DXマガジンは日本オムニチャネル協会と共催で2026年6月17日、「DX経営セミナー」を開催しました。今回のテーマは「人材不足時代の最適解。“採る”から“つながる”へ。」です。ゲストには株式会社HataLuck and Person代表取締役CEOの染谷剛史氏を迎え、モデレーターはDXマガジン総編集長兼日本オムニチャネル協会会長の鈴木康弘氏が務めました。
人手不足は、もはや一部の業界だけの課題ではありません。少子高齢化による労働人口の減少に加え、物価高や最低賃金の引き上げなど、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。人材を採用すること自体が難しくなる中、企業に求められているのは「採る力」だけではなく、「働き続けたいと思われる組織をどうつくるか」という視点です。
今回のセミナーでは、福利厚生を単なる待遇制度としてではなく、人と企業をつなぐ経営戦略として捉え直し、人材不足時代を乗り越えるための新たな考え方が紹介されました。
「人が足りない」時代に、企業は何を変えるべきなのか
セミナーの冒頭では、日本の労働市場が置かれている現状について共有されました。
2030年には日本全体で約645万人、サービス業だけでも約400万人の労働力が不足すると予測されています。とりわけアルバイトやパートスタッフによって現場が支えられているサービス業では、人材不足は経営そのものを左右する大きな課題となっています。
しかし一方で、社会にはまだ十分に活用されていない人材も数多く存在します。育児や介護を理由に仕事を離れた人、一度退職したOB・OG、有資格者でありながら現在は就業していない人など、「働く意思や能力を持ちながらも現場を離れている人材」は決して少なくありません。
つまり、企業が向き合うべき課題は、新しい人材を採用し続けることだけではなく、一度出会った人との関係を維持し、再び活躍できる環境を整えることにあります。採用競争が激化する時代だからこそ、「採る」から「つながる」へという発想の転換が必要であることが、セミナー全体を通して示されました。
人材に選ばれる企業は何が違うのか
では、人材に選ばれる企業とはどのような企業なのでしょうか。講演では、企業の魅力は「理念(Philosophy)」「事業・仕事(Profession)」「人・風土(People)」「待遇(Privilege)」という4つの要素で構成されているという考え方が紹介されました。
もちろん、理念や企業文化は重要です。しかし、それらを短期間で変えることは容易ではありません。
一方で、企業が比較的短期間で改善に取り組めるのが「待遇」です。待遇と聞くと給与を思い浮かべがちですが、近年はその考え方にも変化が生まれています。物価高が続く中、従業員からは賃上げを求める声が高まっています。しかし企業側も、原材料費や人件費、社会保険料の増加などによって、継続的な賃上げを実施することは簡単ではありません。
給与を上げたい。しかし簡単には上げられない。企業と従業員の双方が難しい立場に置かれている現状が、今回の議論の出発点となりました。

「第三の賃金」という新しい発想
こうした状況の中で注目されているのが、「第三の賃金」という考え方です。
給与は従業員にとって最も分かりやすい待遇ですが、一方で限られた原資の中で配分しなければならず、企業にとっては大きな負担になります。また、給与が上がれば社会保険料や税金も増え、企業・従業員双方にコストが発生します。さらに、給与は受け取った瞬間の満足感は大きいものの、時間が経つにつれて「当たり前」のものとなり、その効果は薄れていきます。
そこで紹介されたのが、法定外福利厚生です。福利厚生は税制上のメリットを活用しながら生活支援を行えるため、給与とは異なる形で従業員の満足度向上につなげることができます。給与を増やすことだけが従業員支援ではありません。日々の生活を支える仕組みを整えることも、企業が従業員へ提供できる大きな価値になります。
講演では、この福利厚生を給与に次ぐ「第三の賃金」として位置付け、人材不足時代における新たな経営資源として捉える考え方が紹介されました。
福利厚生はなぜ「使われなかった」のか
一方で、日本企業には以前から福利厚生制度が存在していました。
社宅や保養所、社員食堂など、高度経済成長期には会社が従業員とその家族の生活を支える仕組みが整えられていました。しかし時代の変化とともに福利厚生はアウトソーシング化が進み、コスト削減の対象として見られるようになります。さらに、現在主流となっている福利厚生には三つの課題があると説明されました。
一つ目は、「利用頻度が低い」ことです。ホテルやレジャー施設などは利用機会が限られており、「制度はあるが使われない」という状況が生まれていました。
二つ目は、「対象者が限られている」ことです。アルバイトやパートスタッフが対象外となる制度も多く、現場で働く人ほど恩恵を受けにくいという課題がありました。
そして三つ目が、「今の生活課題に合っていない」ことです。物価高が続く現在、従業員が求めているのは旅行の割引ではなく、毎日の食事や買い物など、日常生活への支援です。福利厚生もまた、時代に合わせて変化する必要がある。
こうした課題を踏まえ、講演では「使われる福利厚生」という考え方が紹介されました。
従来の福利厚生は、「あること」が目的になりがちでした。しかし本来重要なのは、従業員が実際に利用し、その価値を日常の中で実感できることです。その考え方から生まれたのが「はたLuckベネフィット」です。
特徴は、ホテルやレジャー施設ではなく、コンビニやカフェ、飲食店など、毎日の生活の中で自然に利用するサービスを中心としている点にあります。全国約10万店舗で利用でき、アルバイトやパートを含めた全従業員が対象となるほか、家族も利用できる仕組みを備えています。利用率は約70%と高く、「制度はあるけれど使われない」という従来の福利厚生とは異なるアプローチが採られています。
ここで議論されたのは、単に割引が受けられるという話ではありません。毎日の買い物や昼食、コーヒーを購入するたびに福利厚生を利用することで、「会社が生活を支えてくれている」という実感が自然と積み重なっていくことに価値があるという考え方です。
給与は月に一度支給されますが、福利厚生は毎日の生活の中で何度も接点を生み出します。その積み重ねが企業への安心感や帰属意識を育み、「この会社で働き続けたい」という気持ちにつながっていくことが説明されました。

福利厚生は「辞めない会社」をつくる仕組みへ
福利厚生の役割は、現在働いている従業員だけに向けられたものではありません。講演では、福利厚生を活用して退職後も企業との関係を維持する取り組みが紹介されました。
三井不動産が運営する商業施設では、福利厚生アプリを活用することで、施設内で働くスタッフ同士のつながりを維持しています。退職後も一定の条件でサービスを利用できるほか、本人が希望すれば施設内の店舗から再び仕事のオファーを受けることも可能です。
企業側にとっては、一から採用・教育を行うよりも効率的であり、働く側にとっても慣れた環境へ戻りやすいというメリットがあります。
また、大戸屋で取り組まれている事例も紹介されました。子育て経験のあるスタッフが新しく入社した主婦スタッフを支える仕組みや、スタッフ同士で感謝の言葉を送り合う取り組みなど、人とのつながりを意識した組織づくりが実践されています。福利厚生は待遇の充実だけでなく、働きやすい職場づくりや組織文化の醸成にも大きな役割を果たしていることが伝えられました。
制度だけでは組織は変わらない
対談では、制度以上に重要なものとして「現場とのコミュニケーション」にも話題が広がりました。多くの企業を見てきた経験から、現場を頻繁に訪れる経営者の会社ほど離職率が低い傾向にあると紹介されました。
従業員へ声を掛けること、名前を覚えること、小さな変化に気付くこと。一見すると特別な取り組みではありませんが、その積み重ねが信頼関係を築き、「自分を見てもらえている」という安心感につながります。
また、店舗を訪問した際には、最初にトイレを見るというエピソードも披露されました。
トイレは、普段の職場環境や社員の意識が最も表れやすい場所です。細かな部分まで気を配れる組織では、店舗運営や接客にも同じ姿勢が浸透していることが多く、逆に見て見ぬふりをする文化があれば、それは仕事全体にも影響してしまいます。さらに、自社では毎日5分間の掃除を全社員で実施していることも紹介されました。目的は掃除そのものではなく、部署を超えたコミュニケーションを生み出し、日常の中で自然に会話が生まれる環境をつくることです。
制度を導入するだけでは組織文化は変わりません。人と人との対話や、小さな行動の積み重ねが、働き続けたいと思える会社をつくっていくことが改めて共有されました。
「採る」から「つながる」へ。これからの企業経営
今回のセミナーを通して一貫していたのは、人材不足への対応を「採用」という一点だけで考えないという視点です。
これからの時代に求められるのは、一度出会った人との関係を長く育み続けることです。働いている間だけではなく、家族との接点を持ち、退職後も必要に応じて再び活躍できる関係を築く。その積み重ねが企業への信頼を生み、結果として採用力や定着率の向上につながっていきます。
福利厚生は、単なるコストでも、制度でもありません。企業が「人を大切にする」という姿勢を形にし、人とのつながりを育てるための経営資源です。
「採る」から「つながる」へ。
人材不足が常態化するこれからの時代、企業の競争力を左右するのは、給与額だけではなく、人とどのような関係を築き続けられるかという視点なのかもしれません。今回のセミナーは、福利厚生を起点に、その新たな可能性を考える機会となりました。

【関連リンク】
株式会社 HataLuck and Person
福利厚生「はたLuckベネフィット」
日本オムニチャネル協会
https://omniassociation.com/






















