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本連載では、あらゆる職種の人が身につけておくべきリテラシーとなりつつあるサプライチェーンマネジメント1と、そのデータサイエンスによる進化を取り上げています。今回は在庫の考え方にフォーカスします。在庫というと、できるだけ少なくしたいと考える企業が多い中、顧客へのサービスレベルを考慮した際、ある程度は持っておかなければならない、必要悪的なものとして捉えられてきました。直近では調達リードタイムの長期化や原材料の価格高騰などの供給条件が厳しくなる中で、より前向きに在庫を考えるという潮流が生まれています。ここでは在庫の価値について考えます。

在庫は戦略的な意思決定

前回のコラムでは、何がいつ、どこでどれくらい必要とされるかを分析する需要予測2について解説しましたが、需要予測と在庫計画や発注を同じようなものとして捉える方は、ビジネスパーソンでも少なくありません。しかし、これらは大きく異なります。

需要予測には実績という正解があり、過去の販売実績や社内外の様々な情報を参考に分析します。一方、在庫は調達や生産によって発生し、需要変動によって想定外の影響を受けるものの、基本的には自社の計画によって制御するものです。ここに明確な正解はありません。

・新製品や主力品は欠品をできるだけ防ぎたい
・販売終了が近い製品は廃棄を少なくしたい
・今年は例年よりも寒くなるのが遅そうだから、まだしばらくは夏用製品の在庫も置いておこう

といった想いは、サプライチェーンに関わる実務家の方であれば身に覚えがあるでしょう。

例えば発売時や終売時、季節の変わり目など、需要の変化が大きく、予測が難しいタイミングでは、それがはずれることも想定しつつ、製品の安定供給やコスト削減などを目指し、在庫は計画されます。この安定供給やコスト削減のバランスのとり方は、各社で異なる戦略的な方針と言えます。

この方針は一企業でも、経営状況や市場環境、製品のライフステージなどによって変える場合が多く、在庫計画とは企業としての意思決定なのです。

図:需要予測と在庫計画、発注のちがい

役割別に在庫を管理する

しかし在庫計画は、戦略だけで決められるものでもありません。在庫を調達、生産するにはコストがかかりますし、一度の生産でつくる最低量(ロット)が決まっている商材も多くあります。発注してから在庫が届くまでの時間も商材によって様々であり、こうした各種制約条件も加味しなければなりません。

そこで、在庫を論理的に計画するために有効になるのが、役割別の管理です。在庫には以下のような様々な役割があり、それぞれで計画することで、ムダのない在庫運用を目指すことが可能になります。

・次の発注・生産までの販売に対応する
・需要の変動(上ブレ)に対応する
・ある程度の量をまとめることによって生産の効率を高める
・同様に、発注業務の効率を高める
・生産を安定させることで工場の稼働率を高める
・ピークシーズンの大きな需要に対応する

これらはすべて必要な在庫であり、闇雲に削減を目指すのではなく、企業として事業の運営のために計画しておくべきものです。在庫関連の経営指標には、在庫日数や在庫回転率、在庫金額など様々なものがありますが、目標を前年からxx%減らす、競合よりも良くする、といった目標の立て方は適切とは言えません。
企業によってサプライチェーンの構造や業務フロー、扱っている商材などは異なり、先述の制約条件が異なるからです。役割別に積み上げ、自社として目指す在庫水準を経営層などに提唱することが、これからのSCMプロフェッショナルには求められます。

図:様々な在庫の種類

経営層に説明できるレジリエント在庫

このように役割別に在庫を考えると、戦略的に積み増すことが可能になります。
COVID-19も一つのきっかけに、半導体不足が様々な業界のサプライチェーン、ひいては事業の継続に大きな影響を与えました3。これを踏まえ、突然の環境変化でも事業を平常運転にもどせるように、半導体に限らず、原材料や部品、製品の在庫を戦略的に積み増しておくことを意識する企業が増えました。これは危機からの回復力、レジリエンス(Resilience)を高める在庫と言えるでしょう。

しかし先述の通り、在庫は経営に影響を与えるため、積み増すためには組織としての意思決定が必要になります。この際、経営層に対して、役割別に論理的に在庫計画を説明できると、事業レジリエンスのための在庫計画が承認されやすくなります。

事業運営のために必要な在庫は“Good Inventory”などとも呼ばれ、概念としては提唱されています4が、それを定量的に算出するには、役割別の在庫データを分析し、過去や他社の水準と比較しつつ、自社特有の制約条件を加味して最適な意思決定を行っていくことが有効になるのです。

著者プロフィール

山口 雄大 (やまぐち ゆうだい)

青山学院大学グローバル・ビジネス研究所研究員、NEC需要予測エヴァンジェリスト。化粧品メーカーのデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師(SCM)を経て現職。他、JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師や企業の需要予測アドバイザーなどを担い、さまざまな大学でSCMの講義も実施している。Journal of Business Forecastingなどで研究論文を発表。需要予測やSCMをテーマとした著書多数。

著書
『サプライチェーンの計画と分析』(日本実業出版社)
『すごい需要予測』(PHPビジネス新書)
『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)
『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)
 など。


需給インテリジェンスで意思決定を進化させる サプライチェーンの計画と分析 

出版社:日本実業出版社
発売:2024年8月23日

<内容紹介>
本書は、サプライチェーンマネジメント(SCM)とデータサイエンスの融合に焦点を当て、「需給インテリジェンス」の重要性を解説します。著者は、グローバル企業での実務と大学での教育を通じて得た知見を基に、需給情報の収集・分析の手法を紹介。市場のグローバル化や不確実性が増す中で、データドリブンな需要予測が企業の競争力向上に不可欠であると強調しています。各項目の難易度を5段階で示し、実務家や経営者向けに実用的な内容を提供することを目的とした入門書でもあります。

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  1. 第2回 メーカーのサプライチェーンにおける意思決定をざっくり理解する ↩︎
  2. 第4回 需要予測の本質 ↩︎
  3. 2分でわかる半導体業界、「半導体不足になる原因は?」「主要企業は?」「種類は?」 ↩︎
  4. Larry Lapide. “Learn to Respect ‘Good’ Inventories: Rethinking Lean Methodology”. Journal of Business Forecasting, Fall 2022, pp.16-18,39. ↩︎
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