トリドールホールディングスで執行役員 CIO兼CTOとしてDXを推進した磯村康典氏。このたび、ヨーク・ホールディングスの執行役員 最高情報責任者(CIO)兼 グループIT統括への就任が決まりました。新たな挑戦を前に、日本オムニチャネル協会会長であり、長年にわたり磯村氏の歩みを見てきた鈴木康弘氏との特別対談が実現。前編では、富士通時代からトリドールでDXを推進するまでのキャリアを振り返りながら、数々の挑戦を通じて培われた変革の哲学や、生成AI時代だからこそ「DXの主役は人」と語る真意に迫ります。
挑戦を通じて視野を広げてきたキャリア
鈴木:磯村さんは現在、トリドールホールディングスで執行役員 CIO兼CTOとしてDXを推進されてきましたが、このたびヨーク・ホールディングスの執行役員 最高情報責任者(CIO)兼 グループIT統括への就任も決まりました。
本日は、これまで歩んでこられたキャリアと、新たなステージへ挑戦する思いについて伺いたいと思います。
磯村:大学卒業後、最初に入社したのが富士通です。入社のきっかけは、戦後の日本のコンピュータ産業を世界水準へ押し上げ、「コンピュータの天才」とも称された富士通の池田敏雄氏の生涯を描いた『IBMを震え上がらせた男』という書籍でした。「日本にもこんなにすごいエンジニアがいるのか」と強く感銘を受け、富士通への入社を決意しました。
鈴木:私もまったく同じ理由で富士通に入社したので、その気持ちはよく分かります。当時は池田氏に憧れて富士通を選んだ人が多かったですね。
磯村:そうですね。入社後は地方自治体向け行政システムの開発に、SEやプロジェクトマネージャーとして携わりました。経験を重ねるにつれ、より大規模な案件も任せていただけるようになり、最後の頃には横浜市交通局のホストコンピュータを活用した基幹システムの開発にも携わりました。
富士通には約7年間在籍し、システム開発の基礎はもちろん、大規模プロジェクトを推進する力や品質に対する考え方など、その後のキャリアの礎となる多くのことを学ばせていただきました。
ちょうどその頃、鈴木さんからお声がけいただき、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)へ参画することになりました。
鈴木:1999年、私がイー・ショッピング・ブックスを立ち上げた頃ですね。当時はEC市場がようやく立ち上がり始めた時代で、とにかくエンジニアが足りませんでした。そんなタイミングで磯村さんに来ていただいたことをよく覚えています。
磯村:富士通での仕事にも一区切りがつき、「何か新しいことに挑戦したい」と考えていたタイミングでした。ソフトバンクグループ全体が勢いに満ち、孫正義氏が「これからはインターネットの時代だ」と力強く発信されていました。その熱気に大きく惹かれましたね。
ECシステムの構築や新規サービスの立ち上げに携わりましたが、今振り返っても本当に刺激的な環境でした。30代の若手にも大きな裁量が与えられ、「まずやってみよう」という文化が根付いていました。偉大な先輩方に囲まれ、何度も失敗を経験し、そのたびに厳しく指導していただきながら必死についていく毎日でした。
あらためて当時を振り返ると、先輩方の熱量や覚悟、そして本気で人を育てようとする姿勢が、現在の自分の土台になっていると感じます。
鈴木:その後はガルフネットやOakキャピタルへと活躍の場を広げ、ITだけでなく営業、さらに経営やファイナンスまで経験されています。
磯村:システム提案を続ける中で、どれだけ優れたIT戦略を提案しても、「予算がない」という理由で実現できない場面に何度も直面しました。「システムだけを理解していても、本質的な課題は解決できない」と痛感し、経営やファイナンスを理解しなければ、本当の意味で企業変革には貢献できない。そう考えて事業投資の世界へ飛び込みました。
投資先企業の経営再建や企業価値向上に携わり、経営者として複数の会社を率いる経験もさせていただきました。このときに培った経営者な視点と投資家の視点は、現在のCIOとしての仕事にも非常に大きく生きています。
鈴木:そこが磯村さんのキャリアの面白いところですね。同じ仕事を繰り返すのではなく、その時々で足りないものを学びにいく。システムだけでない視野を広げてきたからこそ、今の活躍があると感じます。

食の感動体験を追求したトリドールでのDX推進
鈴木:そして2019年、トリドールホールディングスへ参画されました。まず、どのようなことから取り組まれたのでしょうか。
磯村:当時のトリドールは、グローバル企業を目指して急成長していました。一方で、その成長を支える仕組みやシステムは、まだ十分とは言えない状況でした。
ただ、私が最初に着手したのはシステム改革ではなく、まず「この会社はなぜこれほど成長しているのだろう」と考えました。経営陣との対話や店舗での観察を重ねながら、この会社の本質的な強みは何なのかを理解することから始めました。
鈴木:まず経営や現場を理解することから始めたのですね。
磯村:はい。実際に丸亀製麺の店舗へ足を運ぶとすぐに分かりますが、店内に立ち込める湯気、目の前で調理されるライブ感、従業員の元気な声。あの空間でしか味わえない「感動体験」と「店舗文化」こそが、トリドール最大の強みでした。
さらに、トリドールには「食の感動で、この星を満たせ。」という企業スローガンがあります。その理念を深く理解すると、DXを進めるべき領域と、人が守るべき領域が自然と見えてきました。
感動体験に直結しないバックオフィス業務は徹底的にデジタル化する。一方で、お客様の感動を生み出す領域には、人の力をしっかり残す。その考え方を軸にDXを推進していきました。

AI時代でも変わらない、DXの主役は「人」
鈴木:現在は生成AIの登場によって、AX(AI Transformation)が注目されています。これからAXを推進する上で、最も重要なことは何だと考えていますか。
磯村:ここでも、主役はやはり「人」だと思っています。
トリドールは「食の感動体験」を提供する会社です。その感動体験を生み出しているのはAIではなく、店舗で働く従業員一人ひとりです。だからこそ、一番大切なのは「従業員のハピネス(幸福度)」なんです。トリドールでは、この考え方を「ハピカン経営」と呼んでいます。
鈴木:「ハピカン経営」とは、どのような考え方なのでしょうか。
磯村:「ハピネス」と「カンドウ(感動)」を組み合わせた言葉です。
従業員が幸せな状態で働くことで内発的なモチベーションが生まれます。その前向きな姿勢がお客様への感動体験につながり、お客様から支持されることで店舗が繁盛する。そして、その成果が従業員へ還元されることで、さらにハピネスが高まっていく。
この「ハピカン繁盛サイクル」を回し続けることが、トリドールの経営の根幹にあります。これはトリドール流の人的資本経営でもあり、さらに人の心にフォーカスして「心的資本経営」と対外的には発信しています。
鈴木:従業員の幸福度を起点に事業全体を考えているわけですね。その考え方はAXにもつながるのでしょうか。
磯村:まさにその通りです。会社として「従業員のハピネスを高める」という方針を明確にすると、人が担うべき役割が自然と見えてきます。そして、その延長線上でAIが担うべき役割も整理できます。この役割分担が明確になったことで、トリドール社内でもAI活用に関する議論が非常に活発になりました。
鈴木:DXもAXも、企業の理念や文化、そして「人」を起点に考えることが大切ですね。





















