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コラム

儲からない諸悪の根源:小売業が長年抱えるジレンマとは?(前編)【小売業の可能性を解き放て! X人材を育成するTOC入門 Vol.5】

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小売業にとって永遠のテーマとも言える「在庫」。欠品や過剰をなくして適正在庫を維持するには何が必要か。日本の小売業のDXに精通するデジタルシフトウェーブ 代表取締役社長の鈴木康弘氏(元セブン&アイ・ホールディングス CIO)と、全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraints)を駆使し、グローバルにDXの最前線で活躍するゴールドラット・ジャパンCEOの岸良裕司氏が「在庫管理」の本質を議論します。

在庫適正化で重要なのは「回転率」

鈴木:この対談ではこれまで、ツールよりもルール、D(デジタル)よりX(変革)が大事であることを議論してきました。今回は小売業にとって永遠のテーマである「在庫」にフォーカスします。欠品や過剰のない適正在庫を維持するための考え方や取り組み方を考察します。
岸良:鈴木さんは以前、小売業にとって在庫は“諸悪の根源”と話していましたよね。在庫問題はそれだけ根深く本質的な課題だと思います。小売業が利益を生み出すには在庫の健全化が不可欠。なぜならば、それは儲ける足腰を強くすることにつながるからです。  小売業のビジネスって端的に言えば在庫を買って売る、この繰り返しです。このとき極めて大切なのが「回転率」です。買ってから売るまでのスピードをどれだけ速められるか。これに尽きます。  例えば100万円を銀行に1年間預けたとしても、預金金利による利息はたかが知れていますよね。しかしこの100万円で商品を仕入れて売れば、2割でも3割でも利益を上乗せして販売できます。つまり金利20~30%の金融商品とも言えます。スゴイ儲けですよね? 商品を仕入れてから販売するまでの期間が短ければ短いほど投資リスクは低くなり、多くの利益を生み出せます。在庫はコストと捉えられがちですが、投資であり、利益を生む源泉に他なりません。 鈴木:セブン-イレブンでは商品の売れ行きが伸びなければ2週間で陳列棚から外す、なんてことは珍しくありませんでした。2週間もあれば売れる商品か売れない商品かが分かるわけです。その結果、お客様に支持されている商品を店頭に並べられるようになり、それが結果的に回転率の高さにつながっています。 岸良:仕入れた商品が何カ月も在庫として売れずに残っているなんてありえませんよね。生産プロセスまで見直して取り組まなければならないメーカーと比較すると、小売業は在庫の回転率を上げようとする施策は進めやすいとも言えます。なぜならば、店頭で結果をすぐに見ることができるからです。 鈴木:とはいえ、多くの小売業が在庫を増やすか減らすかで悩み続けています。在庫を増やせば売上を増やせる、片や在庫を減らせばコストを下げられるというジレンマに陥っています。 岸良:その通りです。長年抱えるこのジレンマを解消しない限り、小売業にとって在庫の健全化は見込めません。  小売業に利益をもたらす要素は大きく2つです。1つは売上を増やすこと。そのためには在庫を増やさなければなりません。もう1つはコストを下げること。それには在庫を減らさなければなりません。「在庫を増やす」と「在庫を減らす」。この相反する取り組みをどう両立させるかが分からないことが一番の問題と言えます。
図1:小売業のジレンマ

図1:小売業のジレンマ

via ゴールドラット・ジャパン
 「在庫を増やす」と、高コストや高投資、低利益、低いROI、さらに株主からの不満が増える、キャッシュが減少するといった望ましくない現象が生じます。一方で「在庫を減らす」と、店頭に欠品が発生し、顧客の満足度が下がり、売上減、特急出荷が増える、低利益、低いROIといった望ましくない現象が生じます。 鈴木:どちらに偏っても望ましい状態にはならないわけですね。このバランスを適正にするのが大切なのは分かりますが、そう簡単ではないですよね。 岸良:実際にジレンマを解消しようと取り組む企業はあります。しかし、根本的な解決なしに事態は好転しません。  このジレンマに直面する企業が参考にすべき本があります。それが元ソニー副社長の中村末廣氏の著書「ソニー中村研究所 経営は『1・10・100』」です。中村氏は著書の中で、「つくり過ぎはあの世行き」という名言を残しています。在庫を抱えすぎて倒産する企業はあるが、欠品で倒産した企業はないと主張しているのです。  当時のソニーは、1000個の商品が必要なら999個が適正値という考えでした。つまり、欠品を容認していたのです。もちろん、欠品が多すぎてはいけません。売れ行きに応じてモノを作ることが大事だと言っているのです。過剰在庫を生み出さないことで、ソニーというブランドの価値も高めていました。  次の図のように売れる商品と売れない商品、品不足と過剰在庫の四象限で価格の変化をまとめるとさらに明らかになります。例えば、売れ筋商品が品不足の場合、価格は下がりません。しかし、売れ筋商品でも過剰在庫だった場合はどうでしょうか。売れ筋であっても価格は下がります。  売れない商品が品不足の場合、価格は下がりにくくなります。むしろ希少性を理由に高くなるかもしれません。売れない商品が過剰在庫の場合、価格は言うまでもなく大きく下がるでしょう。
図2:「売れ筋」「売れない」と「品不足」「過剰在庫」に...

図2:「売れ筋」「売れない」と「品不足」「過剰在庫」による価格の考察

via ゴールドラット・ジャパン
 このときのポイントは、売れ筋か売れないかを問わず、過剰在庫を抱えていると商品価値が損なわれるということです。作りすぎないことがブランドを守るのです。作った商品に利益を上乗せして高く売るには、作りすぎないことが極めて大切です。  鈴木さんが話した通り、売れない商品は店舗の陳列棚からすぐに外される時代です。それだけ消費者のニーズは変化し、多様化しています。これだけ需要が変化しているにもかかわらず、在庫数や在庫管理の考え方は変化していない。このことが何より問題です。消費者ニーズに追随し、商品開発や生産の迅速化が叫ばれているのと同様に、在庫も迅速な対応が求められるのです。言い換えれば、需要の変化に素早く対応できなければ命取りになりかねません。それが現実です。 鈴木:在庫は数量だけに目を向けず、迅速に数量を調整できるかといった「時間」や「期間」という視点が極めて重要になるわけですね。回転率を想定しない在庫調整にいくら取り組んでも適正化には結びつきません。

寿司屋で紐解く「回転率」の重要性

岸良:回転率がいかに重要か。「寿司」を使って分かりやすく説明しますね。寿司って一般的に、スーパーマーケットで売られている寿司、板前が目の前で握ってくれる寿司、回転寿司の3つがありますよね。これらを比較します。
図3:「スーパーの寿司」「板前寿司」「回転寿司」の比較

図3:「スーパーの寿司」「板前寿司」「回転寿司」の比較

via ゴールドラット・ジャパン
 スーパーマーケットの寿司の場合、お客様の待ち時間は短いですよね。スーパー側が寿司を作り始めるきっかけは、昼食や夕食前に売れるだろうという「予想」に基づきます。売れ残りや値引きは多く、回転率は良くも悪くない。そこそこという感じでしょうか。  板前寿司の場合、お客様の待ち時間は長くなりがちです。寿司を握り始めるきっかけは注文を受けてから。売れ残りや値引きは少なく、回転率は悪い、つまり低いでしょう。  これらに対し回転寿司の場合はどうでしょうか。お客様の待ち時間は短く、寿司を作り始めるきっかけはお客様が寿司を食べる「消費」に基づきます。売れ残りや値引きは少なく、回転率はスーパーや板前寿司に比べて高いと言えます。  この3通りのビジネスモデル。どれが一番繁盛しているかと言うと回転寿司ですよね。その理由の1つはもちろん、回転率の高さです。これは小売業が儲けるため、在庫の回転率を引き上げる必要があるのとまったく同じ考え方です。  回転寿司店を見ると、お客様の食べる量と提供する寿司の量のバランスが取られていますよね。乾いた寿司を食べたいですか? 昼休みをすぎて来店者が減っているのにレーンにはたくさんの寿司が並んでいる、なんてありえません。お客様の消費量に応じ、提供する寿司の量も調整しています。当たり前ですよね。 鈴木:在庫のバランスを適正にするヒントは、現在の需要に応じて調整できる迅速性というわけですね。業種や取り扱う商材に限らず、在庫を扱う企業は消費者や社会のニーズ、変化によって在庫数を可変する体制や組織が必要です。さらには俊敏性を備えるサプライチェーンの構築、取引先企業との連携も求められるわけですね。 岸良:その通りです。では迅速性を備える在庫管理はどうあるべきか。在庫数をどう調整するのが望ましいか。それは次回、詳しく解説します。
岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

岸良裕司氏 ゴールドラット・ジャパン CEO

1959年生まれ。ゴールドラットジャパンCEO。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory of Constraints:制約理論)をあらゆる産業界、行政改革で実践。活動成果の1つとして発表された「三方良しの公共事業改革」はゴールドラット博士の絶賛を浴び、2007年4月に国策として正式に採用された。成果の数々は国際的に高い評価を得て、活動の舞台を日本のみならず世界中に広げている。2008年4月、ゴールドラット博士に請われてゴールドラットコンサルティング(現ゴールドラット)ディレクターに就任し、日本代表となる。
鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一...

鈴木康弘氏 デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長、一般社団法人日本オムニチャネル協会 会長

1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。1996年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。 1999年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役社長就任。 2006年セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。2014年セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。 グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。2015年同社取締役執行役員CIO就任。 2016年同社を退社し、2017年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。 デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会会長、学校法人電子学園 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授を兼任。
DXマガジン編集部編集後記
 在庫管理の肝は「回転率」。多くの企業が在庫の数量ばかりに目が行き、どのくらいのサイクルで販売したのかを正確に管理・把握するケースは少ないように感じます。  特に、変化が当たり前の時代だからこそ在庫数も変化に迅速に追随しなければならないという岸良氏の指摘。とても共感しました。調達や開発、生産、販売、マーケティングなどの各領域で、消費者や社会のニーズに迅速に対応すべきと言われています。例えば製造業なら多品種少量生産、マーケティングならOne to Oneマーケティングといった具合に、多様なニーズを捉えようとする動きが常識となりつつあります。在庫管理も然るべきはずです。こうした対応力を備えることで欠品や過剰在庫を減らし、自社の利益体質を強化できるようになるのです。  在庫を適正化へと導く具体的な方法とは。次回のお二人の対談が楽しみです。

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