であると強調しています。各項目の難易度を5段階で示し、実務家や経営者向けに実用的な内容を提供することを目的とした入門書でもあります。
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