自社を改革する「DX」は、中途半端な取り組みで成功するほど甘くありません。そこには経営者の覚悟が必要です。しかし中には、「信念を伴わない」「リスクを背負い込まない」という経営者が多い。経営者のこうした姿勢を改めなければ、DXは絶対成功しません。では、経営者はリスクとどう向き合うべきか。リスクを背負い込むメリットも含め、経営者が持つべき覚悟について考えます。なお、本連載はプレジデント社「成功=ヒト×DX」の内容をもとに編集しております。
リスクを背負って初めてDXは実現する
「DX企業への転身」「デジタル社会への対応」などの言葉を、新聞やWebメディアで数多く見かけます。日本もいよいよDXが加速するのかと期待してしまいますが、内情を見ると必ずしもDXとは呼べないケースが少なくありません。中でも、人材育成に十分投資しないケースが多い。これではDX企業への転身はままなりません。
なぜこんな状況に陥るのか。それは、経営者が信念を持たないから、さらにはリスクを背負わないからです。信念がなく、リスクも背負わなければ、どんな言葉で自社を着飾ろうとも状況は何ら変わりません。
経営者は権限をもっと行使せよ
経営者が信念を持ち、リスクを背負うには何が必要か。まずは自身の権限と役割を明確にすべきです。経営者には一般的に、次の3つの権限があります。
事業方針の決定
自社の事業を社会にどう役立てるのか、何のための事業か、誰のための事業か。目的を明確にし、何に取り組むのか、もしくは何に取り組まないのかを固める権限
資金配分の決定
マーケティング、商品・サービスの開発費、人材採用・育成など、自社にとってもっとも有効かつ効果的な費用の使い方を決める権限
人材配置の決定
従業員一人ひとりの強みを最大化し、成果を期待できる部署で活躍してもらえるよう、どの従業員をどこに配置するのかを決める権限
経営者はこれまで、自社の方針や事業戦略を練る際、これらの権限を効果的に活用してきました。DXも同様です。イノベーションによる新規事業の創出、共創による他企業とのビジネス展開などにおいても、これらの権限を積極的に活用しなければなりません。しかし、DXに限ると、多くの経営者が権限の行使を躊躇しています。新しい取り組みに二の足を踏み、リスクを恐れているからに違いありません。信念を持ち、リスクを背負わなければ、曖昧な権限行使に終わりかねません。経営者は、自身の役割である3つの権限を、DXでも適切に行使することが大切です。
リスクを背負えば得るものも大きい
経営者が権限を行使しない一番の理由が、リスク回避です。多くの経営者が、「社長の任期中は問題を起こしたくない」「周囲に強い抵抗勢力が存在する」などのリスクを恐れているのではないでしょうか。中には、「リスクマネジメントだ」などと言って課題と向き合おうとせず、自己を正当化してしまう経営者も目立ちます。
そもそもリスクマネジメントは、「リスク回避」ではなく「リスクのコントロール」です。あらゆるリスクを回避前提で考えるのは間違いです。中にはリスクを背負ってでも進めなければならない事業があることを踏まえるべきです。
筆者は、いざというときにリスクを引き取ることは良いことだと考えます。リスクが大きいほど、得られるリターンも大きくなります。もし失敗しても、その経験は次につながります。失敗した取り組みのすべてが無駄に終わるわけではありません。さらに、リスクを背負って取り組んだ人は、成功か失敗かを問わず皆「DX実践者」になるのです。こうした人こそ、これからの社会や企業に求められる人材なのではないでしょうか。信念を持ち、リスクを背負えるか。今一度、自身に問うてみてください。覚悟を決めたとき、自社のDXは必ず前進します。
next〈 2 / 2 〉:覚悟を持った行動を
覚悟を持った主体的な行動を
筆者も信念を持ち、リスクを背負ってきた経験があります。筆者は以前、セブン&アイ・ホールディングスグループで「リアルとネットの融合」というDXをゼロから主導、確立しました。もちろん一筋縄では行かず、周囲の信頼を得て、経営者や幹部を説得するのに7年もの歳月を要しました。それでも「リアルとネットの融合」を成し遂げられたのは、信念を持ち、リスクを背負ってきたからに他なりません。
大企業に勤務する人の中には、「リスクなんて負いたくない」「周囲との余計な軋轢は生みたくない」と保守的な考えを持つ人が多いのではないでしょうか。しかし、そんな考えを捨て、自らリスクに飛び込む勇気を持つべきです。DXを進められずにいる経営者も同様です。リスクを回避し、保守的な考えに基づく事業推進は、一時的なしのぎに過ぎません。5年後、10年後を見据えるなら、リスクを背負ったチャレンジが不可欠です。「DX企業への転身」や「デジタル社会への対応」を標ぼうするなら、経営者は「信念」と「リスク」という覚悟を持ってDXに取り組まなければならないのです。
筆者プロフィール
鈴木 康弘
株式会社デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長
1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。96年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。 99年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役社長就任。 2006年セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。14年セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。 グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。15年同社取締役執行役員CIO就任。 16年同社を退社し、17年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。 デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会 会長、学校法人電子学園 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授を兼任。