プロジェクトマネジメントを普及・啓発する一般社団法人PMI日本支部。同協会は2023年7月、プロジェクトマネジメントの最新トレンドを学べる「PMI日本フォーラム2023」を開催しました。イベントではプロジェクトマネジメントや組織構築、人材育成の必要性などを訴求する複数のセッションを実施。ここではPMIのプレジデント兼CEOのピエール・ル・マン氏が登壇した基調講演の内容を紹介します。
PMIは、企業や団体のプロジェクト推進を支援する団体。プロジェクトマネジメントを普及・啓発し、世界に向けてその必要性を発信し続けています。PMI日本支部は世界に300拠点以上ある支部の1つ。世界第2位の規模を誇る5700名の会員を擁し、 コミュニティを通じて日本固有の課題解決などに取り組んでいます。多くの企業がDX推進を通じてプロジェクト管理の必要性を認識する中、PMIやPMI日本支部の取り組みへの関心も高まりつつあります。
そんなPMI日本支部が2023年7月8日、プロジェクトマネジメントの最新トレンドを学べる「PMI日本フォーラム2023」を開催しました。基調講演には、PMIのプレジデントでCEOのピエール・ル・マン氏が登壇。DXを推進するために必要なプロジェクトマネジャーの役割について講演しました。デジタル化に追随する組織をどう構築すべきか、不確定要素が多い中でチームをどうまとめるのかなどに言及しました。
同氏は冒頭、プロジェクトを推進する際の注意点をまとめたPMIの年次レポートを紹介。レポートで取り上げる6つのメガトレンドを理解することが大事だと聴衆に訴えました。具体的には「デジタル・ディスラプション」「気候危機」「人口動態の変化」「経済の変化」「労働力不足」「市民運動と平等運動」の6つです。ル・マン氏はこの6つについて、「すべての企業や産業に対し、これらがすべて影響するわけではない。しかし、企業や組織が変革するには、こうした世界的な情勢を踏まえるべきだ。これらの変化に時間をかけて向き合うことが、企業に大きな価値をもたらす」と強調しました。さらに、プロジェクトのリスクや柔軟性を常に考慮しなければならないプロジェクトマネジャーこそ、メガトレンドに追随する視点を持ち合わすべきと指摘します。
写真:基調講演に登壇したPMIのプレジデント兼CEOのピエール・ル・マン氏
では6つのメガトレンドがプロジェクトマネジメントにどう影響するのか。講演ではル・マン氏が、メガトレンドの1つ「デジタル・ディスラプション」の影響について言及しました。
「デジタル・ディスラプション」は一般的に、デジタル化が一気に進んだことによる危険性を示します。AIやロボットが企業に相次ぎ導入され、業務内容や従業員の働き方はここ数年で一気に変わりつつあります。こうした急速な変化によって生じた溝を埋めることの必要性をレポートは提起しています。さらに、変化に追随する体制が企業、引いてはプロジェクトを主導するマネジャーには求められるといいます。一方でル・マン氏は、デジタル・ディスラプションが組織の変革を後押しすると考察します。「新たなテクノロジは企業のイノベーションを加速させる。これは私たちに明るい未来をもたらす。そんな未来を手に入れるためにもプロジェクトマネジャーは、変化し進化し続ける中でもチームをゴールに向けてまとめなければならない。問題を解決するスキルはもとより、アイデアを具現化する能力もより求められるようになる」と指摘します。新たなテクノロジがもたらす未知のリスクに対処する柔軟性も欠かせないと言います。
もっとも新たなテクノロジがどんな影響を及ぼすのかを予測するのは困難です。例えば生成AIが今後、業務にどれだけ影響するのかは今なお読めません。そんな中、米セールスフォースが実施した調査では、シニアITリーダーの67%が今後18カ月以内に生成AIの導入を進めると回答したそうです。さらに回答者の3分の1が、生成AIの導入を最優先事項と捉えています。その一方でシニアITリーダーの多数が、生成AI導入によって何が起こるのか分からないという懸念を抱いているのだと言います。「新たなテクノロジを導入することでリスクに対処しづらくなる。プロジェクトが滞るリスクさえある。こうした状況では、何に向かうのかといったビジョンや指標の重要性が増す。PMIではこうしたビジョンや指標を『North Star(北極星)』と呼ぶ。不確定な要素が多いときほど、North Starをプロジェクトのチームと共有し、団結する取り組みが重要になる」(ル・マン氏)と指摘します。チームで「なぜ、この取り組みをするのか?」などを常に確認するようにし、North Starを見失わないチームをつくることが大切だと続けます。
講演では日本独自の問題にも切り込みます。ル・マン氏は、日本が抱える問題として「2025年の崖」を指摘。これは経済産業省が公表した「DXレポート」の中で使われた言葉で、既存のレガシーシステムがDX推進の足かせになることを示しています。DXレポートでは、2025年以降も既存システムを使い続けることによる経済損失は、年間で最大12兆円に上ると指摘しています。ル・マン氏はこの状況を成長の機会と捉えるべきだと強調します。「多くの企業が『2025年の崖』を課題として解決に取り組んでいる。しかし、この課題に真摯に向き合うことで企業は新たな成長を見込める。日本では高齢化が進んでいる。現金主義の傾向が今なお強い。『2025年の崖』は、これら社会課題に取り組む契機にもなるだろう。その過程で新しいインフラが生まれるかもしれない。高度なセキュリティ環境が構築されるかもしれない。プロジェクトを円滑に進めることで、企業や日本社会の将来は明るいものになるはずだ。そんな日本の未来が楽しみだ」(ル・マン氏)と期待を込めます。
ではプロジェクトを統括し、ゴールに向かってチームをまとめるマネジャーには、どんなスキルや心構えが必要か。ル・マン氏は講演の中で、PMIが果たす役割についても解説しました。「マネジャーには、経営者が描くDXをゴールへ導くスキルや能力が不可欠だ。とはいえ、具体的にどんなスキルや能力が求められるのかを定義するのは難しい。そこでPMIは、プロジェクトマネジメントに求められる能力を持つ人に資格を付与している。こうした資格を基準に、優秀な人材をプロジェクトマネジャーに擁立するのが望ましい」(ル・マン氏)と指摘します。
PMIでは、「プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル(PMP)」と呼ぶ資格制度を実施。これは、プロジェクトをリードする能力を備える人を証明する制度で、プロジェクトマネジメントに関する資格のデファクトスタンダードとして多くの業界から認知されています。PMPを含む資格取得者数は世界で約140万人おり、日本国内のPMP資格取得者だけでも4万4000人を数えます。「PMPを取得する人材は市場価値が高い。DXを成功させる能力を備える人材といっても過言ではないからだ。こうした人材に目を向け、組織やプロジェクトチームを構築するのが有効な手段となるだろう」(ル・マン氏)と言います。
なおPMIでは、プロジェクトマネジメントを進める際に必要となる知識をまとめた「PMBOK」も提供します。「PMPやPMBOKは多くの世界で培ったプロジェクトマネジメントのノウハウを結集している。内容を頻繁に更新し、常に最新事情を踏まえたプロジェクトマネジメントを実践できるのが強みだ。メガトレンドのような変化の激しい時代だからこそ、参考となるノウハウを徹底的に活用すべきだ。プロジェクトを独自のやり方で進めても変化に追随できないし、失敗に終わるだけだ。何が必要か、何に注意すべきかをPMBOKから学び、プロジェクトに反映することが何より重要である」(ル・マン氏)と指摘します。コミュニケーション能力や問題解決能力、協調的なリーダーシップ、戦略的な思考などを、PMBOKを使って身に付けるべきとまとめました。
基調講演を含むPMI日本フォーラムのすべてのセッションは、2023年8月31日までオンデマンド視聴が可能です(有料)。
https://pmi-japan.eventos.tokyo/web/portal/426/event/6667
Project Management Institute
https://www.pmi.org/