キリンビール株式会社で営業や組織マネジメントに携わり、首都圏統括本部長などを歴任してきた後、現在は株式会社EN・Tsumuguの代表取締役として企業の組織づくりや人材育成の支援に取り組む臺幸好氏。現場での営業経験から大規模組織のマネジメントまで、長年にわたり多様な組織と向き合ってきました。今回は、臺氏のキャリアの軌跡を辿りながら、組織変革を支えるリーダーシップの考え方、そしてAI時代においてますます重要になる人と人とのコミュニケーションの価値について迫ります。
――これまでのご経歴を教えてください。
臺:大学卒業後、キリンビール株式会社に入社しました。最初、総務に配属された後、酒販店向けの営業を担当することになりました。営業では単に商品を売るのではなく、お取引先様の話を聞きながら「どうすれば売上が上がるのか」を一緒に考えることを大切にしていました。
例えば、当時は今のような缶ビールのパック商品がありませんでしたので自分でカゴを買ってきて6缶を詰め合わせ、レジ横に置いて販売する方法を提案したこともあります。小さな工夫ですが、売上につながることを実感しました。
また、酒販店の経営者の方々と深く議論するためには、経営の数字を理解する必要があると感じました。そこで独学で簿記1級を取得し、経営課題の相談にも乗るようになりました。
――営業の経験が、現在の組織づくりの考え方にもつながっているのでしょうか。
臺:そうですね。もう一つ大きな原点になっているのが、学生時代に打ち込んだラグビーの経験です。
高校・大学とラグビーに打ち込み、早稲田大学ラグビー蹴球部で活動しました。ラグビーは15人がそれぞれポジションごとに役割が違いますので、ひとり一人が力をつけ、そしてチームとしてその力を結集していくことが勝つために必要です。また、試合に出る人だけでなく、試合に出場できない部員も含めて全員で戦うのがワセダラグビーです。
さらに、ワセダラグビーでは、常に「大学日本一」という目標をブラさずにチームをつくっていくということを体感しました。この経験が、私の組織観の基盤になっています。

「場づくり」と「責任」組織を動かす要素
――様々な組織を率いてこられた中で、「企業変革を進めるうえで大切だと感じていること」は何でしょうか。
臺:重要なのは、自発的な行動を促すための「場づくり」と、トップが「責任を取り、メンバーの背中を押す姿勢」を示すことです。
私が40代半ばで栃木支社長に就任した際、組織は量販企業担当の流通部、業務用酒販店担当の営業部、店頭MDの3部門に分かれていましたが、部門間のコミュニケーションがほとんどなく、組織はバラバラの状態でした。
そこでまず、有志でのレクリエーションから始め、徐々にワークショップを開くようにしました。その際、「相手の意見を否定せず最後まで聴く」「自分と違う意見でもまず受け入れる」というルールを設けることで、社員が自由に議論できる環境づくりを進めました。

――その取り組みの中で、特に印象に残っている出来事はありますか。
臺:ちょうどその頃、地元のシンボルでもあった栃木工場が、会社の中期経営計画で閉鎖されることになりました。普通なら逆風ですが、私はこれを「いいお題をもらった!チャンスだ!」と捉え、「私たちの使命は何なのか?私たちは何のために仕事をしているのか?」を全員で議論しました。
その結果、工場がなくなっても『栃木のお客様に感謝を伝え、うれしいを提供し、「やっぱり栃木はキリンだね!」と言われ続けている。』というチームビジョンを定めました。
そこからは、現場メンバーがアイデアを出し合って、自発的なさまざまな取り組みが始まりました。スーパーでは目立つ売り場づくりに挑戦し、飲食店向けにはJAとちぎ様と宇都宮カクテル倶楽部様と提携して開発した「とちおとめカクテル」などを活用した活動を進めました。私自身も広報活動に力を入れ、メディアへの情報発信やラジオ出演などを通じて地域へのPRに取り組みました。
「何が正解かわからないからとにかくやってみよう!」と全員で挑戦を続けた結果、シェアを大きく伸ばし、社長賞をいただくことができました。
実はこの社長賞の賞金でお祝いをしようとしていた矢先、2011年3月に東日本大震災が発生しました。栃木も震度6強の被害を受けましたが、そのときメンバーから「この賞は栃木のお客様から私たちの活動を評価していただいた結果もらえたものだから」という声が上がり、賞金はすべて県や被災された取引先への寄付や支援に充てることになりました。
――その経験は、その後の組織マネジメントにも活きているのでしょうか。
臺:はい。企業変革では、10回の成功の裏に100回の挑戦があります。だからこそ、失敗を恐れず挑戦できる環境をつくることが大切です。そのためには「うまくいかなかったら上司が責任を取る」という姿勢をトップが示す必要があります。
その後、首都圏で約600人規模の組織を率いた際にも、この考え方を実践しました。トップの思いが現場に届くまでに薄まってしまうという課題に対し、組織の要となる約70人のミドルマネージャーを集めてワークショップを行い、対話をし合い、みんなでビジョンを策定し、共有しました。さらにそのビジョンを浸透させるために毎週メルマガを配信し、ビジョンに沿った現場の良い行動事例を実名で紹介することで、組織全体の意識を揃えていきました。
「縁」を紡ぎ、人をつなぐ会社へ
――現在の会社名「EN・Tsumugu」には、どのような思いが込められているのでしょうか。
臺:営業の仕事を通じて学んだのは、モノを売ること以上に、お客様の課題を解決する「お役立ち」が重要だということでした。お客様の悩みを聞いたとき、自分に解決する力がなくても、別の人を紹介することで問題が解決することがあります。人と人がつながることで、新しい価値が生まれることも多いんです。
そうした「縁」がつながり、糸を紡ぐように強固に広がっていく。そんなネットワークをつくりたいという思いを込めて、「EN(縁)」を「Tsumugu(紡ぐ)」という社名にしました。
AI時代だからこそ問われる「人の価値」
――AIなどの技術が進化する中で、企業や組織におけるコミュニケーションの重要性についてはどのように考えていますか。
臺:AIが進化すると、製品そのものの差はますます小さくなっていくと思います。そうなると、「何を買うか」よりも「誰から買うか」「誰が言ったのか」といった、人と人との関係性がより重要になるのではないでしょうか。
一方で、コンプライアンスの強化などによって企業にはさまざまな制約が増えています。その結果、上司と部下の間でミスコミュニケーションが起きるケースも少なくありません。
上司はつい自分の成功体験を基準にして「なぜできないんだ」と言ってしまいがちです。しかし、今と昔では環境も制約も大きく違います。だからこそ、上司はできない理由を責めるのではなく、部下が本来もっている「主体的」「挑戦的」「創造的」「個性的」な力を発揮させて、自ら仕事を楽しむという環境を整え、本音を言える場をつくることが大切だと思います。
――組織のコミュニケーションの土台になるものは何でしょうか。
臺:とてもシンプルなことです。挨拶を交わすこと、そして感謝を伝えることです。
日々の業務の中でも、誰かに助けてもらったら「ありがとう」としっかり伝える。その一言があるだけで相手のモチベーションは高まり、組織の潤滑油になります。技術がどれだけ進化しても、人の心が通うコミュニケーションこそが、組織に残る本質的な価値だと思っています。
【関連リンク】
株式会社EN・Tsumugu
https://en-tsumugu.com/






















