日本オムニチャネル協会は2026年2月27日、年次カンファレンス「オムニチャネルDay」を開催しました。ここでは、武蔵塗料ホールディングス株式会社 代表取締役の福井裕美子氏と、モデレーターを務めた日本オムニチャネル協会 フェロー/株式会社やる気スイッチグループ 執行役員 事業ディベロップメント本部長 兼 企画戦略室長の亀卦川篤氏が登壇したセッションの様子を紹介します。テーマは「家業を世界へ、色で世界中を豊かにDX」。日本のものづくりが持つ職人技と、グローバル経営を支えるデジタル活用について語りました。
セッション冒頭、亀卦川氏は武蔵塗料について「世界中のプロダクトメーカーと取引する、グローバルで存在感のある企業」と紹介しました。武蔵塗料は1958年創業の工業用塗料メーカーで、現在は世界10カ国に14工場を展開し、グローバルで約1,000人規模の体制を築いています。自動車内装部品やPC、カメラ、電子機器などに使われる塗料を手掛けており、「色」と「機能」の両面で価値を提供しているのが特徴です。福井氏はIT企業での経験を経て家業に入り、海外工場勤務などを経験した後、現在は代表取締役として経営を担っています。
同社が重視するのは、非上場企業ならではの経営哲学です。福井氏は、株主利益の最大化ではなく、経営理念、パーパス、ビジョン、ミッション、バリューといった価値観の共有を最上位に置いていると説明しました。工業用塗料は色をつけるだけでなく、例えば、電波透過性、抗菌、指紋防止など多様な機能を持ちます。同社は単なる塗料メーカーではなく、顧客製品の体験価値を支える存在を目指しています。
一方で、その価値を支える現場においては、依然として人の経験や判断が欠かせない領域も存在します。亀卦川氏は、色づくりの工程では機械による測定やデータ活用が進展しているものの、最終的な確認や微調整の段階では人の目が重要な役割を担っていると強調しました。素材や国が変わっても、顧客が求めるのは常に同一の色と品質です。そのため調色の現場では、機械測定を取り入れつつも、最終的な色味の判断や細かな調整は熟練技術者の目によって行われています。福井氏も、機械による色判定の検証を約10年にわたり続けているものの、最終的には職人技ともいえる繊細な差異を、人の目や顧客の感覚で見極める場面が多いと述べました。
では、こうした企業はどのようにDXを進めているのでしょうか。福井氏が紹介したのは、製造工程の自動化などの取り組みとともに、グローバル経営とコミュニケーションを支えるデジタル活用です。同社では本社と海外拠点を縦横に結ぶマトリクス型組織を採用し、各機能責任者と各国拠点が密接に連携しています。その基盤となっているのがMicrosoft 365、とりわけTeamsです。
各本部長は海外子会社の担当者と定期的にオンラインミーティングを行い、福井氏自身も各国の社長と継続的に対話しています。これにより情報共有のスピードが上がり、決裁やクレーム対応も迅速になりました。顧客ごとのアカウントチームでもTeamsを活用し、中国、米国、日本など複数国のメンバーがひとつのチームとしてリアルタイムに情報共有しています。
この取り組みを支えているのが自動翻訳機能です。各国メンバーは自国語で投稿し、閲覧側は自分の設定言語で内容を確認できます。福井氏は、これにより時差や言語の壁が下がり、誤訳や通訳待ちによるロスが減ったと説明しました。さらに同社ではViva Engageも活用しています。各拠点の社員が展示会参加や社内イベント、学習活動などを投稿し、世界中の仲間がコメントを交わします。普段会うことのない社員同士でも他国の様子を知ることができ、「同じグループ会社で働いている」という実感が生まれているといいます。
一方で福井氏は、DX化されていない部分も率直に紹介しました。既存市場では今なおFAXで注文を受けており、ホームページにも改善の余地があります。顧客や業界の慣習を踏まえると、一気に変えることは難しいのが現実です。また、あえてDXしない領域もあります。塗料は見て、触って、体感して初めて価値が伝わる商材のため、顧客先での訪問展示会のようなリアルな提案活動は今後も重視していくと述べました。
さらに福井氏は、塗料の価値を直感的に伝える取り組みとして、かき氷店の運営にも挑戦しています。シロップや器、店内空間まで含め、色の表現や品質管理の考え方を体験できる場として活用しているといいます。デジタルでは伝えきれない世界観を、あえて非デジタルで表現している点が印象的でした。
セッション後半では、今後の課題にも触れました。宗教、文化、言語が異なるグローバル組織を束ねながら、長年の経験が必要な職人技をどう継承し、世界で同じ品質を実現するかが大きなテーマです。福井氏は「デジタルはあくまで手段」と強調します。機械でできることは誰でもできる。だからこそ、人にしかできない価値を磨き、それを支えるためにデジタルを使うべきだという考えです。
最後に福井氏は、日本の製造業が積み重ねてきた技術力や現場力を、デジタルの力を借りながら世界へ広げていきたいと語りました。亀卦川氏も、武蔵塗料の取り組みは「技を伝え、品質を世界で担保するためのデジタル」という本質を示していると総括しました。職人技とDXは対立するものではなく、人と人がつながり価値を届け続けるために補完し合うもの。そんな示唆に富んだセッションでした。






















