日本を代表する金融グループとして、個人・法人向けの幅広い金融サービスを展開する三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)。近年は「Olive」をはじめとするデジタルサービスを次々と展開し、金融業界のDXをけん引する存在として注目を集めています。その取り組みは高く評価され、DX銘柄のグランプリに選ばれました。単なるデジタル化にとどまらず、組織全体で変革を生み出す企業へと進化を続けています。
今回お話を伺ったのは、SMBCグループ 執行役員 グループ副CDIOとしてデジタルイノベーションを統括する白石 直樹氏です。法人営業からキャリアをスタートし、現在のデジタルイノベーション領域まで、一貫して変革の最前線を歩んできました。DX銘柄3年連続選定の背景や、現場主体のDX、AI活用、スタートアップとの共創について伺いました。
(聞き手:株式会社YKB 代表取締役・東京都市大学 准教授・日本オムニチャネル協会 副事務局長 川邉雄司氏)
ホールセール部門から始まったDXへの挑戦
川邉: まずはご経歴からお聞かせください。
白石: 私は1993年に入行し、30年以上SMBCで仕事をしてきました。銀行人生の約3分の2はホールセール部門で、法人営業や企画業務を担当してきました。ホールセール部門でDXの立ち上げに携わり、2020年にはホールセール部門と本社のITイノベーション推進部を統合して設立されたデジタルソリューション本部で、法人デジタルソリューション部長、デジタル戦略部長、デジタルソリューション本部長を歴任しました。現在はグループ副CDIOとして、デジタルイノベーション領域を担当しています。

川邉: デジタル領域へ携わることになったきっかけを教えてください。
白石: 私がデジタル領域へ携わるようになったのは2018年頃です。当時はDXがBuzzワード化した時期でした。
リテール部門ではすでにデジタル活用が進み、現在の「Olive(銀行口座やカードなどを一つのアプリで利用できる個人向け総合金融サービス)」につながるサービスの前身となるアプリも存在していました。一方、ホールセール部門は法人のお客様と深く関係を築く営業スタイルだったため、「ホールセールとデジタルは親和性が高くない」という考えが一般的で、担当者も数名程度しかおらず、本格的な取り組みとは言えない状況でした。そうした中で、当時の國部頭取から「ホールセールでもデジタルを活用すべきではないか」という問題提起がありました。当時、私は商品開発を担当していましたので、「デジタルをやるなら、新しい商品やサービスづくりから始めよう」と考え、DXに取り組むことになりました。
川邉: DXへ取り組み始めた当初は、どのようなことからスタートされたのでしょうか。
白石: 最初は「何から始めようか」という状態でした。今振り返ると、当時立ち上げたサービスやプロジェクトの多くは残っていません。
その中でも印象に残っているのが、建設業界向けの資金繰り支援サービスです。地方の建設会社では、公共工事の代金が支払われるまで長い期間がかかります。その間の資金繰りを新しい仕組みで支援できないかという発想からスタートしました。結果として事業は終了しましたが、決して無駄な経験ではありませんでした。サービスを社会へ定着させるためには、利便性だけでなく信頼性や運用体制まで含めて設計することの重要性を学ぶとともに、SMBCグループには三井住友カードをはじめ、デジタル分野で活用できる多くのアセットや強みがあることも見えてきました。
デジタルを組織へ広げるために。デジタルソリューション本部設立と「Olive」「Trunk」の誕生
川邉: デジタルソリューション本部が設立されてから、SMBCのDXはどのような考え方で進められてきたのでしょうか。
白石: 当時、金融業界は大きな転換期を迎えていました。ゼロ金利政策の影響で銀行経営が厳しい状況にありましたし、楽天をはじめ、GoogleやAmazonなど異業種による金融サービスへの参入も現実味を帯びてきていました。
そうした中で、「既存の銀行サービスをデジタルで進化させなければならない」という危機感がありました。単に紙の業務をデジタル化するのではありません。デジタルを活用して金融サービスそのものを見直し、再定義していく。この考え方は現在までSMBCのDXの根幹になっています。
川邉:その代表例が「Olive」ですね。
白石: はい。先ほども話したOliveは、銀行口座・カード・保険などさまざまな金融サービスを一つのアプリでシームレスに利用できる個人向け総合金融サービスです。特に力を入れたのはUI・UXです。金融機関では珍しく社内にデザイナーを採用し、アプリケーションを一から設計し直しました。顧客体験を重視して設計した結果、現在では800万口座(2026年5月時点)を超えるサービスへと成長しています。

川邉: 一方で、法人口座開設をオンラインで提供する「Trunk」は、また違った発想から生まれたのでしょうか。
白石: 背景にあったのは、日本の人口減少と銀行の人材不足です。人口減少や人材不足により、従来の営業体制を維持することが難しくなるという課題がありました。従来の法人営業は、一人の担当者が一社一社に向き合うモデルです。そのやり方だけでは今後、中堅・中小企業まで十分に支援することは難しくなります。そこで、デジタルを活用すれば、より多くの企業へサービスを届けられるのではないかという議論が本格化しました。
それが「Trunk」です。目指したのは「最短翌営業日に口座開設できること」です。以前から、オンライン本人確認や各種手続き、法人向けコールセンターなどの整備を進めていました。それらを組み合わせることで、法人口座をよりスムーズに開設できる仕組みを構築しました。
実現までには担当メンバーも大変苦労しましたが、既存の銀行サービスをデジタルでアップデートするというSMBCを象徴するサービスになったと思っています。
DX銘柄3年連続受賞の原動力は「現場が主役」のDX
川邉: DX銘柄を3年連続で受賞されていますが、その評価をどのように受け止めていますか。
白石: もちろん大変うれしく思っています。デジタル部門としては、金融サービスの再定義に加え、非金融分野も含めた新しい技術、サービスの創出にも注力しており、これが上手くエコシステム的に回り始めている実感があります。ただ、「デジタル部門だけが評価された」とは考えていません。私たちの役割はサービスをつくることではなく、現場が変革できる環境を整えることです。
例えば、「Olive」はリテール部門が主体となって生まれたサービスですし、「Trunk」もホールセール部門が主体となって開発を進めました。デジタル部門が主導するのではなく、それぞれの事業部門が自ら課題意識を持ち、主体的にサービスを形にしてきました。
DXを特定の部署だけの仕事にするのではなく、人材が組織の中で経験を重ねながら知見を広げ、現場が主体となって変革を進めていく。この仕組みこそがSMBCの強みだと思っています。SMBCグループ全体で、デジタルやAIを自分たちの仕事として捉え、日々の業務の中で変革に取り組んできたことが評価された結果だと受け止めています。
川邉: 現場が主体となるDXを実現するためには、組織文化も重要ですね。
白石:そうですね。私たちが挑戦を続けられた背景には、経営トップの存在がありました。SMBCがDXを本格的に推進し始めた当時、太田前グループCEOは「カラを、破ろう。」というメッセージを掲げ、失敗を恐れず新しいことへ挑戦する文化を組織全体に根付かせようとしていました。私たちも数多くの新規事業に挑戦しましたが、すべてが成功したわけではありません。それでも挑戦を続けられたのは、経営が背中を押し続けてくれたからです。
現在は中島グループCEOがその考えを受け継ぎ、さらに発展させています。中島はAIを「破壊的イノベーションになる」と位置付け、経営の重要テーマとして積極的に取り組んでいます。AIへの投資だけではなく、グループ全体でAIを前提とした事業や業務へ変革していくという強いメッセージを発信しています。私たちも、その方針のもと、AIを特別なものとして捉えるのではなく、現場で自然に活用される環境づくりを重視しています。
生成AIの登場によって、これまで課題だったビジネス部門とIT部門の距離は大きく縮まり、現場の社員が自らアイデアを形にしやすい環境が整ってきました。DXは一度成功して終わるものではありません。挑戦した経験を持つ人材が次の事業やサービスを生み出し、その経験が組織全体へ広がっていく。そうした挑戦を続ける組織をつくることこそ、本当のDXだと考えています。
川邉:最後に、今後取り組んでいきたいことを教えてください。
白石: 今年4月、組織改編を行い、デジタルソリューション本部からデジタル・イノベーション本部へ名称を変更しました。また、スタートアップを支援する成長事業開発部がスタートアップ推進部と名称を新たにして、DI本部に加わりました。これまでも、スタートアップとの共創によって、新たな価値が生まれる場面を数多く経験してきましたが、今後は、その取り組みをさらに加速させたいと考えています。具体的には、大企業とスタートアップの両方を理解し、橋渡しできる人材の育成にも力を入れていきたいと思っています。同じ言葉を使っていても、大企業とスタートアップでは意思決定のスピードや価値観が大きく異なります。その違いを理解し、お互いをつなげられる人材が、これからますます重要になってくるはずです。
DXはデジタル技術を導入することが目的ではありません。事業や組織を変革し、お客様へ新たな価値を提供し続けることが本質です。そのためにも、これからも現場主体のDXを支え、挑戦が次の変革を生む循環をつくりながら、新しい挑戦を続けていきたいと思っています。






















