デジタルによる産業の「変革」に挑むリーダーたちに焦点を当てる本企画。今回は、世界10カ国14工場を展開し、自動車内装部品やパソコン、カメラ、電子機器などの プラスチックおよび金属用塗料で圧倒的な存在感を放つ武蔵塗料ホールディングス株式会社の代表取締役社長・福井裕美子氏をお迎えしました。聞き手は、日本オムニチャネル協会会長であり、デジタル変革の最前線を発信するDXマガジン総編集長・鈴木氏。一見、極めてアナログで職人的な世界に見える「色と質感」の領域で、いかにして独自の強みを磨き、グローバル市場で勝ち続けてきたのか。その苦闘と変革の歴史、そして未来への展望を熱く語り合っていただきました。
伝統の壁を越える「覚悟」と「感性」
鈴木: 本日は日本オムニチャネル協会でのご縁もあり、お時間をいただきありがとうございます。今回は武蔵塗料ホールディングスの福井社長の生き様や、これまでの変革について深く掘り下げていきたいと思います。まずは、若くして経営を引き継がれた際の歩みから教えていただけますか?
福井: 私は大学卒業後、一度はサイバーエージェントに入社し、ECサイトの立ち上げなどを手がけていました。しかし父の病気をきっかけに家業に戻ることになり、まずは中国・広東省の工場へ修行に出されました。当時の中国はまだ貧しく、生活のために望まない仕事を選ばざるを得ない若い人たちがいる現実を目の当たりにしました。その時、「事業家として雇用を生み、いい社会を作らなければならない」と強く決意したのです。
鈴木: それは壮絶な原体験ですね。ご自身の常識では理解できない世界を見たことが、今の経営の根幹にあるわけですね。
福井: はい。その後35歳手前のときに父が亡くなり、事業を引き継ぎました。当時、会社は無借金で経営も順調でしたが、相続税の負担などもあり、周囲からは「会社を売却したほうがいい」という意見もありました。おまけに、私は女性であり、子どもを産んだ直後でもあったため、社内や取引先では、私が社長に就任することに反対する声もありました。しかし、私は父から「社員とその家族の幸せを守ってくれ」と託されていました。その約束を果たすためにも、何があっても社員とその家族を守り抜くという覚悟を決めたのです。
鈴木: 従来の化学業界において、利益や売却という経済合理性よりも、人を守るという強い信念を貫いたのですね。その覚悟が、今の武蔵塗料の強靭なDNAになっていると感じます。

武蔵塗料のDNA
鈴木: その後、お父様が亡くなられて、様々な葛藤を経て社長に就任されるわけですが、ここで武蔵塗料ホールディングスの現在の事業、そして世界市場で戦う上での「独自の強み」について教えてください。
福井: 私たちのコアビジネスは、自動車の内装パーツ、パソコン、家電、ヘッドフォン、水筒といった身近な工業製品に使用されるプラスチック・金属用塗料の開発・製造です。特徴的なのは、お客様の要望に合わせた100%オーダーメイドで、「色や質感」という人間の感性経営に直結する領域と、高度な「機能性」を両立させている点にあります。
鈴木: それほどのハイテク技術を、世界10カ国14工場で同じように再現されている。ここが他社には真似できない強みなのでしょうか。
福井: そうなんです。だからこそ私たちは、日本の本社(ホールディングス)が司令塔となり、すべての配合(レシピ)と戦略を一元管理しています。北米拠点を除くすべての海外拠点をマジョリティ(過半数以上)の資本で運営し、そのほとんどを100%出資(独資)としています。自社から経営者や技術者を派遣することで、ガバナンスと品質を徹底的にコントロールしています。「世界中どこでも、お客様のモノづくりに完全に並走できる」この圧倒的なグローバルネットワークとカスタム対応力こそが、私たちのDNAです。
サステナブルへの挑戦と「業界の前提」の打破
鈴木: 武蔵塗料さんの強みは「色や質感」という、人間の主観や感性に依存する領域をグローバルで展開している点にありますね。職人の技術を海外で継承していくのは、苦労があったのではないですか?
福井: おっしゃる通りです。私たちの塗料は100%オーダーメイドで、お客様の求める色や機能性(指紋防止や5G電波透過性など)を付与しています。しかし、同じレシピでも、国や地域によって太陽光などの光環境が異なるため、現地では色が違って見えることがあります。自動車内装のパーツなどが世界中でバラバラに作られても、最終的に組み立てた時に全く同じ色にならなければなりません。これを現地の技術者とすり合わせていくのは至難の業です。
鈴木:グローバル14工場で価値観や正義が異なる海外のスタッフを、どのように束ねているのでしょうか?
福井: 技術を教える前に、まずは「人としての正しい考え方」を徹底的に教え込んでいます。創業者の言葉をまとめた「フィロソフィー手帳」を海外各拠点の現地言語に翻訳し、定期的な読み合わせをはじめ、世界中の社員が同じ価値観を共有できるよう、理念浸透に継続的に取り組んでいます。海外展開の初期には、会社の備品や製品が不正に持ち出されるなど、想定を超えるトラブルも経験しました。だからこそ、家族に誇れる仕事とは何かを教え、感性や価値観の土台を共有することが不可欠だったのです。
鈴木: なるほど。それが福井社長の感性経営のベースなのですね。

最先端の科学技術力と感性をデータ化する「意思決定のアップデート」
鈴木: 武蔵塗料ホールディングスは、製造業が陥りがちな「過去の成功体験」に縛られず、環境配慮などでも先進的な取り組みをされていますね。
福井: ええ。製造業が貧しい地域に進出する際、児童労働をはじめとする人権への配慮や、環境を汚さないといったサステナブルなビジネス展開には非常に気を使っています。各国の法規制に合わせながら成分設計をすべてやり直しています。バイオマス塗料など、地球環境への配慮と機能性や意匠性を両立させるためには、常に常識を疑い続ける必要があります。
鈴木: かつての主力顧客が苦境に陥った際も、古い義理人情に縛られず、社員を守るために新規開拓へ舵を切りましたね。これこそまさに、経営における意思決定のアップデートです。曖昧な感性の領域をDXやデータで標準化し、グローバルで共有する仕組みづくりにも通じていますね。
福井: そうですね。古い常識に囚われず、事業を縮小することよりも、どうすれば新しい仕事を生み出せるのか、何を最も大切にすべきなのかを、常に社員に問いかけています。意志の強さが道を開くのだと、数々のピンチから学びました。
鈴木: AIやデジタルの本質も「賢人が使えば賢人の答えが出る」というように、トップの思想が問われます。福井社長の柔軟な思考こそが、強力なプロンプトとなって組織を動かしているのだと思います。
未来の展望と次世代人材に向けてメッセージ
鈴木:武蔵塗料が目指す「次の10年」のビジョンと今後の展開について教えてください。
福井: 今年からスタートした新中期経営計画のビジョンは、「世界のトップブランドからも信頼されるコーティングパートナーとなる」です。そうした世界を代表するお客様の厳しい基準をクリアし、自分たちの作った塗料が世界中の製品に使われている状態になれば、「世界中の誰もが知っているあの最新デバイスの色と質感は、私たちが作ったんだ」と、社員も家族や子供に胸を張って言える。社員にとっても大きな誇りになります。この誇りこそが、次のモノづくりを牽引する原動力になります。そして、法規制に適合し、環境にも配慮した化学品を提供することで、社会や環境がより良くなっていく仕組みづくりに、企業として貢献していきたいです。
鈴木: 素晴らしいビジョンです。これからの日本は、世界で戦える強い人材をもっと育てていかなければなりませんね。最後に、これからの時代を生きる次世代の人材、特にキャリアやライフイベントに悩む若い女性たちに向けて、福井社長からメッセージをいただけますか。
福井: 親や周囲の「古い常識」のフィルターを通して自分を見るのではなく、「自分の子供に、そして自分自身に、どんな生き様を見せたいか」を基準に、自分の意志でキャリアを選んでほしいんです。そして若い世代の皆さんには、とにかく「若いうちに海外に出て、知らない文化や剥き出しの現実に触れてほしい」と思います。インターネットで見る世界と、現地で体感する熱量は全く違います。五感をフルに使って、泥臭く時間を忘れて何かに熱中した経験こそが、将来あなたをどこに行っても通用する「強い人材」に変えてくれます。
鈴木: 福井社長の言葉には、ご自身が数々の修羅場をくぐり抜けてきたからこその圧倒的な説得力と、人間への深い愛がありますね。日本のモノづくりが世界で再び輝くためのヒントが、この「感性」と「意志」の経営に詰まっていると確信しました。本日は本当に刺激的なお話をありがとうございました!





















