DXではビジネスモデル創出や推進体制構築、社員の意識改革などといったさまざまな取り組みが求められます。これらを成功へ導くのは、主役である「人」の行動です。では、DXを成功させる人材をどう育成すべきか。自社の変革をうながすデジタル変革者の育成で気を付ける点は何か。ここでは人材育成の勘所を紹介します。なお、本連載はプレジデント社「成功=ヒト×DX」の内容をもとに編集しております。
デジタル変革者の育成が成功のカギ
DXにおいてもっとも必要なものは何か。それは「人」です。ビジネスとは、突き詰めると人と人のつながりに他なりません。人の意識や行動からビジネスは生まれ、育まれるのです。
DXも同様に、人が欠かせません。未来を描き、デジタルを活用し、人が恩恵を受けることを目的としたDXもビジネスの1つだからです。「人(ヒト)」を主役とし、各々が自然に行動を起こせるようにすることがDXでは大切です。
DXは、人が意思を持って変革に取り組むことで実現します。DXでは、周囲を巻き込んで実現する人、すなわち「デジタル変革者」の存在こそ必要です。この「デジタル変革者」を育成することが、自社のDX成功につながっていくのです。
実践する人材育成方法
では「デジタル変革者」をどう育成すればよいのでしょうか。ここでは筆者の人材育成法を紹介します。
当社が人材育成で大切にするのは、「自立化」と「マルチスキル化」です。
「自立化」の場合、まずは「自由と責任」を明確にすることから始めました。スーパーフレックス制度を導入し、月間の所定労働時間さえ守れば、時間に縛られない自由な仕事をできるようにしています。
個人の責任を明確にするため、やるべきことを自ら決めて宣言し、評価は宣言した目標への取り組み姿勢と結果により行います。従来の日本型労働環境から脱却し、自由と責任を明確にした環境をつくりあげ、自立した人材の育成を目指しています。
「マルチスキル化」の場合、筆者は社員に対して「自分を経営者と考え、いろいろなことに興味を持ち、自分をすすんで育成しなさい」と伝えています。当社では、前職が営業だった社員がコンサルタントをしていたり、エンジニアとして働いていた社員がマーケティングをしていたり、接客をしていた社員が管理の仕事をしていたりします。過去の背景にとらわれない仕事ができる環境を提供するようにしています。これにより社員は自分の強みを伸ばし、弱みを補強する仕事のやり方を覚え、自らの意思でマルチスキルの習得を目指すようになります。
まだ手探りの取り組みですが、社員が成長しているのを実感します。社員にとっては挑戦の毎日で、実感する余裕はないかもしれませんが、筆者の35年のキャリアから見ても、今の社員がもっとも成長しているに間違いありません。社員の中から起業家が生まれることを期待しますし、それを応援する制度もつくりたいと思います。
多様性とチームワークを踏まえた人材育成を
一方、リモートワークのようなオンラインによるコミュニケーションが当たり前となる中、「多様性」や「チームワーク」も育成する上で気を付けるべきだと考えます。こうした環境下で求められるコミュニケーション力とは、さまざまなアイデアを出し、背景や立場の異なる人をチームとしてまとめ上げる力だと感じます。
当社の場合、採用過程ではやる気とコミュニケーション力を重視し、背景や立場、過去の実績に必ずしもとらわれないようにしています。結果として、さまざまな業界、職種、年齢の人材が集まっています。筆者は今後、自社でどんなことが起こるのかが非常に楽しみです。
とはいえ、この採用過程はリスクも伴います。会社として一体感を失う恐れがあるのです。会社の代表として社内をまとめるのは筆者の仕事ではあるものの、それだけでは会社は1つになりません。社員一人ひとりの自主的な行動こそが、会社を1つにするのです。
例えば当社では、社員同士が自主的に集まり、会社の業務フロー図を作成して意見を出し合う光景が見られます。アイデアのある社員がよりよい仕事を目指し、継続的な改革・改善を繰り返すようにもなっています。こうした取り組みが効果をもたらすのかはまだ分かりませんが、筆者は数年後、大きな財産になると確信しています。
「四方よし」こそビジネスの基本
日本では古来より、商いの基本に「四方よし」という考え方があります。これは、商いでは自分の利だけを考えず、お客様・協力企業・従業員・社会といった「四方」の利を考えなければ成功しないという考えです。自社の利だけ考える企業は、必ずしも長続きしません。
この考えはDXにも当てはまります。デジタルで大きな恩恵を受けている特定の業界、企業、部署が「四方よし」の考え方を持ち、デジタル格差をなくし、人を育て、社会全体の底上げをしていかなければ、やがて衰退していくでしょう。
これからの日本企業は、年功序列制度や人材流動化の低さを乗り越え、人々が等しくDXの機会に恵まれ、より多くの人が恩恵を得られる世の中に近づく努力をするべきだと筆者は考えます。
筆者プロフィール
鈴木 康弘
株式会社デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長
1987年富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。96年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。 99年ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役社長就任。 2006年セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。14年セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。 グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。15年同社取締役執行役員CIO就任。 16年同社を退社し、17年デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。 デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBIホールディングス社外役員、日本オムニチャネル協会 会長、学校法人電子学園 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授を兼任。
前回までの記事はこちら
#1 他人任せの意識がDXを停滞させる
#2 「デジタル格差」が迷走に拍車をかける
#3 社内の人材育成が、DXを成功に導く
#4 「経営者の決意」が変革の第一歩
#5 DX推進に消極的な経営者を説得せよ、経営者タイプに応じた効果的な説得方法とは?
#6 リスクは回避せずに受け入れろ! 弱腰な経営者のもとでDX成功はあり得ない
#7 DXの成否を決める「推進体制」、構築に必要な3つのポイント
#8 優秀なメンバーを集めるだけでは不十分、DXを進める体制構築で最も大切な6つの極意
#9 DXプロジェクト始動時の注意点、抵抗勢力との衝突を想定した対策を
#10 業務改革の課題解決に役立つ3つの視点、迷走しない進め方とは
#11 業務の流れと課題を丸裸にする業務フロー図の描き方
#12 業務の課題を原因や優先度で分類、3つの方法で課題解決を模索せよ
#13 ITは自社でコントロールし、クラウドを前提とした柔軟なシステム像を描け
#14 システム全容を見える化し、機能・技術・費用・組織の4視点で課題を追求せよ
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#17 変革を社内に根付かせるなら、抵抗勢力と真正面から向き合え
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